第二章 受験とラドル解放戦編
第1話 旅立ち
「グーちゃん、はい、これお弁当。お昼になったら、馬車の中で食べるのよ」
「うん、ありがとう」
瞼に深い哀愁をこもらせた母であるアンナ・マグワイアーから、皮の鞄を受け取る。
マグワイアー家に到着してから、私は約二週間、マグワイアー家に滞在していた。
帝都付近の観光もかねて、もっと早く出立するつもりだったのだが、母アンナがそれを許さなかったのだ。
必ず戻ることを固く誓い、ようやく母の説得に成功した私は、一か月後の帝立魔導騎士学院の入試のため、帝都へ出立することと相成った。
「グーちゃん、まだ子供なんだから、危ないところに行っちゃだめ。用が済み次第、直ぐに帰ってきなさいね」
「はい」
もう幾度となく繰り返される会話。
この度の事件の概要については、マクバーン辺境伯も同席で、祖父――ダイマー・マグワイアーの口からマグワイアー家の当主――バルト・マグワイアーへのみ話している。始めは半信半疑だったが、最後は彼もおおよそ納得してくれた。
母アンナは生前の私よりも、若い。己より一回り年下の女性が母という訳の分からない状況だが、なぜか大した違和感を覚えない。それどころか、アンナの前では幼い子供を演じるべき。そんな使命感のようなものを感じていたのだ。
「アンナ様、グレイ様のお世話は私に任せてください!」
二人の同行者の内の一人、サテラが得意げに胸に手を当てて一礼する。
「うん、サテラちゃん、お願いね」
母上殿に頭を優しく撫でられ、目を細めるサテラに、背後に控えるメイド長のメイさんが感慨深そうに小さく頷く。
この二週間、メイドの作法なるものをメイド長のメイさんに習っていた。なんでも、サテラの最終目標は、伝説のメイドらしい。『伝説』だの『神』などの接頭語を直ぐ使いたくなるのは、彼女達の世代の特権といってもいい。あと数年して使うと極めて痛い人になってしまうし。
「
まだ酒も冷めぬ顔で、
「シルフィさん、どうかこの子をよろしくお願いいたします」
母上殿にならい、マグワイアー家の使用人一同が頭を下げた。
「おうよ」
酒を今まで飲んでましたという顔で、断言されても、説得力など皆無なわけだが、この
間違いなく、私の見ていないところで、余計なことでもしたのだろう。
「グーちゃん、気を付けてね」
母上殿に強く抱き締められる。中身がおっさんの私としては、本来、公衆の面前で若い女に抱き締められるなど、恥辱以外の何ものでもないはずなのだが、まったく嫌悪感がわかないのは相手が母親だからだろうか。何せ、経験がないのだ。証明不可能なわけだが。
「ではいってまいります」
顔が発火するのを自覚しながらも、母上殿達に簡単な挨拶を交わし、逃げるように馬車へと乗り込んだ。
「ほう、あんたでも、そんな人間らしいリアクションするんだな?」
「ほっとけ」
乗り込んでくるシルフィのやけににやけた顔が癪にさわり、口をへの字に曲げると、ゴロンと馬車の固い木の板の上に横になる。
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