第25話 不退転の覚悟

 もはや、姿を隠すこともせず私達は倉庫、裏路地をでると、メインストリートを威風堂々いふうどうどう闊歩かっぽする。

 たちまち、十数人の兵士に囲まれるが、疾風しっぷうとなったクラマが、兵士達の隙間をうように高速で疾走しっそうし、小剣を振りぬく。その残像を刻むほど速い小剣は、兵士達の頸部を一瞬で刈り取った。

 次々に空中を舞う頭部。そして、それを失った胴体から、噴水ふんすいのように血飛沫が空中へ舞い上がる。

 クラマは元々、反則のような身体能力を有していたが、『――――の暗殺者アサシン』の称号を得てから、筋力、耐久力、俊敏力の三つのステータスが跳ね上がる。加えて、身体強化系の魔法を会得し、その強さに手が付けられなくなった。


「こ、殺せぇ!!」


 悲鳴にも近い部隊長の命に、悲壮感ひそうかんあふれた表情で一斉突進を敢行してくる王国兵達。


「愚か者共め」


 クラマの様相が一変し、顔が残忍酷薄ざんにんこくはくに歪み、地面を縦横無尽じゅうおうむじん疾駆しっくする。

 大砲のような衝撃音を響かせて直撃したクラマの蹴りにより、王国兵はボールのように地面を高速回転し、頭から壁へ叩きつけられ、無残なぐしゃぐしゃの死体となる。

 王国兵の頭上に跳躍すると、左手でその頭部を鷲掴みにして、回転し力任せにじ切る。

 喉にナイフを突きたて、捻じり上げて、そのまま固い地面に叩きつける。

 サンッという小刻みの良い音と共にクラマのナイフが流れるように動き、兵士達の首や四肢は宙を飛ぶ。

 

 あっという間にできた地獄絵図。呻き声を上げているものはもちろん、悲鳴の一つすら上げることは許されず、皆仲良くしかばねとなる。

 あの悪魔憑きといっても過言ではない凶悪な姿。間違いなく、今のクラマには理性が欠落している。

 人には、殺されることに対する恐怖と、殺害にたいする忌避感きひかん嫌悪感けんおかんといった躊躇いの感情があるのが通常だ。それらの感情は、人を成立させるための重要なエッセンス。例えどのような訓練をしようと、自らの意思で完璧に抑制させることなどできはしない。仮にそれが可能ならば、そいつは人として既に壊れているか、ただの人外だ。


「ば、ば、化け物ぉ!!」


 薄気味の悪い笑みを浮かべ、頭から返り血で真っ赤に染めた悪魔クラマに、とうとう使命感よりも生存本能が勝ったのか、部隊長は一目散に逃げ出す。


「た、隊長っ!?」


 指揮官の逃亡により、震えながらもまだ健気に悪魔クラマに剣を向けている部下達の間に動揺が走る。

 一人、一人、後退り、数人は悲鳴を上げて部隊長に続く。

 奴らの逃走を図った方向は、私達とは反対のキャメロットの北門側。この都市から逃げられると少々、厄介だ。殺すとしよう。

 逃亡している部隊長達の背中に向けて魔法を発動しようとするが――。


「敵前逃亡は死あるのみ!」


 戦場に響く怒声。次いでいくつもの炎の球体が、今も逃げる部隊長に直撃し、火柱を上げる。

 北門からのメインストリートを整列し、こちらに向けて行進してくる全身鎧のプレートアーマーで覆われた兵士達。それに守られるように、十数人の魔法師の姿も確認できた。

 先ほど、部隊長を粛正しゅくせいしたのは、あの魔法師の集団だろう。いわゆるこのキャメロットを侵犯した軍の最高戦力という奴だろうさ。


「貴様ら、どこの兵隊だっ!?」


 先頭の銀色のプレートアーマーを着た巨漢が、喚き叫ぶ。


「アーカイブ帝国だよ」

「帝国ぅ? 聞いたか、貴様ら? こんな役にもたたぬ餓鬼がきをこの地の奪還に向かわせるとは、帝国の人員不足も末期的なものらしい」


 プレートアーマー達から嘲笑ちょうしょうが巻き起こる。


「うーむ、それについては激しく同意するね」


 あの皇帝が此度こたびの王国の動きを把握していないはずがない。王国がこの地を不法侵犯している情報くらいつかんでいるはず。

 アムルゼス王国とアーカイブ帝国は超えるのが不可能とされる死の山脈――バルドラインにより接しており、この地にあるラドア山脈のみが、唯一の国境線となっていた。

 帝国政府が、この地を私の領地としたのも、究極的には王国との国境沿いの防衛をさせるためだろう。

 このような無茶な人事を行う必要があるほど、先のアンデッドによる地方豪族の壊滅による影響は大きかったのかもしれない。


「不憫な。母親のスカートの中にでも隠れていれば、命を失うことはなかったものを」

あわれんでもらわんでも結構さ。むしろ、お前達を殺すことにつき、まったくその気がない私の方が恐縮してしまうよ」

「貴様らのようなどこの馬の骨ともわからぬ小僧が、この我らを殺すだと?」


 小馬鹿にしたように鼻で笑う銀色プレートアーマーの男。


「もうこれ以上会話は不要だ」


 どういう経緯にせよ。奴らは私の領土を侵犯した。何より、仲間をつまらん理由で殺した。人としての慈悲など一切かけるつもりはない。

 右手を上げようとするが――。


主様あるじさまぁ、ここはわっちに任せてぇ」


 ハッチが、先頭のクラマの前に出ると、プレートアーマーの軍勢を眺めながら、舌なめずりをする。


「クラマ、構わないか?」

 

 肉弾戦を得意とするクラマにはあのプレートアーマーは多少相性が悪い。もっとも、あくまで相性の問題であり、今のクラマがあの程度の奴らに敗北するとはとても思えないが。


「グレイ様の御心のままに」


 クラマは私に軽く一礼すると、私の隣まで移動する。


「ほう、お前が我らの相手をしてくれるのか?」

「そうよん」

「いいだろう。お前だけはこの戦闘後じっくり相手をしてやる。もちろん、ベッドの上でだがな」


 下品な笑い声を上げる銀色プレートアーマーの男。


「いいわよん。できるものならねぇ。さあ、いらっしゃーい」


 片目を瞑ると、ハッチは手招きをする。

 

「ふん、随分な余裕ではないか。あの女を捕らえた者は、好きにしてよいぞ!」

「隊長、ほんとかよ?」

「ああ、偽りはない」

「あとで、取るのはなしだぜっ!」


 たちまち、やる気になったプレートアーマーの兵士達数人が名乗りを上げて、ハッチに近づいていく。


「抵抗はするな。しなければ、無駄に痛い思いをしなくて済む」


 プレートアーマーの兵士の一人が、そう指示しながら、ハッチに右手を伸ばす。

 刹那、ハッチの全身から湧き出た黒色の影が手を伸ばした男の両足を取り囲む。


「うお!?」


 プレートアーマーの兵士は、地面に顔からダイブし、横たわる己の足に視線を向け、


「お、折れてる!?」


 素っ頓狂の声を上げる。

 その兵士のプレートアーマーの膝から下は力なく折れ曲がっていた。


「くそ、何で!?」


 必死に脛を守るグリーブを外し、


「ひいいぃぃぃっ!!?」


 劈くような絶叫を上げる。当然だ。兵士の膝から下はドロドロの肉の塊と化していたのだから。

 

「きゃはっ! どう? 痛くないでしょう? 私のとびっきりの毒を注入したのぉ?」

「ど……く?」

「そうよぉ、毒よぉー。毒は、全身を回り内部からドロドロに溶解していくのぉ。素敵でしょう?」


 正直、この手の行為に耐性のある私でさえもドン引き気味だ。当の毒を注入された兵士ならばなおさらだろう。

 狂ったように悲鳴を上げて、


「お、俺の足ぃ!! 広がって――」


 細胞がぐじゅぐじゅになって溶け出し、あっという間にこの崩壊の波は全身に広がっていく。結果、兵士は肉の塊と化し、鎧だけが空しく地面へ転がった。


「妙な術を使うぞ! 魔法師隊、さっさと殺せ!!」


 銀色プレートアーマーの男が、的確ともいえる指示を出し、魔法師隊が詠唱を始める。


「念のため、それは防がせてもらう」


【爆糸】により、詠唱途中の魔法師隊の全員の全身を紅の糸で雁字搦めにしたうえ、空中で起爆する。


「ば、馬鹿な」


 銀色プレートアーマーの男が爆散した魔法師隊を目にし、驚愕の言葉を口から発する。


「一旦、退却――」


 そこに、黒色の影が群がり、男はその命令を最後まで発せられず、一瞬で骨まで溶解。銀色の鎧が地面へゴトリと落ちる。


「うぁ……」


 プレートアーマーの兵士達の喉から悲鳴が上がる。それがハッチの蹂躙の合図だった。


「きゃはははっ!」


 戦場にシュールに響く無情な女の高笑い。


「俺の腕がぁ!!」


 右腕を根本から溶かされた兵士が、涙を流しながら喚き声を上げるが、数秒で、ペースト状の肉へと変貌する。


「ごカッ!?」


 坊主の兵士の頭部の半分が、ドロドロに溶解し、地面に崩れ落ちる。


「ぐぎょおぉぉぉ!!」

「がへ!」


 瞬きをする間もなく、プレートアーマーの兵士達は一切の抵抗すら許されず、次々に溶かされ、ものを言わぬ肉の塊と化し、鎧だけが地面へと転がってしまった。


「心配しないでねぇ、ちゃんとわっちの眷属達の餌にしてあげるから」


 無邪気で弾むような声が鼓膜を震わせる度、新たにできた肉片はきれいさっぱり消失していく。

 次々に溶けていくという異常事態に、アムルゼス王国の兵士達は、完全に恐慌状態へと陥ってしまっていた。


「うあああぁぁぁっ!!」


 この悪夢から逃れんと、この都市唯一の出口へ向け、一斉に走り出す兵士達。

 しかし、いつの間にか周り込んだカマーが握る一本の長い刀身の刀剣により、バラバラの破片まで分解されてしまう。

 カマーの持つ武器は、戦力増強の一環として私が技術部長ルロイに作らせた一品。

 世界が誇る最強の刀剣――日本刀。折り返し鍛錬法で鍛え上げられた鋼を原料とし、様々な鍛冶製法により造られ、切断に特化した至上の武器。

 その製法の委細を伝えたとき、その変態的なまでのこだわりに、あのルロイが絶句していた。

 まだ試験段階であり、量産はされておらず、数口しかないので剣術をメインとする戦闘職の職員に優先的に渡している。

 特に、カマーはこの日本刀が殊の外お気に召したようで、肌身離さずいつも持ち歩いているそうだ。


「敵前逃亡とは、見苦しい! 戦人いくさびとなら、命をけて主君への忠義を果してみせるでござるっ!」


 着物の上半分を脱いだカマーが、血だまりの上で、両手の血糊ちのりを吹き飛ばしつつも、そんなキメ台詞せりふを吐く。

 あんなグロい光景みせられれば、普通逃げるだろうさ。流石に、それは酷な注文だとも思うがね。

 というか、カマー達は、当初、言葉も片言で、禄に会話もできぬ機械のような存在だったのだが、ある日を境にこのように人間っぽく変容してしまう。

 彼らが変わったきっかけは、多分、『――――の眷属』の称号を得たからだろう。姿形はもちろん、思考回路すらも、人間そのものとなり、独自の人格を形成するに至る。

 特にカマーはさむらいに間違った憧れを抱いた欧米人のような存在となってしまっていた。カマー達は【蟲毒】によって私が生み出した虫人。創造した私の内面や記憶の影響を受けてもおかしくはないし、実際そうなのだろう。

 ちなみに、ハッチ達の称号の獲得以来、魔法の【蟲毒】は使用不能となり、解析すらも不能となっている。彼女達の称号獲得により、特殊な変化が起きたのはまず間違いあるまい。


「さて、逃げた敵は私が処理するとしようか」


 北門の出口へ殺到する兵士達を、円環領域でマークする。


「【電光豪雨】」

 

 私の言葉により、兵士共の頭上に雷の雨を降らせる。幾多もの落雷が地上を焼き尽くし、一般兵もプレートアーマーの上級兵達も、皆仲良く黒焦げとなり、地面にボトリと倒れる。


(相変わらず、ゲロ吐きそうな最低な気分だ)


 聖邪の区別なく個人の人生と尊厳を踏みにじる。その悪辣あくらつ極まりない非生産的行為こそが、戦争の本質であり、業だ。自ら血を流したことも、その手を血で染めたこともない政治屋共が、安全な場所からいくら正論をほざこうがそれだけは決して変わらぬ真実のようなもの。

 だからこそ、戦争に関わるものには、常に必要なのだ。我が身が、いつか虫けらのように、みじめに朽ち果てる、その不退転の覚悟が。

 

「お前達、速やかに、痛みすら与えず、息の根を止めよ」


 私は部下たちに、改めて死刑執行の指示を出す。

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