第24話 偵察

 私達は、無事目的地の旧ダビデ領に到着する。

 今までの歴史をかんがみれば、私達はラドル人にとって敵といっても過言ではない。初対面で流血沙汰りゅうけつざたという事態は断じて避けたい。そこで、今、アクイドと二人で偵察に来ているというわけだ。

 城塞都市キャメロット――全周数キロメートルにも及ぶ石の城壁で覆われた堅牢けんろう要塞ようさい……そのはずだったのが、現物は城壁の北門付近が半壊しており、他からの防衛という城塞本来の意義を成してはいない。

 そして、破壊された門の付近に立つ旗と複数の鎧姿の兵士達。

 そして、その旗には、かんむりを被った猛虎もうこの紋章が刻まれていた。


「あの国旗、アムルゼス王国のものだ」


 まったく、どうして私の置かれている状況はいつも最悪を突き進もうとするんだろう。


「この中にラドルの民はいると思うか?」

「あれが、王国ならば、人質はとるはずだ」


 同感だな。ラドル人は複数の部族からなる民族。一度、占領したなら、その頭を押さえるのは鉄則だろうし。


「ならば、やることは一つだな」

「ああ」


 奴らがラドルの民ではなく、我が領地を侵犯しんぱんしている侵略者であるなら、これ以上ここで手をこまねいている必要はない。一方、人質を無事保護するまでは、隠密行動が最適だろう。ならば、丁度良い者達がいる。

 一度、装備を整える名目でストラヘイムへ帰り、ジュドに複数の指示を出した上で、あの三人・・を私の元まで呼び寄せるように命じる。


 十数分後、訪れた三人を前に、


「お前達は、私とアクイドの後を気づかれぬようについてこい!」


 私は命じる。


「「「……」」」


 三人は無言で深く首を垂れた。


アクイドとキャメロットの城壁の破壊されていない部分まで移動し、《風操術》により内部へ侵入する。

 

 中央の大通りはしっかり舗装され、雪も道の端に除雪されている。建物は、趣き深い石造建築が整然と立ち並んでいた。

 そして、道端を歩く人々はその大部分が鎧姿、まれに文官のようないでたちの者もいる。

 

 それから、路地裏へ移動しキャメロットの探索を開始する。屋根の上を伝い、木製の窓の隙間から建物の中を確認していった。

 そして、ある建物の一室で数人のラドル人を発見した。


(宣戦布告もなしに領土侵犯するような奴らだ。当然、このくらいするよな)


 兵士達に肉体と精神を蹂躙されている数人の褐色の肌の女性達。泣いているもの、顔や身体に青痣あおあざがあるものすらいた。

 その顔に張り付く絶望の表情を一目見れば、この行為が合意によるものでないことは明白だ。


「外道どもめ!」


 隣に眼球を動かすと、中の惨状を目にし、アクイドが火のような憤激に全身をわななかせていた。

 

「落ち着け。ここは戦場だぞ?」

「す、すまん」


 アクイドは体を小さくして謝ってくる。


「いや……お前は今のままでいい」


 そうだよな。アクイド、お前はそうでなくてはならん。


「どうする?」


 アクイドはそんなわかりきったことを尋ねてきた。


「言わずもがなだな」


《風操術》により、今もベッドでラドルの女性に覆いかぶさっている兵士の頸部を固定し、捻じり上げる。


 ゴキャ!


 骨のひしゃげる音。そして、頭部があらぬ方向を向いた兵士共が一斉に糸の切れた人形のように、ベッドへ倒れこむ。


「ひいいぃっ!!」

「もういやぁ!!」


 首があらぬ方を向く兵士を視界に入れ、女性達は悲鳴を上げて、部屋の隅に逃げ惑う。

 私はアクイドと共に部屋の床に着地すると、


「心配いらん。助けにきた」


できる限り穏やかに、そして力強く宣言する。


「助け? 私達を?」

「ああ、直ぐにこれを着ろ」


 アイテムボックスから人数分の衣服を取り出し、彼女達の前の床に置く。


「あの……」


 混乱しているのか、私と床に置かれている衣服を相互に見る女性に、


「早くしろ!」


 強い口調で指示を出した。

 女性達は弾かれたように、服を着ると、思いつめたように床に両膝をつき頭を下げてくる。


「お願いです。ルチア様を助けてください!」

みんなは西の倉庫に囚われているの! 皆を助けてっ!!」


 次々に懇願してくる女性達。ルチアなるものが誰だかは不明だが、私はこの地の領主。囚われているものは全て保護する責務がある。


「もとより、そのつもりだ」


 大きく頷くと彼女達をジュドの待機している場所まで転移する。あとはジュドが適切に処理してくれるだろうさ。

 さて、捕虜収容所の場所が判明したのは大きい。先に進むとしよう。

 

「急ぐぞ」

「ああ」


 私達は、西を中心に探索を再開する。



 女性達のいう西の倉庫のような場所は直ぐに見つかった。


「くそがっ」


 隣のアクイドが憎悪のたっぷり含有した言葉を小さく絞りだす。


「足手まといの捕虜の扱いなどこんなものか……」


 押し込められた女や子供に老人達が、まるで捨てられた子猫のように部屋の一か所に寄りっていた。

 春が近いとはいえ、ここは北国、しかも、豪雪ごうせつ地帯だ。まだ、周囲に普通に雪が残っている。冷たい風を通さないしっかりとした住居は不可欠なのに、この倉庫は、アンデッド襲撃の名残だろう。至る所が痛んでおり、まったく寒さを防ぐ機能が認められない。見たところ、何割かは凍傷で身体の一部が動かぬようだ。

 

「あれは、ろくに食べてすらいねぇな」


 アクイドの見立ては正しい。頬がけているのはもちろん、アバラが露出している者、腹水のため腹がでている者さえいた。ここまでの飢餓状態は、貧困にあえぐミラード領ですらあり得ない。

 さっきの婦女暴行といい、この光景といい、どこまでも私をイラつかせてくれるものだ。

さて、時間も押しているし、ここで憤っていても始まらない。早急に救助することにしよう。

 木製の窓から倉庫の床へ降りようとするが、扉が静かに開かれる。そして、袋を担いだ青髪を七三分けにした青年が周囲をキョロキョロと見渡しながらも、入ってくる。

 青年は、やせ細った白髪をショートカットにした女性に近づくと担いでいた袋を渡す。頬が痩け、埃にまみれており今は見る影もないが、元々はかなりの美人であることが伺えた。


「いつも、ありがとう」

「いえ、こんなことくらいしかできず、ごめんなさい」


 ペコリと頭を下げると、入ってきた時と同様、周囲を確認しながらも、青年は部屋を出ていく。


「アクイド」


 呆けているアクイドに声をかけると、今度こそ床に着地する。

 空から降ってきた私達を視界に入れて、皆、悲鳴を上げて一か所に集まって震えだす。


「君は誰!?」


 代表格と思しき白髪の女性が皆を庇うようによろめきながらも立ち上がる。


「私は、グレイ・イネス・ナヴァロ。皇帝陛下からこの地の統治を任されたものだよ」


 皇帝の名を出すやいなや、部屋中に満ち溢れる憎悪の感情。それは全て私の一身に向けられていた。

いいねぇ、これこそが私が望んだ本来の態度だ。私を憎むだけの気概きがいがあるなら、この者達はまだ間に合う。

 そう思っていたわけだが、


「帝国はこんな危険な場所に、君のような子供を向かわせたの!?」


 この白髪の女性だけは、その怒りの方向性が少し異なっていた。


「……」


 あまりの突拍子もない言葉に、しばし言葉を失っていると、


「グレイ」


 隣のアクイドに耳打ちされ、ようやく覚醒する。


「君、ホント、変わってるな」

「はやく、この場から立ち去りなさいっ! ここは君のような子供がいていい場所ではない!」


 私の言葉に耳を貸さず、すごい剣幕でまくし立てる女性。どうにも調子が狂う。


「アクイド、お前は彼女達を連れて、一度、キャンプ前まで戻り食料と毛布を与えよ」


 既にジュドには、治療班を向かわせるように指示を出しておいたし、アクイドさえいれば、暴れられても無傷での制圧は可能だ。


「ちょっと待て、グレイ、お前は?」

「私は、領主の責任を全うするさ」


 ここは私の領地であり、あの王国兵共はこの地を占領したのだ。つまり、これは明確な領土侵犯行為。なら、やることなど決まっている。

 さっき確認したところ、このキャメロットにいるのは兵士や役人達のみ。民間人は見当たらなかった。

仮にも他国の領地に攻め入ったのだ。自らばら撒いた不幸の責任はその身で負ってもらう。


「なら、彼女達をキャンプまで送り届け次第、俺も加わろう」

「必要ない。お前では畑違いだ」

「まさか、また一人で――」


 アクイドの反論を閉ざすべく、私は指を鳴らす。

突如、生じる気配。そして、大穴の開いた天井から差し込んだ月の光が、私の背後にたたずむ三人の姿を照らしていた。


「グレイ様、此度こたびは我ら三人をお選びいただき、恐悦至極きょうえつしごくにございます」


 中心のちょび髭の男が、うやうやしく頭を下げると、他の黄色のドレスを着用した金髪の美しい女と、緑色の髪を総髪にした袴姿の長身の男がそれに倣う。

 この三人は、我が商会の裏方を任せた者達。彼らには、私と共に血の道を歩んでもらう。


「お前ら――」

「ストッープ、主様あるじさまがアクイドちゃんに望んでるのは、きっと、これじゃないわん」

「さよう。ここは我らに任せ行くがよい」


 ハッチとカマー、ずいぶん流暢に話せるようになったな。当初は、片言で聞きにくかったものだが、今や外見も含め人間と大差ない。


「アクイド殿、貴方でなければ、誰が現場を統率とうそつできましょう。此度こたびの敵は、アムルゼス王国なのですよ? それとも、あなたの部下や少年少女達にその責務を押し付けるつもりですか?」


 上手いな。実に効率よく、アクイドが弱いところをつく。


「クラマの言う通りだ。お前しか我らの部隊の指揮をとることはできぬ。とっとと行け!」


 私の言葉にアクイドは奥歯を噛みしめ、


「絶対に死ぬんじゃねぇぞ!」


 いい放つ。


「誰にものを言っている」


 私は口端を上げて、アクイドの危惧を一掃する。


「き、君達は?」


 滝のような汗を流しながらも、白髪ショートの女性は、恐る恐る尋ねてくる。


「言ったであろう。この地の新しい領主だと。決して君らを悪いようにはしない。アクイドの指示に従いたまえよ」


 私は彼女達に、右の掌を向けてキャンプ前に転移をかけた。



 アクイドも去ったのを確認し、私は三人をぐるりと眺める。

 ここを不法占拠しているのは、アムルゼス王国。つまり、宣戦布告もなしの国による侵略だ。これに甘い顔をする道理はない。ここに住む王国兵は一兵たりとも、生かして帰すわけにはいかなくなった。もし、国家間でこの不法を許せば、再度同様の行為が繰り返される。故に、此度は、苛烈な制裁が必要となる。


「お前達、もう遠慮も自重もいらん。思う存分、徹底的に蹂躙じゅうりんせよ」


 私の命により、惨劇は始まった。

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