第6話 最悪の仕込み

 ひと際大きな、扉の部屋までくる。

というか、この嗅覚を刺激する生々しい鉄分の匂い。仮に、円環領域で調査しなくても、この中がどうなっているかなど容易に想定し得ただろう。まったくもって、胸糞の悪い。

部屋の中に入り、周囲を観察する。

 部屋の中心には、髪が薄くなった、筋骨隆々なゴリラのようなおっさんが、上半身マッパで突っ立っていた。そして、その脇にあるのは、バラバラになった二人の子供達。

 

「ほう、上玉じゃないか」


 欲望に塗れた顔で私を眺め見るマッパの男。位置関係からみて、こいつがボスだろう。


「グレイ殿、この者は、先刻の者共以上に、救えないかと」

「同感だな」


 クラマの言葉通り、こいつらはもう救えない。それは確定的な事実だ。だが、最後に選ばせてやるとする。


「ふむ、この中で、その者の行為に少しでも嫌悪感を覚えている者がいたら挙手をせよ。されば、苦しまずに殺してやる」


 むろん、その畜生男は泣こうが喚こうが、ただでは殺さない。こいつにとって最低な死をくれてやる。

 一瞬の静寂の後、爆竹が弾けるような笑いが部屋中に巻き起こる。


「言うじゃないか、クソガキ!」

「おーい、どうだよ、お前らぁ? そこのお子様が、この俺達を殺していただけるとよぉ?」


 もういいだろう。あの子達を早く眠らせてやりたい。


「虫共よ。間引け」


 部屋の至るところから黒色の円状のシミと、湧き上がる虫の大軍。


「は?」


 間の抜けた男達の声を引き金に、虫共は、その飢餓感を満たさんと、一斉に食事を開始する。

 


 それは数分にすぎまい。虫達は残骸一つ残さず、食い尽くし、食い散らかし、残されたのは部屋の中心で、泡を吹いて気絶している一匹のゴミ。

 

「起きなさいっ!」


 クラマが、まっぱのゴリラボスの頬を叩くが、全く起きる気配はない。

 別に起きなくてもいい。既に仕込みは万全だから、あとはどうとでもなる。今は放置で構わないのだ。それよりも――。

 玄関口の戸が開かれ、階段を駆け上がってくる複数の足音が鼓膜を震わせる。


「グレイ殿」


 クラマが、一点を眺めながらも、私に注意喚起してくる。


「わかってるさ。あいつ等は、お前が呼んだのか?」

 

 私は、利用されるのが死ぬほど嫌いなんだ。


「……」


案の定、静まり返る室内。


「そうか、出て来ぬか」


 鼠に、虫達を向かわせようとすると――。


「わーったって、そう焦るなよ」


 煙のように現れる頬に傷のある坊主の男。


「で? 今、私は気が立っている。直ちに、所属と目的を答えよ」

「聞かんでも感づいてんじゃね?」

「司法局員か?」

「やはりそうですか、まったく世も末ですね」


 クラマがそう吐き捨てる。

 同感だな。いかなる理由があるにせよ、仮にも、法の番人たる司法局員が、この屋敷での悪逆非道を見逃していたのだから。


「事情を説明せよ。包み隠さずだ」

「はいはい」


 肩を竦めると、頬に傷のある男は扉を振り返る。

 扉が勢いよく開かれ、鎧姿の兵士達が雪崩込んでくる。


「おいおい、マジかよ」


 トレードマークのどじょう髭を摩りながら、扉から悠然と部屋に入ってくる目つきの悪い男を視界に入れ、私は己のどうしょうもない間の悪さを実感したのだった。


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