第21話 大博打 ウィークリング
「それで、君は、おめおめと逃げ帰ってきたってわけかい?」
「も、申し訳ございません」
金髪
このウィークリングの目の前に立つ金髪の好青年が、帝国でも有数の大商会――ウエィスト商会の会長――ガーベージ・ウエィストである。
「謝って済むなら、守衛はいらねぇんだよ!」
「子供のお使いじゃないんです。せめて、半分くらいの老舗から合意をもらってしかるべきでしょうに。ねぇ、皆さんもそう思うでしょう?」
赤髪の女性幹部の言葉に、次々に同意が巻き起こる。
「静まりなよ」
今までの
ガーベージが、右手を上げると幹部の一人が一歩進み出て羊皮紙を読み上げ始める。
「先日、ライゼ下町協会を名乗る娼館、奴隷市場予定地の買収対象者達から共同で、我らの商会と以後の商談を一切行わない旨を告知する文書が届けられました」
静寂から一転、怒号や疑問の声、部屋は虫籠の蟲共のような騒々しさに包まれた。
「無駄口は後で叩け。次の報告!」
場が凍り付き、再び訪れる沈黙の中、報告は進められる。
「ライゼ下町協会の中でも、三件の老舗は既に我が商会に土地と建物を売却済でしたが、協会の名で商業ギルドにおよそ、一軒当たり、違約金一〇〇〇万Gを寄託し、契約解除の申請を申し出ています」
「誰に知恵を付けられた……?」
幹部の一人が、思わずつぶやく疑問の声。
ギルドは契約を重んじる。故に、一度締結した契約は破棄することは原則許されない。ただし、それも例外はある。契約締結日から、三〇日以内に限り、違約金を収めることで、契約解除をすることが可能なのだ。今回は、違約金の額が定められていなかったから、法定最高額の一〇〇〇万Gで、契約は解除となるのだ。
とはいえ、一〇〇〇万Gの大金をたかが老舗が拠出できるなど、通常考えられない。大物商会がバックに付いたのは間違いあるまい。
「それで、その子供の所属する商会名は?」
「商業ギルドの職員の言では、サガミ商会と――」
「あのバケモノ商会か! 糞がぁっ!!」
普段冷静沈着なガーベージとは思えぬ激情に顔を歪ませ、右手に持つペンを床に叩きつける。
「会長、サガミ商会とは?」
恐る恐る疑問を口にする幹部に、ガーベージは血走った眼で
「時計やガラス等、
憎々し気に、呟いた。
「あの噂、真実なので?」
幹部の一人が、ガーベージの取り乱しっぷりに眉を顰めながら尋ねる。
「もちろん
ガーベージの断定に、
サザーランドを襲った数万におよぶアンデッド。それを撃退するは一商会なり。
曰く、一部隊全員が聖魔法を使える神話の部隊を持つ。
曰く、その一人、一人が宮廷魔法師に匹敵する高位魔法の使い手である。
曰く、商会員の一人が、怪鳥と大蛇の怪物を苦もなく屠る。
曰く、商会員の数人が、回復魔法を使用できる。
そんな到底あり得ぬ、数々の奇跡がまことしやかに噂されていたが、結局のところ、誰も信じやしなかったのだ。
「なら、ズーの骨が折れていなかったのは?」
「回復魔法だろうよ。その子供とやら、おそらく噂の商会長――シラベ・サガミだろうさ」
「契約は、いかがいたしましょう?」
「娼館と奴隷市場については、一旦は中止するしかないだろう! 今はこのライゼにおける主力である貴族の餓鬼共御用達の高級店で
「は!」
胸に手を当て、幹部達は一斉に首を
「それと【ラグーナ】の四統括に
「で、では?」
「ああ、
「なるほど、【ラグーナ】に、サガミ商会を
「そうだ。流石に裏社会の王たる【ラグーナ】にかかれば、表の温い一商会など相手にはなるまいよ」
至る所から歓声が上がる中、ウィークリングは真逆なことを考えていた。
易々とズーの腕を叩き折り、そしてそれを癒した奇跡。何より、あの子供の悪意に満ちた顔。どうしても、【ラグーナ】の勝利の道筋が、ウィークリングには描けなかったのだ。仮に失敗すれば、あのバケモノはきっと想像を絶する
(ここがこの商会の潮時ですかねぇ)
この時、ウエィスト商会を抜ける意思は、既に固まっていた。
(ひっそりと、田舎暮らしもよいかもしれませんね。今度こそ、お天道様に顔向けできるような生活を送るとしましょうか)
そんなことをぼんやりと考えながらも、ウィークリングは
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