第33話 宣言
一五日が経過した。
アンデッド共の軍勢は既に、サザーランドから四、五日の距離に迫っているとの報告を受けている。
さて、最重要課題である戦場となりうるサザーランド北部の改造の進行具合は上々といってよかろう。
サザーランドの北部は広大な荒野が広がっている。故に、アンデッドの物量を利用され、四方から攻められれば一たまりもない。そこで、私達はアンデッド共を一か所に集め、まとめて
具体的には最も古典的な罠である落とし穴。上級や特級クラスの土魔法が使える我らなら造作もなく改造できた。むろん、アンデッドもきちんと昇天できるように様々な工夫を凝らしている。
それでも、罠にかからず
肝となったのは、爆薬の製造だ。
まず、既に原料のニトログリセリン自体はサガミ商会で完成を見ていた。糖をエタノール発酵させ、その培養液をアルカリに傾けるとグリセリンが得られる。これに硝酸を反応させてやれば、出来上がり。科学工場ですでに製造過程には入っていたから、この度の戦争に間に合わせるだけの容量は手に入れることができた。
爆破の
火薬についても、サガミ商会の総力を挙げて工場を昼夜稼働し続けてようやく昨日、実験を実施するのに最低限の量のダイナマイトを確保し得た。あとは、今晩にでもこれを設置して完成となる。
次が、アクイド達の修行について。
彼らのこの度の役目は、二つ。
罠のゾーンまで十分にアンデッド共を引き付けること。そして、爆薬により倒しきれなかったアンデッドの駆除だ。
時間が限られていることもあり、対アンデッドに特化した修行こそが相応しい。結果、各団員にアンデッドに有効な上位までの聖属性の魔法を覚えさせた上、マスタークラスにした。
ただし、ロシュとその姉のリアーゼのキッズ達には、回復系の魔法以外は持たせなかった。あの手の無謀と勇気をはき違えているような子供にアンデッドと戦えるだけの魔法を与えれば、きっと無茶をしてあっさり命を落とす。
正直、気をもむのはサテラ達だけで十分だ。これ以上、私の気苦労が増せば、胃に穴が開きかねん。
ちなみに、当初、
――サガミ商会の料亭――《銀のナイフ》。
「皆、連日、ご苦労様。今晩は、食べて、飲んで、英気を養って欲しい。
では、
私のこの言葉を契機に、次々に乾杯の声とグラスの合わさる音が鳴り響く。
サザーランド、トラップ設置作業も
「うーむ、仕事終わりのキンキンに冷えたビールは最高じゃ!」
ルロイが大ジョッキで、ビールを喉に流し込む。
「親方、そんな飲み方するといつか身体壊しますよ」
弟子の一人が
というか、あの御仁、ビールをまるで水の一気飲みのように飲むな。まったり飲みが好きな私としては、酒の席では、関わり合いになりたくない人種だ。
まっ、私はこの小動物達のお守で、当分は余裕などありはしないだろうけど。
「さあ、グレイ様、お肉だけではなく、野菜もとっておきましたよ。今は、成長期なんですから残さず食べてくださいね」
私の隣にいる小さなメイドさんが、満面の笑みで、野菜七割、肉三割の皿を私に差し出してくる。
「いや、サテラ、今晩は宴会。流石に、それはないだろう」
最近、サテラが栄養学について学びたいというので、教授をしたのが運の尽き。日々、このように、食事について厳格な制限をしてくる。私としては、焼き肉のときくらい思う存分肉を堪能したいのだ。
「駄目です! グレイ様のお食事は、このサテラが管理いたします!」
サテラは、頑固だ。一度言い出したら聞きやしない。従っておくしかなかろう。
「わかったよ。ありがとう、サテラ」
「はい!」
嬉しそうに微笑むサテラの頭を撫でる。子犬のように目を細めるサテラを、正面に座るリリノアは、暫し凝視していたが、意を決したように、
「グレイ、
そうサテラに尋ねる。
「えーとですね――」
得意そうにサテラは、リリノアに指導を開始する。
リリノアは、慣れない手つきで箸を操り、鍋から肉や野菜を取ろうとする。上手くはいかなかったが、それでも、何とかサテラに指定された具を入れることができた。
「どうぞ、グレイ」
「サンキュ、リリー」
リリノアが躊躇いがちにも、頭を向けてくるのでリリノアの頭をそっと撫でる。
「へへ」
頬を紅色に染めながら照れ気味に笑うリリノア。まったく、子供だな。
それにしても、サテラとリリノア、いつの間にそんなに仲良くなったのだ?
いや、サテラ達だけではない。他の者達も同じく、和気藹々と料理を楽しみ、酒を飲みかわしている。
つい十数日前には、サガミ商会やトート村と
なのに、彼らの間にあるのは、信頼と親愛。既に、数年間、付き合ってきた仲間に対する態度だった。
既に、午後の九時。リリノアはこれ以上遅くなると
もうじき迫る戦争に、命をかける大人達は節度を持って二次会へと繰り出してもらう。
「では、そろそろ、お開きにしよう。あまり、皆、飲み過ぎるなよ。
リリーも帰るよ」
「もう、そんな時間ですの?」
「今の仕事がひと段落ついたら、また宴会はする。その時までの
「うん!」
元気よく頷くリリノアを皇帝の元まで送り届ける。
今は警護についてくれていたゼムとともに、ミラード家のテントまでの帰路についている最中だ。
ちなみに、団長のアクイドまで抜けたのでは、二次会の盛り上がりにかけるだろう。だから、護衛はゼムだけとさせてもらっている。第一、本来実力だけを鑑みれば、私の護衛などいらないわけだし。
「グレイ、ありがとな」
「うん?」
ゼムにそんな謝意を述べられ、
「お前のおかげで、俺達はかつての誇りを少しずつ取り戻していっている」
「そうか」
誇りか。ゼム達は、それを守るために、下種な貴族の命に背いたのだ。なのに、その行為の結果は、ジワジワとゼム達の最も
ハルトヴィヒ伯爵の言う通りだ。ゼム達のした選択に、正解などない。ある意味では誤りであり、もうある意味では正当である。
だからこそ、私は性に合っている選択をする奴らを支持するのだ。
「感謝次いでに、お前に言っておくことがある」
ゼムの言わんとしていることくらい予想はつくがな。
「何だ?」
「アクイドは、以前、ああは言ったが、俺個人としては過去のあの事件の行動は誤りだったと思っている。少なくとも俺達は、あの時、手を引くべきだったんだ」
「そうか」
確かに私はアクイドの
アクイドはいわば理想の塊だ。己の中で価値のあるものを最上のものとして掲げ、実行する。例えそれが、到底報われないことであるとしてもだ。そして、団員達はそんなアクイドを
しかし――。
「グレイ、俺はな、もうどんな理由にせよ、家族が
「だろうな」
理想を貫いたために、アクイド達が本来、得られるべき正当な評価を受けてはいない。その事実を間近で見てきたゼムにはどうしても、やるせなく、許せないのだろう。
「だから――俺は今後家族の不利益になるようなあらゆる事象を全力で排除するぜ。たとえ大好きな家族に罵倒され、後ろ指を指されようともだ」
「わかった。お前はそれでいい。己の信じたことを全力で貫き通せばいいさ」
「ああ、そうさせてもらう」
満足そうに頷くと、いつもの笑みを浮かべて歩き出す。
緊急事態に人がいかなる行動をとるかなど、その時になってみないと誰にもわからない。本来、ことが起きてから検討すれば十分な事項なはず。わざわざ、雇い主に己の信念を宣言する必要などないのだ。
もしかしたら、かつてと同じ立場に置かれたとき、ゼムは今度こそ、そうありたい。そのように願っているのかもしれない。
「ゼム、お前、やっぱり、アクイドの兄貴だよ」
「なんだ、そりゃ? 俺は、喜べばいいのか? それとも、怒ればいいのか?」
「アクイドにでも聞いてみたらどうだ?」
肩を竦めると、今度こそ、口を閉じ、ゼムは歩き出す。
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