第44話 拷問検証

 ルカの報告通り、ほどなくして、フード付きの黒色のローブを頭からすっぽりかぶった小柄なおっさんが、やってくると、ある部屋へと案内される。

 地下室は、丁度、宿の小部屋ほどの広さで、中央には椅子。そして、部屋の隅にはペンチのようなものから、剣に、斧、焼き鏝やきごて等、人を傷つける様々な凶器が立てかけられていた。

 

「どうじゃぁ、小僧、今からお主の両手両足の指の爪を全てがす。おーと、途中で泣き叫び、許しをうても無駄じゃぞぉ。お主の恐怖と苦痛の声が儂の心にどれほどひびくのかが――」

「御託はいいから、早く始めよ」


 私を中央の椅子に両手両足を縛り付けると、恍惚こうこつの表情でごちゃごちゃとのたまう拷問官をうながす。


「中々、生意気な餓鬼じゃあ。だが、その強がりもすぐに絶望へと変わる」


 薄気味の悪い笑みを浮かべつつも、ペンチのようなものをもって私に近づいてくる。



「ぐぬぬぬぬっ!!」


 ペンチで私の爪を剥がそうと真っ赤になって、唸り続ける拷問官。さっきから、角度を変え、器具を変え試しているが、剥がれるどころか、傷一つつかない。対してペンチはひん曲がり、もう二つも使い物にならなくなっていた。


「ふわぁ……少し眠くなった。では、剥がせたら教えてくれ」


 これ以上観察しても好奇心は満たせそうもない。大きな欠伸あくびをして、瞼を閉じる。



「ぐごっ!!」


 気が付くと、拷問官は、轟音ごうおんを上げて頭から、壁に衝突し、踏みつぶされたカエルのように痙攣けいれんしていた。


「あっ、悪い」


 おそらく、寝ぼけて指を動かした際に吹き飛ばしてしまったのだろう。寝ぼけて物を壊すことは最近なかったんだがな。気をつけねば。

 無詠唱の【上位回復ハイヒール】で、瞬時に癒す。


「わ、儂は……」


意識を取り戻した拷問官は、周囲をキョロキョロと眺め回し、私と目が合う。


「おはよ」


 状況を理解したのか、拷問官からは急速に血の気が引いていき、真っ青を軽く通り過ぎ、土気色になっていく。


「さあ、次行こうか」



 次がナイフで私の両手の指を切り落とそうとしたが、やはり、傷一つ付けられない。

ただここで問題が一つ。私にとっては、モフモフの動物の毛のようなもので、でられたような感触なのだ。当然くすぐったい。


「うひゃひゃひゃっ!!」


思わず、指に力が入り、奴が付きつけてきたナイフを跳ね上げる。ナイフは、凄まじい速度で、拷問官の左耳付近を大きくえぐり、壁へと突き刺さる。


「ぎゃあーーっ!!」


絶叫を上げてのたうち回る拷問官。


「すまん、すまん、つい、くすぐったくてさ」


再度、【上位回復ハイヒール】で癒す。


「き、貴様は……?」

「君が拷問官、私は拷問される者。それ以上でも以下でもないさ。さあ、始めよう」

「わ、儂はちと所用を思い出して――」


 拷問官の翻意ほんいの言葉をさえぎるべく、上位風魔法、【鎌鼬かまいたち】を展開てんかいする。

 まばたきをする間に、石壁に刻まれる冗談ではない数の深い疵跡きずあと


「実験途中で、降りるのは許可しない。いいね?」

「うぁ……」


 目尻に涙をめつつも、絶望の声を上げる拷問官。


「さあ、次の拷問、レッツラゴー!」



 ……

 ………… 

 ………………


「ほう、次は斧による切断か。中々、効果がありそうだな」


拷問官は、震える手で斧を持つと、振り上げる。彼の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃであった。

振り下ろした斧は、私の左肩に衝突するも、あっさり弾かれ空中を舞う。そして、回転しながらも、その拷問官の右腕を肩から切り落とし、石床に深くめり込む。

鮮血が飛び散り、絶叫を上げて、のたうちまわる拷問官。

 私は、【上位回復ハイヒール】でその傷を癒す。


「ほら、次だ」


 ワクワクしながらも、催促さいそくをする。


「ひいっ!」


拷問官は、遂に蹲り、ガタガタと震えながらも、大声で許しをい始めた。

 この拷問官は見るからにグロッキーだ。この者はそろそろ潮時だろう。


「よろしい。交代を許そう」


 途端、奇天烈きてれつ奇声きせいをあげつつも、拷問部屋を飛び出していく。


「あのな、私を放置していくなよ……」


 私はボソリとそう呟いたのだった。



「なあ、どんな気持ちなのだ? 教えてくれよ?」

「あ、あ、悪魔ぁ! 悪魔めぇぇ!!」


 丁度、七人目の拷問官の青年が、そんな捨て台詞を吐きながらも、一目散で部屋を飛び出していく。

なんだよ。拷問しているとき、どんな気持ちなのかとか、良心の呵責かしゃくさいなまれないのかとか、拷問官の家族について考えないのかとか、気になった点を聞いただけではないか。まったく、やはり、今時の若い者は繊細せんさい過ぎて困る。

 


 最後の拷問官が逃げ出してから、一五分後、円環領域で、この拷問部屋に向かってくる複数の気配が察知できた。

ほう、結構早く、次の拷問官を派遣してくれたか。中々気が利くではないか。

 扉が勢いよく開かれ、複数の人々がなだれ込んでくる。


「よく来てくれた。拷問官殿。さて、さっそく始めようか。む?」


 その先頭の一人が赤髪ポニーテールの女性であることを確認し、


「なんだ、ルカ君、君か……」


 落胆らくたんの声を上げる。なんだ、もう終わりか。大したことはなかったな。


「グレイ・ミラード、君ねぇ……」


 心底呆れたように、首を数回振ると、ルカは抜刀ばっとうした剣をさやに戻し、神妙な顔で向き直ると、


「ついてきて欲しい」

 

 歩き出す。



 司法局の屋敷を出ると、五階建ての豪奢な建物へと入る。

 屋敷の中には、私の見知った中で予想外の人物が一人いた。


「宰相閣下? どうしてここに?」

「マクバーン辺境伯が、怒り狂っておった商業ギルドの面々をなだめてな、調査の全面協力を得ることができた。結果、商業ギルドとマクバーン辺境伯を始めとする遠征軍参加の貴族達の総出の調査で、目撃者の証言の裏はとれた」

「キュロス公の主張は?」

「全て出鱈目でたらめであることが判明した。故に、陛下がおぬしをすぐにでもサザーランドに呼び戻すようお命じになられたのだ」

「そうですか。早かったですね」


 予想では、明日の早朝にサザーランド北門前の荒野にアンデッド共が到着する。私に転移能力がないと考えている黒幕からすれば予定調和ようていちょうわなのかもしれないが。


「グレイ、すまんかったな。帝国貴族を代表し、謝罪しよう」


 宰相が深く頭を下げる。

 帝国実務のNO.2がまだ貴族ですらない少年に謝罪する。その異様な光景を、部屋中の者が面食らったように、ながめていた。


「いえいえ、お気になさらず。中々、興味深い有益な時間でしたよ」

「有益とな、おぬし程の頭脳の興味の一端、是非聞かせて欲しいものだな」


 流石の私も、自分を対象に、拷問実験の検証をしていましたとは言えぬしな。


「ええ、まあ、人類が積み重ねてきた歴史の一端といいましょうか」


 私のこの発言に、ルカはうんざりしたような顔で、首を振る。


「グレイ・ミラード殿、エル宰相閣下から、事情はお聞きいたしました。我が領主の不実、どうかお許しあれ」


 モヒカン頭の世紀末の漫画に出てくるような巨体の貴族が私に頭を下げてくる。

 

「お気遣いなく。ところで、貴方は?」

「私は、このサームクス街副長――ジルケン・ミッドラン。どうぞよしなに」

「グレイ・ミラードです。よろしく」


 右手を差し出し、握手を交わすと、ルカに視線を向ける。彼女には調査を依頼していたはずだ。その結果次第によって、キュロス公はこの騒動後にこの世界から永遠に退場してもらうことになる。


「君の予想通りだった。サームクスの現街長と司法長官は出張を理由に、遂先刻帝都に向けて、この地を出立した。二人ともキュロス公の親戚筋にあたる人物。

 キュロス家の馬車も同じ。その業者を問い詰めたところ、複数の拷問官を乗せて、今晩、出立することがわかったわ」


 なるほどな。だとすると――。


「この街に多数のアンデッドが迫っているのだな?」

「そう」


 小さく頷くルカ。この部屋に入ってから、室内の全員には、激しい焦燥と絶望感が容易にうかがえた。聞くまでもなかったかもしれないが。

ともかく、私の予想通り、キュロス公は統治者としての最大の禁忌に触れた。奴の強制退場は決定した。


「アンデッドの数はいかほどで?」

斥候せっこうの報告では、およそ、三万ほど。明日の早朝にはこの地に到達するだろう」


 宰相閣下が即座に返答する。


「このサームクスの兵は、精々、三〇〇〇。一〇倍のアンデッドなど勝てるはずがない」

「この街はもう終わりだ。早く、住民を避難させなければ」

「避難させるにしても、どこに? 今回の件がキュロス公の差し金なら、許可なく受け入れれば、後々問題になるのは自明。領民を受け入れてもらえる領地などどこにありましょう?」

「ならば、どうすればいいというのだ!? このまま、領民をアンデッドの餌にしろと!?」

「誰もそんなことは、言っておりませぬ。ただ、もっと現実的な話をせねばと、本官はいっているのです!」


 騒然そうぜんとしている空気の中、宰相閣下は、私を見据みすえてくる。


「お主ならこの危機、切り抜けられるか?」

「可能か否かよりも、そうするしか他に手がありませんね」


明日の朝まで、もう一〇時間を切っている。今から落とし穴など時間的に無理だ。

私一人で押し寄せるアンデッドを処理するしかあるまい。

ただし、保険はかけて置く必要がある。最低限の人数を残し、領民には避難してもらう。何より、私の魔法の目撃者はできる限り少ない方がいい。


「問題は領民の避難場所ですが……」


こればっかりは、地方零細貴族出身の私には聊か荷が重い。


「心配いらん。このような時のために、陛下から密書を頂戴ちょうだいしてきた。最悪、儂も同行するから、一時的な避難なら諸侯も文句は言うまい。ここから避難するには、どこの領地が一番近い?」

「アムガゼム領です」


 流石はエル宰相閣下殿。陛下の密書があると聞き、一気に避難に現実味が増したのか、その計画につき話し合い始めた。

 それにしても、私一人で、三万ものアンデッドの大軍勢を殲滅するといったのに、誰からも反対の声一つ上がらないのはどういうことなのだろうか。少し納得がいかないぞ。


 ――こうして、グレイ・ミラード、一二歳は一人、三万ものアンデッドと相対することとなる。

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