第11話 魔導騎士学院受験――学科試験

 それから、数日間、ライゼの宿――雫亭しずくていで、集中試験対策を行った。

 あのはた迷惑な皇帝から得た事前情報では、魔導騎士学院の入学試験は、学科試験と実技試験の二つからなり、ともに一〇〇点満点の総計二〇〇点で合否が決定される。

 実技試験は、主に武術と魔法についてのテスト。武術は一朝一夕いっちょういっせきでどうにかなるはずもない。対して、魔法は魔導書があるから、私達なら合格点は取れるのだろう。

 こんな魔導書創造という己の能力にものを言わせたゴリ押しなど、正直嫌悪しか覚えない。私自身は、可能な限り魔導書に頼らず切り抜けたいものだ。

 学科試験は、帝国史、魔法理論、一般的常識的な問題に分かれる。この数年、暇を見つけてはストラヘイムの図書館にこもって読みふけっていたのだ。私個人は合格点を取る自信はある。

 そして、サテラも私の真似をして本を読んでいたし、この数年徹底的に教育をほどこしたから、相当な知識はある。合格点くらいとれるだろうさ。

 問題は、まったく対策をしていなかったアリアだ。

 実技は魔導書があれば何とでもなるが、学科はそうもいくまい。今のままではまず落ちる。

 それ故に、いくつかの下位ロー中位ミドルの魔導書の契約を済ませた後、試験日までの一週間、ひたすら、知識を彼女に叩き込んだ。



「アリア、グレイ、サテラ、しっかりおやり!」


 女将さんが、二つの石を両手に一つずつ持ち、何度か打ち付ける。

 アリアが魔導騎士学院を受験すると聞き、女将は大層喜びこの一週間、試験勉強のための広間の貸し出しから、夜食などまで様々な協力をしてくれた。

 どうやら、女将にとってもアリアの父については既知の事実らしい。


「ありがとう。感謝します」


 三人で頭を下げると、さわやかに微笑む女将。


「お兄ちゃん達、頑張ってねぇー」


すっかり私達に馴染んだシーナが両手をブンブン振り、


「早く帰ってきて、飯作るのじゃ」


ドラハチがそんなお決まりの言葉を吐く。


「二人の面倒は任せておき! じゃあ、遅れないうちに、早くおいきよ」


私達は各々頷くと、学院までの坂道を上り始める。


「頭がボーとするわ」


 アリアが大きな欠伸あくびをしながらも、首を動かす。あれほど睡眠不足は逆効果だから、十分に睡眠だけは取れと言い聞かせたのだが、この娘、守らなかったようだな。

 まあ、合格できれば父に会えると口走ってしまった私も迂闊うかつだっだ。猛省もうせいをすべきは私かもしれん。


「肩の力を抜け。今更いまさら、どうにもならん」

「わ、わかってる」


 手と足が同時に出ているし、何より全身のガチガチさ加減が二割増しになっている。

 どうも、さっきからことごとく鼓舞こぶに失敗しているな。


「終わったら、シーナやドラちゃん達と、ライゼの観光をしよう。案内してよ」

「うん、そうだね」


 サテラの提案に、大きく頷くと、パンッと両手で頬を叩き、何度か深呼吸を始める。

次第に、顔が水をかけられたようにキュッと引き締まっていき、いつものアリアへと回帰する。

やはり、子供を宥めるには、苦難を共にした同世代の友が相応しい。

サテラも、依然として一人では眠れない等、心配なところはまだまだ多々あるが、本当にしっかりしてきた。独り立ちも間近なのかもしれん。



 丘の頂上には、壮麗そうれいな四階建ての建物。あれが、帝立魔導騎士学院本校舎であり、校舎へ続く道の両脇には、いくつもの建物や訓練施設が点在している。

帝立魔導騎士学院――時の大帝フィリップ・ローズ・アーカイブが、莫大ばくだいな国費をとうじて設立した帝国がほこる最大の研究・教育機関だ。

世界でも最高峰さいこうほうとされる魔導研究施設も兼ねているのだ。魔導国家をうたう帝国人にとって、この学院の卒業は最上のステータスであり、栄光えいこうへのけ橋となる。

 もっとも、あくまで帝国貴族と豪商の子息子女しか入学できないシステムである以上、教育機関としても研究機関としても欠陥だらけの学院といえよう。最も救いがないのが、そんな出来損ないの学院に帝国民の誰もがあこがれ、がれている事実かもしれない。



 荘厳そうごんそびえ立つ鉄の門を潜りぬけ、学院の広大な敷地へと入る。真っ白な石のタイルから成る歩道とその脇に一定の間隔で植えられている樹木は、中々壮観そうかんだ。中身はともかく、この景色の歴史的価値だけは確かに、認めざるを得ない。だからこそ、どうしようもなくもったいないわけだが。


「この人達、全員受験生?」


 本校舎と思しき場所に向かう人々を眺めながら、アリアがぼんやりと口にする。


「帝国中の貴族や豪商の子息子女が受験するから、当然だろうさ」


 もっとも、先のアンデッド襲撃事件により、これでも、今年はかなり減少気味なのは間違いあるまいが。


校舎に入り、窓口で手続きを済ませると、受験票を渡され、指定の教室へ行くよう指示を受ける。


「サテラとアリアは同じで、私は違う教室のようだな。学科試験が終わったら落ち合おう」

「はい!」

「うん!」


 快活に答える二人に背を向け、指定された教室へと向かった。


 教室は、扇状、後方になるにつれ高くなる構造。正面にある教壇を半円状の長椅子が取り囲んでいた。

各席には番号が記載されたプレートが置かれており、これが受験番号と対応する仕組みだろう。私の受験番号は、最後尾の窓際の席。


(ほう、ここまで浸透しているのか)


学院の窓には、サガミ商会の主力商品の一つである硝子ガラスがはめ込まれていた。硝子はまだ、市民レベルでは大都市でもないと普及していない。

時間もあるし、頬杖をつきつつも、外の様子を眺めることにした。


「ねぇ」

「うん?」


 声の方へ顔だけ向けると、腰まで伸びたウエーブのかかった金色の髪を鬱陶しそうにかきあげながら、私の身体と同世代の少女が眠たそうな目で私を興味深そうに眺めていた。


「あなた、随分、余裕なの」

「どうだろう」


 余裕というより、大して興味がわかないと言った方が適切か。確かにこの学院に眠る本には好奇心が刺激されるのは認めよう。

 本は人類が誇る叡智えいちの結晶であり、知識の記録。高価な装飾品のびっしりまった宝物庫よりも、書庫一つの方が、遥かに価値がある。そう個人的には考えている。

 しかし、それも私営の書庫だった場合だ。ストラヘイムには、図書館は5つある。そのうち、本好きの商人が運営する図書館は、小規模だったが世界各国の珍しい本を揃えており、世界各地の常識や文化や風土、考えもつかなかった突飛な魔法理論など、読むだけでワクワクさせるような内容を提供してくれた。

 対して魔導学院の受験生が頻繁ひんぱんに通うとされる帝国が運用している最も権威の高い図書館は最悪の一言に尽きる。

そのほとんどが、証明もろくにされていない帝国賛美の歴史系の本か、神の偉大さを謳う書物、そして詠唱一辺倒のなんの考察もされていない魔法についての教本で埋め尽くされており、数冊読めばお腹一杯になる内容の本ばかりだったのだ。

ここは、帝国で最も権威のある学院。その書庫にある書物はそうした私をうんざりさせるような本ばかりなことは想像するに容易い。

まあ、帝国秘蔵の禁書や密書の類も保管されてそうだから、その点では興味は尽きないが、そんな書物の保管書庫への立ち入りなど一般生徒に認められるはずもない。


 要するに、数年単位の時間と労力の対価としては、いささか不十分。それだけなのだ。


「あなた、変わってるの」

「よくいわれるよ」


 私を観察する金色の瞳に、どうしようもない居心地の悪さを感じ、私は再度視線を外へ向ける。

 隣で、深く息を吐く音が聞こえるが、すぐに、まとわりつく視線が消えた。



 学科試験が開始される。

 歴史は、帝国史が六割、世界史が三割、残り一割が神話時代の御伽噺のような内容を記述させるもの。案の定、帝国の表の栄光の歴史のみを問う内容であり、辟易へきえきしながら、解答欄を埋めていた。

 一般常識問題は、作法や目上に対する礼儀などが中心。あんな、キュロス公まがいな汚物を生み出す儀礼に価値など微塵みじんも見出せぬ。こんなものを出すくらいなら、文章読解能力を問うた方が、よほど意義があるだろうに。

 最後の魔法理論については……流石にこれはひどいんじゃなかろうか。

 まさか、二〇問中、一五問が詠唱の暗記のき出しとは思わなかった。さらに、その中の四問は三つの最上位トップ魔法と一つの特位スペシャル魔法についての基礎的事項に関する設問。あっという間に埋めていく。

 ついに、残り一問を残すところとなった。


「くはっ! 中々そそられるではないか!」


 思わず、口に出してしまい隣の金髪少女を始め、周囲の受験生から親の仇のような視線を向けられる。

 あわてて口をつぐむが、どうにも興奮がおさえられない。

 用紙の最後尾には――『魔法式と魔法との関係を述べよ』、と記載されていたのだ。

 いいね。いいじゃないか。この設問だけはけたが違う。これは、いわば魔法という現象そのものを尋ねているに等しい。

 詠唱とは言葉だ。単に口にするだけで、なぜ魔法などという超常の力が起こるのか。それは魔法という存在そのものを紐解ひもといていかねばならない。


「いいだろう。答えてやるさ」


 小さく呟きつつも、私はこの難問にのめり込んでいく。



「止め、ペンを机の上に置きなさい」


 結局、いくつかの考察はできたが、それらを証明するには、まだ情報が不足している。

 だが、時間を制限したせいか、かなり集中ができた。今までバラバラで断片的であった知識が何とか一つにまとまったような気がする。うむ、これだけでもこの試験、受けたかいがあったというものだ。


「自信ありそうなの?」

 

隣の金髪少女に尋ねられる。

最後の設問以外は、暗記でどうにでもなるような設問だった。周囲の真っ青な顔から察するに、あの最後の最難関の設問だろうさ。


「いんや、解けなかったさ」

「解けなかったのに、嬉しそうなの?」

「まあな。解けぬ謎がある。それこそが私達科学者のかてであり、欲求であるからな」


 拳を握って力説する私にしばし、少女は目を見開いていたが、憐憫れんびんの視線を向けると、


「変態さんなの。可哀そうなの」


 私の頭を撫でると、去っていってしまう。

 失礼な子供だ。流石の私でも変態さん扱いされるのは、傷つくぞ。多分……。

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