第22話 賢者訪問

 私は学生として受験したはず。なぜSクラスの担任になる? こんな道理に合わない人事をして、問題とならぬはずがない。

 

「不良賢者、そこんところ、どうなんだ?」


 雫亭しずくていの食堂で、チビチビと冷たい水を飲むジークに、尋ねてみた。


「不良か。お主にだけは、口にされたくはない呼称こしょうじゃな」

「で? どうなんだ!?」


無駄口を叩く不良賢者に、疑問の言葉を叩きつける。これ以上、引っ掻き回されるのは御免なのだ。


「『グレイ・イネス・ナヴァロ男爵に、帝立魔導騎士学院Sクラスの担当を命ずる。四年間、無事勤め上げれば、もれなく卒業資格もついてくる。精々気張って、我が帝国のために働いてくれ!』、これが陛下からの御言葉じゃ」


 片頭痛がしてきた。


「あのな、それって微塵も理由になってないだろ?」

「そういわれてもな。陛下のお考えなど儂ごときにはとても、とても」


 大げさに首を振るジークに、私はこの非常識な人事の元凶が誰かの予想がついた。


「お前、本当に何をたくらんでやがる?」

「じゃからわしじゃないってば。陛下じゃよ」

 

 この野郎、全ての責任を皇帝に押し付けやがった。


「それって、辞退できるのか?」

「できるわけがあるまい。陛下の勅命ちょくめいじゃぞ」


 くそ、いいように、あしらわれている気がするぞ。


「なぜ、私の名がシラベなのだ? というか、どこでその名を聞いた?」

「お主がそう名乗っているそうではないか。ならば、儂が知らぬわけがあるまいて」


 ほっほっほっと、どこぞの印籠持参の天下の副将軍のような勝利の高笑いをするジークに軽い殺意が芽生めばえる。

 シラベは私が商業ギルドで使用している名。大方、私を調べ上げた際にでも、その名を聴取ちょうしゅしたのだろう。


「なぜ私の名前を非公開にする?」

「ほう、意外じゃな。公開して欲しかったのか?」

「疑問を疑問で返すな。屁理屈へりくつはもう沢山たくさんだ」

「お主の入学に断固として反対する者がおってな。カモフラージュする必要があったわけよ」

「また、取ってつけたような理由を吐きやがって」 


私の入学を反対する者がいる。その事実自体は奇異きいなものではない。というか、受験生が勝手にルールを変更すれば、反対の声の一つも起きよう。むしろ、当然の話だ。

 だからといって、教師の真似事まねごとをせよというのは、あまりに話が飛躍ひやくし過ぎだ。


「誓ってもいいが、儂は一切、嘘は言うとらんよ」

「全て真実を話しておるわけでもなかろうが!」

「まあ、そうともいうな」


 この野郎――サラッと答えやがった。


「話にならんな」


私は、あくまで学生として受験をすることを、了承したに過ぎない。教官の真似事をすることなど想定外もいいところだ。

今までは最大限、我慢してきたが、これ以上、奴らの一方的で独善的な指示など、付き合う義理はない。何より、私は元来、我慢強い方ではなかったはずだ。


「当学院は、お主を教授きょうじゅとしてむかえようと思うちょる」

「はっ! 有難迷惑ありがためいわくだね」


ジークは、勝ちほこったように、表情を崩すと、


「魔導騎士学院の教授には、帝国に点在するあらゆる書庫への無条件の入場、閲覧権が認められておる」


そう、言い放つ。


「あらゆる書庫への無条件の閲覧権……」


 くそ、やられたな。書物は、個人の思考の表出であり、人類の有する最も貴い至宝。

 図書が収められている帝国内の全書庫への入場閲覧権は、いくら金を積んでも、手に入れたいと思う類のものだ。


「どうじゃ? それでも辞退するつもりかの?」

「それに答える意義があるのか?」


 私の返答に、ジークは満足そうに大きく頷く。


「グレイ・イネス・ナヴァロ男爵殿、引き受けてもらい、学院を代表し感謝する」


 仰々ぎょうぎょうしく、立ち上がると頭を深く下げてくるジーク。


「心にもない演技を止めろ。実に不愉快だ」


 顔を上げたジークの顔は、歪んだ笑みであふれていた。


「そうむくれるもんじゃない。魔導騎士学院の教授はいいぞ。権威も高く、高給じゃしな。独自の学院設立権を持つから、領地でも学院を建てれば、国が保護してくれるし」

 

 領地に、学院を建てるか。確かに面白い試みではあるな。

 それに、どの道、帝国の改革のためには、若い力を育てる必要があったのだ。これは、恰好のモデルケースとなるかもしれん。


「いつから着任すればいい?」

「再来月の四月初めじゃ。教授の就任と同時に、お主は子爵に陞爵 しょうしゃく する。儀式のため、宮廷に出頭するよう求められるはずじゃ」


 この短期間で、また爵位が上がるか。これは貴族制度の撤廃てっぱいをもくろむ私にとって、最大の皮肉といってもいい。


「了解だ」

「ほれ、これが、教授を証明するペンダントとローブじゃ。いずれも、再支給は不可能じゃから、なくすなよ」


 ジークは、テーブルに細工を施した黄金に輝く小さな金細工と、布の袋を置くと、もう用はないと、雫亭しずくていを出て行ってしまう。

 まったくもって、勝手な奴。だが、悔しいがこの度は確かに私の目的にとっても著しい利がある。精々、利用させてもらうことにしよう。


「さて」


 合格発表も確認したし、明日からまた、新領地へと旅に出る。最低限の旅の用意は必要となろう。

それに、現在、雫亭しずくていは、昨日から始まった店舗改装の真っ最中。これ以上、ここに居座ると、工事の邪魔になるな。

 周囲に響く、釘を打ちならす音を聞きながら、私も宿を後にする。


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