第7話 悪巧み談義

 あれから、私達は有無を言わせず、この宿場町――ルネットの司法局へと案内される。

 あの性格がじれている男のことだ。てっきり、取調室に連行でもされるのかと思っていたが、実際通されたのは質素だが作りの良い応接室だった。


「フィーシーズファミリーのボスと幹部の十数名は捕縛できたが、兵隊のおよそ八割が行方不明。今回も随分ずいぶん派手はでにやったようだな? なあ、グレイよ」


 うんざりしたような、そしてわずかに怒りを含んだ声色で、そんな皮肉をぶつけてくる。


「そうだな。というかハクロウ男爵、あんた司法官だったのか?」

「いや、私は調査部だ。先の戦争に派遣されたのも一時的な左遷に近い。これが本当の職務さ」


 調査部、確か帝国の公的に公開されている諜報機関ちょうほうきかんだったか。どうりで、やりにくいわけだ。


「で? いい加減、あんたが今ここにいる理由を教えろよ」

「私も暇ではないしな。よかろう。耳をかっぽじって、よく聞け」


 口端を上げると、ハクロウ男爵は、本事件の概要がいようを語り始める。



 ハクロウ男爵の懇切丁寧こんせつていねいな説明で、表と裏についての粗方の事情は把握した。

 ここは関所の宿場町――ルネット。フィーシーズファミリーは、そこを拠点とする裏の中規模組織。より正確には、帝国内最大の裏組織である【ラグーナ】所属の組織の一つ。

 【ラグーナ】自体、世界中に根を張る巨大組織であり、多くの強力な魔法師を抱え、国家レベルに匹敵する独自の武力を有する。また、【ラグーナ】は、各国の貴族や商業ギルド、冒険者ギルドにも根を張っており、迂闊うかつには手を出せない。そのため、国の司法や軍隊は基本動けないのが通常である。

 故に、年に一回あると言われる【ラグーナ】の幹部の総集会を一網打尽いちもうだじんにすべく、くさと呼ばれる密偵を各組織に放っている。ハクロウ男爵の背後で大きな欠伸をしているあの傷のある坊主の男もその一人だ。

 ハクロウ男爵は、偶然このルネットを訪れていたところ、私がこの街に入ったことを聞く。加えて、さらに、一〇代前半の子供が、クソファミリーへ乗り込んだ旨の通報を受け、慌てて、フィーシーズファミリーへと乗り込んだ。

とまあ、そんなところだが――


「へー、丁度私がこの街に滞在している間、あんたが偶々、この街を訪れていたね。しかも、偶然に私がクソファミリーに乗り込んだ旨の通報があったわけだ。実に都合の良すぎる偶然が重なりすぎだよな」


 こんな出来過ぎた偶然を信じるほど私は、愚かではない。クラマが私の存在を知っていたという不自然さもあるし、現実に到底起こりえないことのバーゲンセールだ。


「ふん! 偶然というのは半分本当だぞ。まさか、よりにもよってフィーシーズファミリーを壊滅させるとは夢にも思わなかった。我らも計画を大幅に狂わされてえらい迷惑だ」


 不機嫌そうに、ハクロウ男爵はそう吐き捨てる。

 察するに、この街で内密に私と接触するつもりだったが、私がフィーシーズファミリーに襲撃をかけたことを聞き、大慌てで摘発てきはつの名目でこの屋敷を制圧したのだろう。


「それで、私に何の用だ?」

「元、ルネットの任侠一家――リバイスファミリーの息女の保護を頼みたい」

 

 アリアの保護か。元よりそのつもりだったが、わからんことが多すぎる。


「なぜ、たかが任侠一家の長女の身を公僕のあんたが気にする?」

「それは、アリアお嬢様の御父上が魔導騎士学院の学園長だからです」

「学園長ね」


 クラマの宣言で、大体の事情は把握できた。

 この度、アリアは、フィーシーズファミリーの屋敷にカチコミをかけた。つまり、リバイスファミリーは、【ラグーナ】の明確な敵となったのだ。今後間違いなく、リバイスファミリーの先代の遺児であるアリアは狙われる。そして、それはこの男の目論見通りなのだろう。


「クラマ、あんたが、やたらアリアの同行にこだわったのは私にアリアの保護をさせるためか?」

「申し訳ございません」

「いや、それだけなら別にわざわざ、アリアをあの場に向かわせる必要もないな。一体、何を考えている?」

「私は、先代との誓いを果たしただけ。そうとだけ申しておきましょう」


 くそっ! 完全に煙に巻かれてしまったな。

まあいい。どの道、【ラグーナ】の敵となったリバイスファミリーは保護する必要性があったのだ。ある意味、自分のいた種ではあるし構うまい。

 それに――。


「よかろう。壊滅させた私にも非はある。引き受けるとしよう」

「その寛大かんだいなご決断、心から感謝いたします」


クラマは優雅に、右手を胸に当てると一礼してくる。


「ああ、感謝など必要ないさ。まったくな」


どの道、リバイスファミリーは、組織維持の実証実験に使えると考えていたところだったのだ。

 それにな、あれだけのことをしてくれたのだ。私も【ラグーナ】ごとき、汚物をのさばらせておくつもりは毛頭ない。

 もうじき、我らの活動の拠点が帝都へ移る。そうなれば、じっくりたっぷり、【ラグーナ】狩りいじめに精を出せる。この私をここまで不快にさせたのだ。

くふ、くはははっ!! 徹底的にやってやるぞ。


「グレイ、お前、今自分がどんな顔しているか、理解しているか?」


 心底疲れ果てたようなハクロウ男爵の指摘に、口元に触れると、案の定、ありえないほど吊り上がっていた。マジで、この癖、本気で直さないとな。自分でいうのはなんだが、軽いホラーだ。


「ともかく、委細いさい了承りょうしょうした」

「では、具体的な話を詰めるとしよう」

 

ハクロウ男爵が、身を乗り出し、私達は【ラグーナ】虐め、もとい、組織壊滅につき、語り始める。


     ◇◆◇◆◇◆


 私、ハクロウ男爵、クラマとの三者の話し合いの結果、【ラグーナ】を壊滅するまで、リバイスファミリーは私の預かりとなる。

結果、アリア・リバイスの身元は私が引き受けることとなった。

 残された問題は――


「あのゴリラボスの処刑は、確約してもらえるんだろうな?」


 フィーシーズファミリーのゴリラボスの処刑。私は、あの元凶を作り出した奴だけは絶対に許すつもりはない。奴が秘密裏に解放されたら、それはそれ。解放を条件に、仕込みが自動発動し、奴は真の意味で地獄を見る。つまり、奴の破滅は既に約束されている。

 石を投げられ罵倒される中での安楽な死か、人として生まれてきたことを後悔するかのごとき、苦痛と悪夢と絶望の中での死か。私は奴に選択させることとしたのだ。

まあ、私の予想では結論は既にでていそうだがね。


「……善処はする」


ハクロウ男爵は、苦々しくもその言葉を絞り出す。


「ふむ、そうか」


 どうやら、私の最も望んだ結末になりそうだな。いいんじゃないか。黒幕への宣戦布告の伝言役も必要だったし、奴にはピエロとして精々、役立ってもらうことにしよう。


「グレイ、お前、また何か企んでいるな?」

「さあな。では、私達はこれで失礼するよ。クラマ、いくぞ」

「はっ!」


 私は、クラマを促し、席を立ちあがると、扉へ向けて歩き出すが、


「グレイ!」


 ハクロウ男爵に呼び止められる。


「ん? なんだ?」

「お前はまだ一二歳の子供だ」

「それがどうした?」

「あまり、無茶はするな。たまには大人を頼れ」


 やはり、この者はどうしょうもなく変な奴だ。


「努力はしよう」


 それだけ答えると、振り返らず、建物を後にした。

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