第4話 悪逆憤怒

 クラマは、私とアリアを連れて、裏路地を通り抜け、三階建ての屋敷の前までくる。


「ここが、フィーシーズファミリーの屋敷です」


 私にうやうやしく頭を下げるクラマ。アリアは、親の仇でも見るような目で、屋敷を睥睨へいげいしていた。

 まずは、円環領域で屋敷内部をくまなく探索しておくことにする。

 屋敷内には、兵隊共が100人ほど配置している。ステータス平均は、ほとんどがG+~F-だが、中には、比較的強者が三人いた。

 一人が、頬に傷のある坊主の男。

 二人目の熊のような髭面の大男。

 三人目が、豪奢なこんのローブで身をまとった病的にせた男。

 一般的には強者にカテゴライズされるが、いずれも今の私の脅威にはなりそうもない。

 三階は寝室や客室となっており、幹部と思しき男が女達を侍らせ、酒池肉林を繰り広げている。

 二階の豪奢な部屋と地下は――。


「くそがぁ!!」


 あまりの光景に、怨嗟えんさの声を口かられ出していた。


「と、突然、怖い顔して、どうしたのよ?」


 恐る恐る尋ねてくるアリアと、私の内情を察したのか、無言で下唇を噛み締めるクラマ。


「悪いが、対話はなしだ」


 私は円環領域により、屋敷の地下室を指定し転移を発動する。


「それってどういう意味よ? え? へ? 何これ?」


 出現した魔法陣に対するアリアの混乱気味の言葉とともに、私達は地下室に転移した。



 そこは、薄暗く、ひんやりとした地下室。その石床には、十数人の少年少女が鎖でつながれていた。

 その半数は、首がなくなったり、臓物が飛び出ていたりと、確認するまでもなく、死亡している。

 己の視界が真っ赤に染まるのを自覚じかくする。


(落ち着くのだ)


 一度、大きく息を吸い込み、吐き出す。それだけで痛いくらいに暴れまわっていた狂気は、次第に沈静化していく。

 そうだ。この手の猟奇的りょうきてきな変態行為に快感を覚える下種野郎は、程度の差すらあれ、どこの世界にもいる。法の手で、罪人として裁くことができるか否かの差でしかないのだ。

 今は、生存者の救命が最優先――。


「うぁ……」


 茫然ぼうぜんと眼前の惨状さんじょうを眺めていたアリアは、床に両膝をつくと、何度も、何度も嘔吐した。

 涙と鼻水に塗れた顔で、今も吐いているアリアを落ち着けるべく、その背中をクラマがそっとでている。

 彼女には少し、酷だったとは思う。だが保護者のクラマがこの光景を彼女に見せることを望んだのだ。ならば、それは彼女にとって意味のあることなのだろう。

 何より、今は現実に絶望している時間も、なげいている余裕すらも私達には与えられていない。

 だから――。


「泣いている暇があるなら、生存者をここに運べ」


 ただ、そう指示を出す。


「あ、あんたはなぜ、これを見て、そうも平然としていられるの?」

「私が、わめけば何か状況は変わるのか?」

「人でなしっ!」


 そうさ。このイカレタ光景を見ても、平常を保っていられる時点で、私は人ではないのだろう。


「もう一度いうぞ。生存者を部屋の中心に運べ」

「……」


 ぐっと、奥歯を噛み締めると、アリアは泣きべそを掻きながらも、重傷者の少年少女を部屋の中心へと集める。

私も生存者に、回復ヒールをかけ始めた。


 

 数人は既に手遅れだったが、おおよそ九人の傷はほぼ完治し得た。もっとも――。


「……」


 極度の恐怖や絶望のためか、すっかり心が壊され、傷がえてもその瞳には光は微塵も灯らない。それでも、五体満足で、生きていられるだけ、この者達は幸運なのだ。少なくとも、冷たくなって先に眠ってしまった者達よりはずっと。

 生存者に、事情を簡単に説明する羊皮紙を握らせ、ストラヘイムのサガミ商会館一階へと全員を転移する。

 

私は既に息をしていない子供達を一か所に集める。

 

「さぞ、痛かったろう。怖かったろう。今楽にしてやるからな」


 一定範囲の発火及び炎の操作能力である上位魔法――【炎舞フレイムロンド】により、瞬時に骨まで燃やし尽くす。

 

 今も、真っ青に血の気が引いた顔で、地面に視線を固定しているアリアに向き直る。


「もうわかったろう? ここに生息しているのは、外道畜生。もはや人ではない。説得などそもそも無意味だ」

「……ごめんなさい」


 私の声が聞こえているのか、いないのか、消え入りそうな声で、アリアは私に深く頭を下げた。

 この状況でなぜ、謝罪する? やはり子供の思考回路は私にはよくわからん。そして、その子供にこんな酷な光景を見せた保護者クラマ意図いとも。


「クラマ、もういいだろう。これ以上はアリアには早い」


 私はこの屋敷にいる者共を、もはや人間とはみなしていない。私とくれば、十中八九、これ以上の地獄を直に目にする。


「それは、アリアお嬢様次第です」

「だから、子供の意思の尊重など時と場合があると言っているのだっ!!」


 たまらず、怒鳴りつけていた。


「グレイ殿、どうか、信じていただきたい。お嬢様の目的の成就には、これは必要なことなのです。むろんお嬢様が望むのであればですが」


 クラマは、アリアに向き直ると――。


「お嬢様自身でお選びなさい。このまま目をつぶり立ち止まるか、グレイ殿とともに、現実を見ながら先に進むのか」


 ただ、それだけを宣告する。

 私にも、クラマの意図が読めぬのだ。アリアには猶更なおさらだろう。


「いくわ」


 アリアは、震えながらも私が最も望まぬ返答をした。

 

「今ならまだ間に合うぞ?」

「くどい! 死んでもついていく!」


 くそ、クラマの奴め、余計なことを。

 私はこの惨状を引き起こした屋敷の奴らに一切の躊躇ちゅうちょはしない。誰が同行しようと、ここをこの世の地獄と化すのは決定事項。それは、多分、とびっきりの恐怖と絶望だ。とてもじゃないが、表の世界で幸せ一杯に育ったアリアに相応しいとは思えない。

 だが、同時に、保護者のクラマが、必要とまでいうのだ。もっともな理由くらいあるのだろう。それを私の一存で勝手に潰してよいものだろうか。

 ……これ以上考えても無意味か。


「わかった。もう、言うまい。だが、後悔だけはするなよ」


 アリアが大きく頷くのを確認し、視線を扉へと向ける。

 さて、もういいだろう。私もそろそろ限界だ。さっそく、駆除を始めるとする。

 この程度の屑共に、こそこそ行動するなど私の性に合わない。

 私は、アリアとクラマを連れて、屋敷の一階への階段を上

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