第3話 悪質な商談

 年期の入った三階建ての屋敷の応接間おうせつまへと案内される。内部もシックな作りで、装飾品等の余計なものが一切置かれてはいないが、よく手入れされており、私としては、貴族様の豪邸ごうていより、はるかに住みやすそうでポイントは高かった。


「リバイスファミリーの若頭兼お嬢様の世話役をしておりますクラマと申します。どうかお見知りおきを」


 金髪ツインテールの女――アリアは、私の正面で不貞腐ふてくされた顔で、そっぽを向いていた。


「ああ、私はグレイ。よろしく頼む」


 簡単な社交辞令しゃこうじれいを済ませた後、クラマはさっそく本題を切り出してきた。


「結論から言いますと、先方が了承りょうしょうするなら、私達は貴方の商談を受け入れる用意があります」

「若頭、それはっ――!!」


 背後に控えているジルが、すごい剣幕で口を開くが、クラマが一睨ひとにらみで黙らせる。


「話が早くて助かるね。では、先方の所在場所を教えてもらいたい」

「構いませんよ。案内役を同行させましょう」


 その言葉に、背後の屈強くっきょうな男達に強烈な悲壮感ひそうかんが浮かぶ。


「いや、少々、荒事になりそうだし、案内役は不要だ。地図でも書いてくれればいい」

「やめとけ、お前は奴らの恐ろしさを知らねぇ! 行けば死ぬぞ!」


 ジルが激高する。クラマに再度、猛禽類のような視線を向けられるが、今度はひるまず、私を見下ろしてくる。


「ふむ、少し、興味がわいたな。先方につき、少し教えてもらいたい。むろん、先方とお前達の関係もな」

「わかりました」


 クラマは、私と目の前に座るアリアにお茶を入れると、口を開き始める。



「世界最大の闇組織【ラグーナ】と、その傘下のファミリーである【フィーシーズ】ねぇ……」


 古参の【ラグーナ】とかいう巨大犯罪シンジケートが存在し、現在、この帝国を中心に世界中で活動を活発化させている。

 奴らのやり方は、傘下のファミリーを各地に送り込み、現住のファミリーを支配し、『しのぎ』と呼ばれる商売をさせること。

 クラマ達のファミリー、【リバイス】は、人身売買。奴らがこの街にくるまでは、奴隷商は、ファミリーの禁止商の一つだったが、奴らとの闘争に敗れ、強制される。

 毎月一定の数の奴隷を、【フィーシーズ】へと卸すノルマを設定され、少しでも下回れば苛烈な制裁ペナルティが課せられる。

 一方、奴隷については、売買の名目をとっており、末端のファミリーには多額の金銭が支払われるから、不満は生じにくい。

まさに、飴と鞭。中々どうして、このシステムを考えた者は、人というものを分かっている。


「この街の行政府はなぜ、取り締まらん?」


 奴隷業は一応合法だが、一定以上の犯罪者以外その対象としてはならないという厳格な制限がつく。シーナが凶悪犯など、笑い話もいいところだ。どう考えても違法な売買だろう。なぜ、街の行政府が口を出さない? いや、そもそも、商業ギルドがこんな違法商売を放置しているのもひっかかる。


「あんた、ホント、何も知らないのね」


 アリアは、さもありえないと、首を左右にふる。


「まあね。私は田舎育ち。都会の事情などつゆも知らぬよ。それで?」


 これ以上の無駄口は好みではない。だから、語気を強めて再度尋ねる。


「【フィーシーズ】のバックに、【ラグーナ】がいる以上、明確な証拠がない限り、行政府は動きません」

「この帝国で、裏組織の摘発に明確な証拠が必要とは、実に滑稽だがね」


 ここまでの無法を平然と、人目もはばからずしていて、明確な証拠が必要とは笑わせてくれる。つまり、行政府は、見て見ぬふりを決め込んでいる。そういうことだろう。

 表では、門閥貴族が圧政をき、裏では【ラグーナ】なる外道組織が跳梁ちょうりょうする。この帝国、想像以上に腐りきっているな。


「まったくです」


 クラマがしみじみと私の素朴な感想に、同意を示す。


「この街の行政府は、【ラグーナ】とかいう組織に積極的に支援しているのか、それとも消極的に許容しているに過ぎないのか? どっちだ?」


 この返答により、私の以後の行動指針が一八〇度変わる。


「どちらかというと後者でしょうな。捕縛された【ラグーナ】幹部の出獄や、市民からの被害報告の黙殺等。それ以上は決して踏み込みはしないでしょう」


 確かに、裏組織の雄たる【ラグーナ】にとっては、黙認こそが最上の協力だろうしな。

 要するに、多少無茶しても行政府が表立って介入してこない組織というわけか。

 いいね。実にいい! この【ラグーナ】とかいうクズ組織を使って、色々、実験ができるかもしれんな。


「グレイ様、顔」


 背後からの呆れたようなサテラの助言に、口元に触れると案の定、ありえないほど口端が吊り上がっていた。その容姿はまさに、悪代官。

 ジルは私を凝視しつつも真っ青な顔で小刻みに全身を震わせ、若頭――クラマは頬をヒク付かせていた。

 いかん、いかんな、直ぐ感情を顔に出すのは、私の悪い癖だ。以後気を付けるとしよう。

 誤魔化すべく、咳払いを一度大きくする。


「では、先方に挨拶しに行くとしよう。地図を頼む」

「私も行くから、その必要はないわ」


 隣のアリアが、そんな到底、あり得ぬ迷惑な提案をしてくる。


「はあ? お前、頭、大丈夫か?」


 この者達の様子を見れば、糞便一家フィーシーズファミリーとやらの外道さは十二分に伝わってくる。普通に考えれば、逆らえば若い女がどんな目に会うなど容易に想像できるだろうに。


「一々、ムカつく奴ね! その子の身請けを頼みにいくんでしょう? 私も一緒に頭を下げるわ」


 ぷっと、背後のサテラがき出すのが気配でわかる。

 サテラ……お前、最近、少し悪女化してないか? どうもこの数年の私の教育方針が間違っていたように思えてならない。

 アリアの背後に控えるクラマに期待の籠った眼差しを向けるが、


「私も行きましょう。それなら、グレイ殿も構いませんね?」


 クラマからも、そんなあんまりな提案をされる。


「どういうつもりだ?」

「いえね、ちまたで有名なイネス・ナヴァロ男爵殿ならば、彼らを納得させることも可能ではないかと」


 くそ、このおっさん、私のことを明確に認識してやがる。だが、なぜわかったのだ?

 帝国政府は、表向きは、この度の私の功績をイネス・ナヴァロ男爵とその部下によるものとし、真実を知る全諸侯につき他言無用を誓わせた。

 帝国内での下級貴族の台頭を望んでいない門閥貴族共からも反対の声が上がるはずもなく、私の目論見通り、先の戦争での私達の関与は参加した諸侯と傭兵や兵士達以外一切闇に葬られたのである。

 むろん、噂は止めることはできないが、この世界の情報伝達システムは貧弱だ。私やジュド、カルラは仮面を被って行動したから、一般の兵士や傭兵はそもそも私と認識すらしておるまい。実際に戦場に出てもいないクラマが知るはずもないのだ。

 現に、金髪ツインテールの女も、ジルを始めとするリバイスファミリーの構成員達も、ポカーンとした顔で私達のやり取りを眺めている。

 

「いいのか? あんたはともかく、そこの苦労知らずのお嬢様にはいささか刺激が強い話し合いになると思うぞ?」

「はい。この度の件はお嬢様にとっても良い経験となることでしょう」

「あんたも、存外狂ってるな……」


 素朴な感想を述べると席を立ちあがる。


(ドラハチ、今すぐここに来い!)


そう念じるやいなや、眠そうに目を擦りながら、忽然こつぜんと現れる黒髪の幼女。


「飯か、グレイ?」

「ああ、そうだ。サテラに飯でも作ってもらえ」

「わーい! 飯、飯、飯ぃ♫」


 やる気のない眠そうな目とは一転、くるくる回りながら、歓喜の声を上げる


「サテラ、頼むぞ。いざとなれば、ドラハチを使え」

「承りました。でもあまり、無茶はしないでくださいね」


 サテラのその無茶の矛先は、きっと私の身体ではないな。


「うむ、ではサテラ、頼んだぞ。私も用が済み次第、速やかに帰宅する」

「はい。お待ちしております」


 スカートの裾を摘まむと優雅に、会釈するサテラ。


「あ、あんた正気かっ!? あんたの主人、殺されるかもしれないんだぞっ!」


 声を張り上げるジルにニコリと微笑し、


「グレイ様は心配いりません(別の意味では、確かに心配ですけど)。さあ、シーナちゃんも手伝ってね」


 サテラは、シーナの小さな手を引き、部屋を退出していってしまった。


「それでは、案内してもらおう」

 

 クラマにそう指示する。


「ジル、貴方達は私達が戻るまで、待機していなさい」


 今も何かを言いたげなジルに、そう指示するとクラマは、歩き出す。

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