第26話 完全制圧

 制圧は、順調に進み、残すはこの眼前の屋敷だけとなる。

 三階建ての石造りの建物。この付近の建物だけは、無駄にしっかりとした造りをしていた。

そもそも建築様式が帝国式であることを鑑みれば、旧ダビデ領時代に作られた領主の一族の居住区なのだろう。


「くだらんな」


気が付くと口から、拒絶の言葉が滑り出していた。


「グレイ様も、そうお思いですかな?」


クラマが、冷めきった眼で周囲を見渡し、私に尋ねてくる。


「ああ、民をないがしろにする統治者など、寄生虫よりも劣る」


 そして、そんな糞のような為政者いせいしゃのなんと多いことか。この帝国しかり、そして、この地に攻め込み非道を働いたアムルゼス王国もそうだろう。この世界には、こうした統治者としての矜持きょうじを恥ずかしげもなく投げ捨てた屑に満ちあふれいてる。


「やはり、貴方は似ている」

「例のお前の元主人にか?」


 アリアの母であり、元リバイスファミリーのボス。かなりの傑物けつぶつであったと聞いてはいる。


「あの方も、いつも蔓延まんえんしている不義ふぎなげいておられました」

「断わっておくが――」

「ええ、わかっていますとも。似ているのは理想の行き着く先が同じというだけ。彼女なら、このような流血は決して望みはしなかったでしょう」

「不満か? ならば強制まではせんぞ?」

「それこそ、まさかです。何人にも支配されず、ただ自由に己の信念を貫く意思と力を持つ存在。貴方のような方のために、この力をふるえる奇跡にただただ、感謝していますよ」


 クラマは、左腕を後ろに回し、右手を胸に当てると、軽く会釈してくる。

 

「クラマちゃん、わかってんじゃん! そうなのよぅ、主様あるじさまはすーごいのぉー」

「うむ、我があるじの偉大さを理解するとは、あっぱれなり!」


 意味不明な盛り上がりをする、ハッチとカマーに微笑を浮かべながらも、再度、クラマは、扉のノブをつかみ、


「いくら否定しようと、貴方が有するのは王の器。好きなようになさいませ。我らはただ、その後をついていくのみ」


 そんなバカなこと言いながらも、その扉を開く。


     ◇◆◇◆◇◆


 屋敷に入ると、一階の階段前と二階から隊列を組んでいた弓兵が、一斉に矢を私達に向けてくる。


「馬鹿め! 飛んで火にいる夏の虫だ!」


 二メートルは優に超える大猿のような外観の男が、大剣で肩を叩きながらも、勝ち誇ったように宣言する。

屋敷内を確認するが、ここもいるのは、アムルゼス王国の兵士のみ。民間人と思しき者達は認められない。ならば、もう配慮する必要性はないな。


「私は、この地を治めるグレイ・イネス・ナヴァロ。貴殿達の行為は、我が帝国の領域を侵犯している。よって、実力を持ってこれを排除する」

「この地を治める? お前のような餓鬼がか?」

「そうだ」


 しばしの静寂の後、王国兵から、爆発のような嘲笑が巻き起こる。

 また、このパターンか。なぜ、この世界の者達は見かけだけで物事を判断しようとするのだろう。

 

「おい、貴様、あの餓鬼のどこがバケモノなのだ!?」


猿顔の男は、苛立ち気に、脇で今もガタガタ震えている兵士の襟首えりくびつかみながらも、疑問を投げかける。


「ひぃ!!」


 私達を視界に入れ、再度、悲鳴の声を上げる青色髪を七三分けにした青年。

 

「この、王国兵の恥さらしめっ!」


猿顔の男は、おかっぱ青年を乱暴に床に放り投げる。

彼は、ラドルの民に食料を渡していた青年だ。クラマ達の殺戮さつりくシーンを見て、脱兎だっとのごとく逃げ出したが、逃亡方向が、袋小路であるこの屋敷の方角だったから、あえて見逃していたのである。


「少し、勘違いを正そう。彼は勇敢ゆうかんだよ。もし、貴殿が彼の勇気ある提案に従っていれば、もう少し延命えんめいできたかもしれんのだし」

「どこまでも、イラつかせる餓鬼だ! こんな貧弱な餓鬼に、ここまで入り込まれるとは、重装騎兵隊と魔法師隊は、一体、何をやっている!?」

「お馬鹿さーん。そんなの決まってるじゃなぁーい。みんな仲良く、黄泉への旅路へついているからよぉ」

「ハッチ、あるじのご発言に割り込むな! 無礼であろう!」

「むー、わかってるわよぉー」


 カマーの激高に、口をへの字にしてそっぽを向くハッチ。

 私達の余裕の様子と七三分け青年の怯えっぷりに、顔を見合わせる王国兵達。各々の顔には、例外なく疑惑の花が咲き乱れていた。


「僕らではあの人達には絶対に勝てない! 降伏しましょう!」


 七三分けの青年は、猿顔の男に、すがり付き、そんな進言をする。


「屑が! どこまでも恥をさらしおって!」


 私は床を蹴り、猿のような顔の男が青年の脳天めがけて振り下ろそうとした大剣を左手で易々と掴み取る。


「んな!?」


 驚異の目をみはる猿顔の男にかまわず、私は大きく息を吐き、


「お前らは救えん」


 その宣告とともに、右肘を深く引いて右拳をさらにきつく握り、その胸部を穿つ。

ボキゴキと骨が砕ける感触と共に、猿顔の男はまるで弾丸のように一直線で階段に頭から突き刺さり、ピクリとも動かなくなる。

 

「これは私の最後の慈悲だ。せめて苦しまず、逝くがいい」


 ピクリとも微動だにしない兵士達に、【氷の大竜ケートス】を発動する。

それはまさに、瞬きをする間、屋敷内には兵士達による氷の彫像が出来上がっていた。


「さて」

「ひいいぃぃぃっ!」


 青髪を七三分けにした青年は、悲鳴を上げて、床にうずくまる。


「今、君が生きているのは、私の気まぐれだ。それはわかるね?」

 

 ラドルの民に食料を運んでいたことからも、彼が根っから悪い人間ではないことくらいわかる。

だが、これは戦争なのだ。彼が兵士である以上、善人という理由だけで殺しをためらう理由はない。特に今回は、宣戦布告もなしに他国の領域を侵犯し、国民を蹂躙した最悪のケース。毅然きぜんとした態度で制裁を加えなければ示しはつかない。

つまるところ、私が彼を殺さなかったのは、それ以上の価値を彼に見出したからだと思う。


「……」


 涙を流しながら、何度も頷く青髪の青年に大きく息を吐きだす。


「君の進む道は二つだけ。この地に留まり、ラドル市民となり、その復興ふっこう生涯しょうがいささげるか、それとも、ここで死ぬか。選びたまえ」

「留まりますぅ!」


 泣きべそをかきながらも、青髪の青年は、即断する。


「いいのかい? もう二度と、故郷には帰れないし、家族にも一生会えないよ?」

「僕……孤児だから家族はいません。故郷の村は、幼い頃、流行り病で燃やされました。

兵士になったのも、そうじゃないと……」


 言葉に詰まる青髪の青年。


「食ってはいけないからってわけか……」


 流行はややまいか。多分、噂を総合すると天然痘てんねんとうだろう。天然痘は、二割から五割にも及ぶ致死率を有する最悪の感染症。そのウイルスも患者の瘡蓋かさぶた内に一度入り込めば、自然界で長期間の感染力を有し、飛沫ひまつ感染もするから、一度汚染すると広範囲に拡散し、手が付けられなくなる。ワクチンがないこの世界では、発生すれば村ごと焼却しょうきゃく処分になっても大して奇異ではない。


「ばい」

「わかった。君の身柄は一時、私が預かろう。ただし、嘘も裏切りも絶対に許さない。いいね?」


 何度も頷く青髪の青年に部屋の一室で待機するよう指示し、私はストラヘイムへと転移する。

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