第43話 護送と尋問

 捕縛されてから、次の日の早朝、予定通り私はサームクスに護送される運びとなる。

 今は司法局から、西門前の馬車まで連行されているところだ。わざわざ、こうして、しょっぴかれているのも、キュロス公陣営が、私が犯罪者であることを民衆にり込ませるためだろう。両手首をなわしばられるだけで、とりわけ拘束こうそくなどはないことも、公正な裁判により処断することのアピールか。まったく、小賢しいことにだけは、妙に頭が働く奴。

 

「この卑怯者ひきょうものっ!!」

「勇者様に謝れっ!!」

「アンデッドの襲来しゅうらいという大事な時期に、お前ははじという言葉を知らないのか!?」

「愚劣団とその仲間はこのサザーランドから出ていけ!!」


 道脇の野次馬から次々に罵声を浴びせられる。まあ、義母や姉達のおかげで、耐性ができており、全く心が動かされることはなかったわけだけど。


「この悪魔め!!」


平民と思しき青年が振り被り石を投げてきたが、難なく避けて、向かいの護送役の兵士の頭に命中する。

受けても蚊に刺されたほどのダメージも受けないが、簡単にだまされるおろかな群衆ぐんしゅうのストレス解消に付き合ってやるほど私は、お人好しではないのである。


「なぜよける!? お前のせいで、衛兵さんに当たったぞ!」


そんな頓珍漢なことを青年が口走ると、一気に誹謗ひぼうが膨れ上がる。おそらく、この男、キュロス公の雇ったサクラだろうな。一々手の込んでいる汚物だ。

 


 サザーランドの中心から東西に走るメインストリートを暫く進むと、道の真ん中に、ライナが、十数人の男女を従え、らしくなく憎悪に満ちた顔でたたずんでいた。彼らの華美かびな衣服には、天秤とその上に乗る金貨の紋章が刻まれている。あれは、商業ギルドの幹部の証。


「もう、こんな愚かな国に価値はない。待っていてくれ、必ず僕らが君を迎えに行く」


 ライナの背後に並ぶ十数人の男女が、一斉にライナの言葉に姿勢を正し、右手を胸に当ててこうべを垂れてくる。

 たちまち、あれほどあった罵声は掻き消え、皆、ポカーンとした表情で半口を開けて私達を眺めていた。

 無理はない。このサザーランドは、この帝国内において、門閥貴族の権勢が及ばない唯一の場所といっても差し支えない。代わりに実質サザーランドを支配しているのは、商業ギルドであり、世界各国の豪商達。その商業ギルドの幹部とは、サザーランドで生きるものにとっては、雲の上の人物のはずだから。


「感謝するが、不要だ。私は自力でこの地に戻ってくる」


 口角を吊り上げ、端的にそれだけ伝えると、構わずライナ達の脇を通り過ぎる。



護送されてから、三日が経過し、私は、サームクスに到着する。

サームクスは、キュロス公が支配する地。到着次第、即拷問とばかり思っていた。しかし、意外や意外、個室に連れ込まれてから事情聴取が開始される。


「ラドルの民を殺したのは誰?」


 背に雪の結晶の印のあるローブを着用したポニーテールの赤髪の美しい女性が、もう何度目かになる質問を投げかけてきた。


「キュロス公の子息、マレク・キュロス」

「それは目撃証言とは異なっているけど?」

「そのようだな」

「では、勇者――ユキヒロを戦闘不能にした方法は?」

「私の魔法だ」

「五歳の頃の教会での検査では、君は魔法の才能がないとの報告があるとある。これは?」

「否定はしない」


 同じ問答なためか、部屋の隅にいる書記官は、書き留める手を止めている。

 ポニーテールの女は大きな溜息を吐いて、サザーランドから送られてきた用紙の束をテーブルに放り投げる。


「この資料の中の証拠は、全て君が有罪であることを示している」

「あんたもそう思うのかい?」

「いいえ、あの穀潰ごくつぶしの性格は君以上によく知っているし、実際にうんざりするくらい、君と同様の事件を見てきているわ。マレク・キュロスが、弱者を助けるなど天地がひっくり返っても絶対にありえない」


 ふーむ、この女、中々面白いな。少々、興味が出てきた。


「そんなこと口にしていいのか?」


 キュロス公ならそれこそ、自己に対する雑言ぞうごん一つで、死罪にしそうだし。


「心配ご無用。ここはキュロス公の直轄地といっても、辺境の外様だからね。彼らにそこまでの思い入れはない。

それに、高率な税を徴収され、たまおとずれたかと思うと、あの御仁達は我らに好き勝手放題振舞う。忠誠心などきようがないよ」

「……」


 書記官と扉の前に佇む二人の衛兵の瞳に一瞬宿った狂気にも似た怒りに、大体の事情は察しがついた。


「それに、もうじきこの地は――」

「ルカ司法官!」


 書記官の焦燥に塗れた激高により、赤髪ポニーテールの女の司法官――ルカは口を閉ざす。


「で、私を無罪にでもしてくれるのか?」

「それこそまさか。私は司法官。仮令相手が憎むべき外道で、明らかに無罪の心象を得ても、有罪を示す証拠があり、それを否定できない以上、有罪にする他ない」

「あんたはこの上なく優秀だよ」

「皮肉をいわないでほしいな。これは私達、司法官にとって敗北に等しいことだよ」


皮肉ではないんだがな。この世界に来て、しかも、こんなキュロス公直轄領ちょっかつりょうという治外法権ちがいほうけん区域で、このような優秀な人物に会えたことを本心で驚いている。


「あんた、名は?」

「ルカ・ザ・リーフ」

「覚えておこう」


私が席を立ちあがると、扉の前にいた衛兵が慌てて私に剣を向けてくる。


「今、聴取しているのは私。君らは自重して」


 ルカの激に兵士達は、敬礼すると扉の前に控える。


「私は自身の主張を曲げるつもりはない。これ以上は時間の無駄だ」

「わかった。彼を牢へ」



 地下牢へと幽閉されて半日後、ルカが牢の前まできた。

その鬼気迫る様子からして、ろくなことではないのが伺えた。


「少々、厄介なことになった」

「拷問官でも派遣することが決まったか?」

「噂の域はでないけど……」


 顔一面を苦渋に染めながら、肯定するルカ。

やはりそうか。私は一貫して財産と権利関係の譲渡を拒否していた。本来、特許の移転を損害賠償として請求するなど前代未聞なのだ。それに、今回の特許は商業ギルドも関与している。奴らからすれば無用な争いは是非とも避けたいところなのだろうし、大した意外性はない。

むしろ、とんとん拍子に事が進み過ぎていることの方が気にかかる。

 サザーランドでの異様な早さでの噂の拡散。そして、公平性が担保されるルカ司法官の事実認定。その直後に、拷問官により、私から権利関係の譲渡の了承を得る。

 行き当たりばったりにしては、全てが絶妙なタイミングで流れているし、睨んだ通り、アンデッドの襲来の黒幕とキュロス公は繋がっているのはもはや疑いはない。

 とすると、なぜ、奴らが急ぐのかだ。既に私は、サザーランドにはいない。奴らの目的は達しているはず。拷問官の派遣は、もっと温和な方法でガンガン攻め立ててからでも、遅くはないはずだから。

 少し尋ねてみようか。


「今、このサームクスの街で変わったことはないか?」

「別にない……と思う」

「何でもいい。日常での僅かな違いでも構わない」


 ルカは形の良い小さな唇に触れつつも考え込んでいたが、思いついたように顔を上げる。

 

「キュロス公の別荘の引っ越しでもあるのか、屋敷の前で馬車に荷物を詰め込んでいた」


 キュロス公の別荘の引っ越しか。何かがつながったような気がする。


「ルカ司法官、キュロス公の馬車の出発予定を調べてはもらえないだろうか。あと、サームクスに住むキュロス公の身内に、近いうち、出張の予定があるかもだ!」


 私のこの危惧きぐが正しければ、キュロス公は統治者として最もしてはならない禁忌に手を染めようとしていることになる。


「何か起こるのか?」

「まだ確証はない。しかし、仮に私の考えていることが真実なら、キュロス公はこの都市を人柱ひとばしらにしようとしているのかもしれん。思い当たるふしはあるか?」

「……」


 不安が顔に汚点のようにくっついているルカの様子をみれば、答えを聞かなくてもわかる。


「どうやらあるようだな」


 うなずくとルカは、重い口を開き始める。



「サームクスの街長と司法長官の不正の証拠の告発ね……」


サームクスの街民は、今までキュロス家の圧政に耐え続けていたが、サームクス街副長の突然の逮捕に端を発した争いにより、民衆の怒りが爆発。遂には暴動ぼうどうにまで発展した。

暴動は鎮圧ちんあつされたものの、民衆のキュロス家に対する不信感と怒りは想像をぜっした。もはやキュロス家からの独立は避けられず、水面下で彼らは動いていたようだ。

 そして、ようやっとでキュロス家と対立関係にあるマクバーン辺境伯とハルトヴィヒ伯爵の協力を得る。

 サームクスの街長と司法長官の不正の告発を契機に、独立運動を起こす予定だったようだ。

 それにしても、まさかマクバーン辺境伯とハルトヴィヒ伯爵の二人の名前が出てくるとは……これって偶然で片付けていいものなのだろうか。


「もはや、計画を前倒しするしか……」

「いや、まずは確証を得たい。さっきの調査が先だ。わかり次第、私に知らせてくれ」

「君はどうするつもり? もうじき、拷問官が来るかもしれないよ」

「拷問官? うむ、中々そそられる内容であることを期待しよう」


 私の発言で驚異に目を見張り、ドン引きした顔で


「君って、そっち系のひと?」


 そんな失礼なことを言い出しやがったのだ。


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