第8話 宣戦布告 狂獅子

 ――アーカイブ帝国の首都――帝都レムリア、ラグーナ本部


 世界最強にして最恐の裏組織――【ラグーナ】。数百にも及ぶ裏社会のファミリーを包含ほうがんし、集団戦闘に関する軍事、各国の要人暗殺やまつりごとについての謀略ぼうりゃく、人身売買や娼館経営しょうかんけいえいなどの闇商売、詐欺や窃盗、強盗などの財産犯罪の四つの部門にわたる巨大な闇の組織。

 世界各国の支配層たる政府要人や高位貴族、商業ギルドの幹部を構成員として加え、ないしは、彼らと直接取引し、年間、一千憶Gの巨万の富を得ているともいわれている。

 故に、各国政府への影響力は計り知れず、落ち目とはいえ三大強国の一角ともいえるアーカイブ帝国政府とて、明確な証拠がなければ【ラグーナ】傘下のファミリーに対しては、一定の配慮をせざるを得ない。

 

「それで、マウンテンは無事釈放されたのか?」


 王宮といっても過言ではないほどの豪奢ごうしゃな部屋の真ん中に置かれた大理石の円卓の一席で、たてがみのごとき金色の長髪の巨躯の男が両手を組みながらも、進行役と思しき頭からフードを被った女に質問する。

 彼は、【ラグーナ】の軍事部門統括とうかつ――狂獅子きょうしし。かのSランクの冒険者シーザーにも匹敵する身体能力を有し、最高位の魔法を使いこなす組織最強の魔法師でもある。


「はい。帝国政府に圧力をかけ、無事釈放させました。フィーシーズファミリーのボス――マウンテンは、現在、奥にひかえております」


 ピリピリとした緊迫した空気が若干和らぎ逆に、裏組織最強の【ラグーナ】に逆らった愚か者に対する内臓が震えるほどの激しい怒りが充満する。


「我らに弓を引いたのは、どこの田舎者いなかものぞ?」


 財産犯罪部門の統括――毒酒どくしゅが、その長く伸びた真っ白な髭をしごきながら、興味深そうに疑問をていする。


「未だに不明です」

「はあ? ちゃんと釈放されたんじゃないの‼?」


 闇商売の長たる赤色ドレス姿の女――死蝶しちょうが、形の良い眉を顰め、進行役の女に怒鳴りつけた。


「四統括様方の前でのみ話すとの一点張りでして……」


 案内役も、小首を傾げて、返答する。それもそうだ。本来、たかが小規模ファミリーのボスごときが、四統括しとうかつに会うなど到底、かなうものではないのだから。


「自白はさせたのか?」

「部下からの報告では、魔法、幽魅草により、自白を試みたが口を割らなかったらしい。おそらく、自白を無効にする魔法でも使用しているのだろう」


 司会役の代わりに返答したのは、頭の先から足まで黒色の布で覆っている黒装束の男。この男は、組織の暗殺や謀略を司る黒梟くろふくろう


「そんな高位魔法聞いたこともないわね……」


 形の良い顎に手を当てて、死蝶は素朴な感想を述べた。


「ほっほっほ、だとすると、やはり、やっこさんは、魔導学院の卒業生ないし、教官ないし教授ってところかのぉ」

「あたりは、ついているのか?」

「……」


 狂獅子の疑問に、黒梟くろふくろうは、首を左右に振る。


「そうか、ならば直接聞くしかあるまい。お前達もそれで異論はないな?」


 狂獅子がグルリと一同を見渡すと、誰も異を唱えない。


「マウンテンを連れてこい!」


 一礼すると、進行役の女が部屋を退出する。


 その数分後、物々しい警備のもと、両手を縛られた巨躯の角刈り男が部屋に連行されてくる。

 

「己の所属を答えよ」

「闇商売――人身売買部門ルネット街組頭――マウンテンです」


 黒梟くろふくろうの問いかけに、流暢りゅうちょうだが感情起伏に乏しい声色で即答する。


「では、単刀直入に尋ねよう。お前達ファミリーは誰に狙われたのだ?」

「それは……」


 マウンテンは、言葉を切ると口をしばし、パクパクさせる。


「どうした、答えよ」

「それ……それ……ソ、ソ、ソレ、ソレ、ソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレ……」


 途端に呂律ろれつが回らなくなり、白目をむく。


「ちょっと、それ明らかに変よ!! 早く連れて行きなさいっ!」

「はっ!!」


 ヒステリックな死蝶の命に、脇に控えていた四人の兵隊達が、胸に手を当てると、マウンテンを運び出そうとする。

 

 ボシュッ!


 四人の兵隊の首が一斉に空を舞う。


「気を付けろっ! 何らかの攻撃を受けている!」


 四統括は円卓から離れ、各々が武器を持ち身構える。


『オロカナル、ニンゲンドモヨ。ワガ、シコウノアルジノ、オコトバヲ、ツゲル』


 不自然に感情がこもっていない、いや、音調すらも消失した不自然な声。そのあまりに、おぞましい声色は、幾多もの死地をくぐってきた百戦錬磨ひゃくせんれんまの四統括の背筋に、冷たいものを走らせた。

 

『どうも、初めまして。そうだな、名前があった方がいいだろう。【究明者】とでも名乗っておこうか。

 では、宣告しよう。私はお前達を考えつく限り、最低、かつ、残酷な方法でなぶり殺す。その理由は……別に述べる意義が感じられないから勝手にそちらで想像してくれ。

 要するにだ。これは宣戦布告と受け取ってもらって構わない。

 では、正々堂々と、楽しいつぶし合いをしよう』


 その流れるような言葉を最後に、マウンテンの全身が震える。


「ぐぎゃああああぁぁっ!!!」


 マウンテンの断末魔だんまつまの叫びとともに、その身体が二つに割れて、頭部が蜘蛛くも、胴体が人のバケモノがゆっくりと出現してくる。


「四統括! お下がりを!」


 数人の護衛の者達が四統括との間に割って入ろうとするが、蜘蛛人の周囲に幾多もの真っ白な細い糸が生じ、それらが超高速で暴れ回る。

 護衛共の身体に無数の線が入ると、ゆっくりとずれていき、遂にはバラバラの肉片となって床に叩きつけられた。


『シコウノアルジニ、サカライシモノニ、ゼツボウト、シヲ』

「気を抜くな! この魔物、とんでもなく強いぞ! 隊列を組め!」


 狂獅子の命令が飛び、まるで、一つの生物のように、【ラグーナ】達は動き出す。

 


 眼前でやっと動きを止めた蜘蛛くもの化け物を確認し、狂獅子は片膝を床につき、大きく安堵の息を吐く。

 厳しい戦いだった。ここは【ラグーナ】の本部。その本部を守る警備兵共の練度れんどは、飛びぬけており、帝国上皇の近衛兵にすら匹敵するとさえ自負していたのだ。

 なのに、あれだけいた警備兵共のおよそ六割は死に絶え、かろうじて生き残った者も瀕死で、もはや使い物にはなるまい。

 しかもだ。今燃えている蜘蛛の中は空洞であり、抜け殻に過ぎない。多分、必死に追い詰めたのは怪物の分身。少なくとも本体ではない。


「しんどいのぉ。こんなのジークとやり合ったとき以来じゃわい」


 毒酒が今も流れる玉のような汗をぬぐいもせずに、床に大の字になる。


「ふざけんじゃないわよ! なんで選りにもよって、災害級の魔物がこんな街のど真ん中に出現するのよっ!」


 真っ赤な髪を掻きむしりながらも、ヒステリックに喚き散らす死蝶。


「死にたくなくば、早急にそれを調べる必要があるじゃろうな」


 毒酒の言は、実に的を射ている。黒幕にたどり着かねば、第二、第三の化け物に襲われるのは予想するに容易い。【ラグーナ】は、確実に滅びるだろうから。


「直ちに、拠点きょてんを移す。各自目立つ行為はできる限り、差しひかえろ! それと、黒梟くろふくろう、お前は黒幕を可能な限り調査せよ」

「それは人間側に関与者がいるということか?」

「そうだ」


 災害級の魔物を一人間が使役できるとも思えない。魔物には進化を重ね、王の位を獲得したものもいるときく。その類と考えれば、一応の納得はいく。

 しかし、奴らが自然に偶発的に、人間のしかも裏の組織に興味を持つなど、まず考えられない。人間側の関与はあるとみてよいだろう。

 

「魔物に使役されるとは、人族の恥さらしめっ!」


 さげすむような死蝶の言葉に、無言で相槌あいづちを打つ毒酒。


「ともかくだ。少なくとも、魔物と関係を持てるのだ。相手は魔法師と考えてよかろう。その線で洗え」

「了解だ」


 その言葉を残し、姿を消す黒梟くろふくろう

 今も悪態をつく死蝶を一睨みで黙らせるべく、床を強く踏み砕く。狂獅子の右足が床にめり込み、蜘蛛の巣状の亀裂を生じさせる。


「これは戦争だ。しかも、相手は我らを根絶ねだやしにしようとしている。絶対に、負けるわけにはいかぬのだ」


 そう。あの虫の魔物は、おそらく使い捨ての兵隊。いや、おそらく、宣戦布告のメッセンジャーにすぎまい。この度の相手からすれば、あの災害級の魔物も、その程度の価値しかないのだろう。敵は、そんな正真正銘の化け物ってわけだ。


「潰してみせるさ」


 今まで、狂獅子ら【ラグーナ】はそうした、屍の上を踏み越えて、ここまで来たのだから。 狂獅子は、そう小さく呟きながらも、血と汗で滲んだ右拳を砕けるほど強く握った。


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