第23話 新領地へ

 次の日、私達は、ストラヘイムから、新領地である北方領地――旧ダビデ領へ馬車で出発した。

 今回は、初の新領地への訪問。統治者として、低くみられることだけは避けねばならぬ。商会の幹部数人と、私の私兵を連れて行くことにした。

 もっとも、私兵といっても、万年人材不足である私には、アクイド達、赤鳳旅団せきほうりょだんの面々しかいない。それも、彼らは商会の警備やリバイスファミリーの訓練という仕事がある。加えて、サームクス前で、私が開けた大穴の補修の件もあった。とてもじゃないが、全員を引き連れてというわけにはいかず、20人のみを同行させることにした。

 サテラが同行を強固に主張したので、自動的にシーナ、ドラハチもついてくることになる。

 問題は、アリア。彼女は、目下、【ラグーナ】から狙われている。何よりまだ弱いアリアを残して、攫われでもしたら面倒だ。そこで、彼女も含めて連れて行くことにした。まあ、あくまで領地につくまでだが。

 ちなみに、雫亭しずくていを始めとするライゼ下町協会の商店に、またウエィスト商会から因縁や嫌がらせを受けることは考えられた。そこで、シルフィを警護につける。

 シルフィの現ステータスは、円環領域でも解析できず不明だが、古代竜のアンデッド時でも、ジュドとカルラを子ども扱いする能力はあったのだ。仮令限界まで劣化したとしても、商店の護衛くらい全うできるだろう。

 ライゼ下町協会の警護の要請につき、シルフィは渋るかと思っていたが、ニンマリ笑って快く了承した。あの町にはジークもいるし、どうにも、何か企んでいるような気がしてならない。まあ、単に酒を飲みたいだけかもしれんが。

 さらに、念には念を入れ、【蟲毒】により、獲得した三体の魔物のうちの一柱ひとり、蜘蛛人のスパイも警護に就かせることにした。ほらさ、シルフィって酒を飲んで、爆睡しているとき、マジで起きないし、お目付け役が必要なんだよ。

 ともかく、スパイはしっかりした奴だし、今や完全人型化し、外見上人と見わけがつかなくなっている。護衛の任務も無事に全うしてくれるはずだ。

 ちなみに、はち人のハッチと蟷螂かまきり人カマーも人型化し、サガミ商会の護衛につかせている。元々、私の命に素直な奴らであり、えらぶらないから、他の商会員とも上手くやっているようである。

 


「さあ、子供はもう寝る時間だ」


アクイドが手を叩くと、


「じゃあ、今晩の訓練だよ」

「はーい!」

「そうね」


 サテラがシーナの手を繋ぐと、アリアを促し、テント内へ姿を消す。

 ゼムの件で私は、仲間に一切の自重をすること止めた。私の家族となったものは、とことんまで鍛えてやる。シーナも同じだ。毎日、少しずつだが、魔法を覚えさせ、魔力消費の訓練を毎日欠かさず行わせていた。


「お前達はいいのか?」


 今も最近サガミ商会が開発したオレンジジュースをクピクピ飲んでいるロシュに尋ねる。


「俺達の訓練は、後で団長と一緒にやるからいい」


 最近、ロシュとリアーゼの二人は、アクイドから魔力消費の訓練を受けており、着実に実力をつけてきている。


「で? 今度は何が知りたい?」

「昨日の続きから頼むよ!」

「了解した」


 二人がテーブルに着き、羊皮紙とペンを持つと、他の団員達や、同行した商会員たちも集まってきた。

 この行脚あんぎゃが開始されてから、毎日のようにロシュから複数の分野について尋ねられ、教授している。この数日は、主に蔓延まんえんする貧困と風土病についてだ。


「これがワクチンの仕組みだ。理解したか?」

「うーん、その細菌やウイルスってのがどうにもしっくりこない」

「まあ、目には見えぬからな。そういうものとして理解しておけ」

「わかった!」


 腕時計の針は既に、22時を示していた。そろそろ、キッズ達は寝る時間だ。

 近くで酒を飲んでいるアクイドに視線を向けると、大きく頷いてくる。


「もう結構な時間だ、いくぞ、ロシュ、リアーゼ」


 アクイドは立ち上がり、親指の先をテントに向ける。


「うん。そうだね。グレイ、また明日、教えてよ」


 ロシュとリアーゼは頷くと、立ち上がる。


「うむ。おやすみ」

「おやすみなさい」「おやすみ」


 テントに入る二人の後姿を見守っていると、視線を感じる。


「どうかしましたか?」

「貴方は不思議な方です」


 色黒の肌、黒色の長い髪を腰まで垂らした女性が、ぐっすりと眠っている赤ん坊を抱きながらもそんな感想を述べた。

 彼女、リタは、私達が保護した山の民――ラドル人の女性であり、あの事件の数週間後、健康な赤ん坊を無事出産した。

此度こたびの事情を説明すると、里帰りを熱望したので、今回の新領地の訪問につき同行を許したのだ。

 

「そうですかね?」

「ええ、人種、大人子供の区別なく、あなたのような方には初めて会いました」

「それはそうでしょうよ。こんな変なのが何人もいてたまりますか」


隣で話を聞いてた旅団のメンバーが、陽気に私の背中を叩く。


「帝国でも有数の商会を経営しているし、魔法まで自在に使えるしな」

「商業ギルドの幹部から一目置かれ、様々な高度な知識を有し、陛下への謁見が許される」

「改めて考えると、確かに意味不明だな。というか――」

「「「「バケモノ」」」」


見事に皆の私に対する感想がハモる。

まったくもって、失礼な奴らだ。最近、こいつら、どんどん容赦がなくなっているようだな。まあ、それだけ打ち解けてきたといえるのかもしれないが。


「もうじき、貴方の故郷につきます。私達は、ラドル人に対し少なからぬ因縁がある。私達と同行すれば、裏切者扱いをされるかもしれませんよ? 今ならまだ間に合います。引き返してはいかがですか?」


 アクイドが、既に彼女に旅団の過去の因縁も含めて話はしてある。

私は、新領地を一大商業地区とするつもりだ。そうなってからでも帰国するのは遅くはないはず。


「そうかもしれません。でも、少しでも早くあの人に故郷の地を踏ませてやりたいんです」


 特にリタ達は小料理屋経営の夢のため、サザーランドに夜逃げ同然で出稼ぎにでたという事情がある。同じラドル人からすれば、裏切者に等しい。そのリタが、私達、帝国人の為政者いせいしゃを連れて帰国すれば、憎悪ぞうおの感情をぶつけられるのは、目をつぶってもわかる。


「決心は固いのですね?」

「はい」

「では、私からはこれ以上、何もいうことはありません」


リタは、赤ん坊の頭を愛しそうにでながら、くすりと笑い、


「それに、貴方達は、今までのアーカイブ人とは違います。きっと、皆を良い道へと導いていただける。そう信じていますので」


 そう力強く宣言したのだ。


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