第10話 第四区ライゼ到着

 ジル達【リバイスファミリー】所属の者達と保護された子供達をストラヘイムへ転移させ、人数分の下位ローの魔導書を渡すと、ジュドとアクイドに戦闘訓練を行うよう指示を出す。

 彼らは、例外なく【ラグーナ】に命を狙われることとなった。ならば、己の身を守るだけの力をつける必要がある。

 案の定、ルネットからの一時撤退てったいにつき、【リバイスファミリー】の面々は異論を唱えていたが、訓練でサテラに一方的にボコボコにされると、誰もはさまなくなる。

 


次の日の早朝私達は出立し、馬車に揺られること半日、目的の第四区へと到着したのだ。

 

「これが帝都の第四区――ライゼですか!」


 馬車の中から身を乗り出し、サテラが感嘆かんたんの声を上げる。

帝都の第四区――ライゼは、陵丘りょうきゅうを開発して作られた区。

 丘の頂上付近には、あたかも王宮のような外観の立派な建物がデンとそびえ立っており、ここから細かな石のブロックから成る幅の広い幾つもの通路が四方八方へ伸びている。

通路に沿って立ち並ぶ、煉瓦造れんがつくりの古風な建物や、一定の間隔で、彫像が設置されている石造りの橋は、幻想的げんそうてきであり、一目で歴史的建造物であることをうかがわせた。

 

「そうよ。ここがライゼ、学生の街」


 得意げに、胸を張るアリア。

かつて、何度も母である先代にこの街に連れてこられたことがあったのだそうだ。彼女にとってここは、幸せの残滓ざんしがたっぷりまった場所なのだと思う。

 

「宿にチェックインしたら、飯にでもしよう」

「飯、飯、飯じゃ~~、飯なのじゃぁ~~~♪」


 幸せをかき集めたような顔で、いつもの意味不明な鼻歌はなうた口遊くちずさみ、馬車の中で、くるくると回るドラハチ。


「それで結局、アリア嬢とサテラはその試験とやらを受けるのか?」


 シルフィが、サガミ商会の名物酒――ビールをびんからコップに注ぎながらも思いついたようにたずねてくる。


「ああ、そうなりそうだな」


 ハクロウ男爵から渡された書簡しょかんによれば、アリアの入学は父である理事長のたっての願いであり、最優先事項とされている。

 というか、内容を一読すれば、子煩悩こぼんのうを通り越して、変態の域に達している様子だった。アリアの情操教育や、安全確保など、色々理由をこねくりまわしているが、結局愛娘アリアを手元に置いておきたいだけなのは一目瞭然いちもくりょうぜんだ。

 第一、呪いの手紙のごとく『娘に手を出したら殺す!』と数十通りの殺害方法が記述されていたのは、流石の私も背筋にうすら寒いものが走ったものだ。


「でも、本当に平民の私が受けていいんでしょうか?」


 当惑気味に、サテラが疑問を提起してくる。


「五〇万Gの受験料を収めれば身分を問わず受験可能なのだ。制度を上手く使うのは、重要なことだと思うぞ」

「そうかもしれませんが……」


 声色からして明らかに乗り気ではない。倹約家けんやくかのサテラからすれば、大して興味のない魔導騎士学院の入学など、無駄金の拠出きょしゅつにしか見えないのかもしれない。


「ちょ、ちょっと、私五〇万Gなんて持ってないわよ! サテラも、わかってる? 五〇万よ、五〇万G!!」


アリアが焦燥溢れた声を張り上げる。


「私は……」


 言葉に詰まるサテラ。サテラは私の秘書兼メイドとして、一定の額を月々、給与として支払っている。

ここで、未成年の職員の給与については、教育上の問題から、成人に達するまで、使用できる金銭を制限し、それ以上は貯金し、どうしても必要な場合だけ、私の許可に掛からせている。

 既にサテラの貯金総額は相当なものとなっており、五〇万など大した額ではない。

もっとも、サテラは、自由になる僅かな金でさえ、貯金に回す超ド級の倹約家。というか、私達の算定した予算についても、無駄が多いとダメ出しをするくらいだ。本来、私の許可など必要すらない。言ってしまえば、他の同世代のキッズ達に対する公平性確保の観点から一応そうしているに過ぎない。

ともかく、サテラは今回の魔導騎士学院入学を、五〇万Gをかける価値はない。そう判断しているのかもしれない。


「アリアの受験料は、心配いらん」


 あくまで五〇万Gが必要なのは、平民だけ。父が高位貴族であるアリアは、少なくとも上民にカテゴライズされるから、受験料などそもそも無料。

 優秀な人材の発掘は極めて困難であり、本来金をいくらつぎ込んでも足らない性質のもの。このような、無駄で強欲な無能共が考えそうなシステムは、この帝国を改革したあかつきには、全て責任をもって、一掃いっそうしてやる。


「なんでよ!?」

「お前の父親が貴族だからだ」

「……」


 初耳だったせいか、アリアは無言でパクパクと口を開閉かいへいしている。


「グレイ様……」


 サテラが目頭めがしらを押さえて、非難たっぷりの声色で、私をいさめてくる。


「どうせいずれ知ることだ。本人の前で取り乱されるより、よほどいいだろうさ」

「私のお父様を知っているの!?」


 必死の面持ちで、アリアは私の胸倉をつかむとブンブンらす。


「直接会ったことはないさ。だが無事合格できれば、向こうから接触してくるはずだ」


あの手紙の調子では、不合格となっても、ごり押しで入学させそうないきおいだけれども。


「ぅー……」


 アリアは私のこの言葉に、片手で前髪を鷲掴わしづかみにするようにして頭を抱えて、小さなうなり声をげていた。

 

「ご飯を食べたらさっそく試験の対策をしましょう。ね、アリアちゃん」 


そんなアリアを気遣きづかってか、サテラがアリアの肩を叩くと、わずかに微笑ほほえみながらも、優しく語りかける。


「う、うん」


 アリアのメンタル面については、サテラに任せておけば大丈夫だろう。というか、私にこの手の家庭上の事情を抱えた子供を宥める特殊スキルはない。少々、情けない気もするが、他力本願を決め込むとしよう。


「では、宿を取ろう。アリア、お勧めはあるか?」

「あ、うん、えーとね――」


 ようやくフリーズ状態から解除されて、昔の思い出を話し出すアリアに、ほっと胸を撫でおろし、その言葉に耳を傾ける。



 アリアに案内された宿屋しゅくやは、帝都の第四区――ライゼの最南を流れる大河のほとりにあった。

 馬車を降りると、弾むような足取りで、三階建ての煉瓦の建物に入っていく。

 建物の傷み具合から察するに、かなりの建築年数があり老朽化はかなり進んではいるはずなのに、よく手入れされているせいか、妙な居心地の良さがある。


「女将さん!」


 建物に入ると、アリアは、ナプキンを頭に被ったエプロン姿の恰幅のよい年配の女性に飛び付く。

女将は、しばし目を見開いてアリアを凝視していたが、直ぐに抱き締めると、


「アリア、ずいぶんと大きくなったねぇ」


 しみじみ、そんな感想を述べたのだった。

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