第34話 遠征軍軍事会議

 次の日、ジークの出頭指示を受け、アクイドとゼムを引き連れ、遠征軍の雄たるマクバーン辺境伯のテントへとおもむいている。

 

 テントに入ると、おそらく遠征軍と思しき豪族達からの視線が一斉に私に集まる。

 マクバーン辺境伯、ハルトヴィヒ伯爵、両伯を始め、数ある地方豪族が犇めき合っていた。今回の帝国が考案した作戦内容は、遠征軍に負担を強いる布陣となっている。そこに、黒幕の存在が持ち上がったのだ。あの頭がお花畑の門閥貴族共の率いる正規軍は兎も角、今回の作戦の最前戦を担う遠征軍の主体たる地方豪族としては、他人事では済まされない。この集結具合は、当然の帰結といえる。


「グレイっ! お前、グレイか!?」


 金色の髪を後ろで縛った五十台の男性が、狼狽ろうばいを顔に漂わせつつも、勢いよく席を立ちあがる。


「ほう」


 ハルトヴィヒ伯爵は、さも意外そうに、目を細める。対して、事情に精通しているであろうマクバーン辺境伯おっさんは悪質な笑みを浮かべていた。

 

「グレイ、お前がなぜここにいる!?」


 焦燥しょうそうたっぷり含有した声色で、そんな私の口からは答えづらい質問を叫んでくれる。

 だって、考えてみて欲しい。まさか、自身の遺産目当ての義母に戦争に無理矢理送り出されましたと言うわけにもあるまい。


「ダイマー卿、けいも少し、落ち着きなされ。彼はこの度のミラード家の正式な名代。この場にいて、何ら奇異なことはありませんよ」


 私をちらりと横眼で見ると、マクバーン辺境伯が助け舟を出す。


「貴方は、本気で仰っておいでか!? グレイはまだ一二歳ですぞっ! こんな場所にいていいはずがないっ!」


 マクバーン辺境伯は、門閥貴族とも互角に渡り合えるほどの地方豪族の中では、飛びぬけた存在だ。当然、一豪族が、意見するにはそれなりの代償だいしょうが必要となる。現に、他の豪族は誰も口を挟もうとしない。少なくともこの御仁にとって私の命は、その負う代償よりも重いということなのだろう。

 私の正確な年齢を知り、自己の保身をかえりみず、戦場に立つのをよしとしない存在か。この世界に来て初めて会ったかもしれん。

 ともあれ、私には彼につき心当たりがある。


「お爺様、私は覚悟を持ってこの場にいますので、ご心配には及びません」


 私は、可能な限り力強く、そして噛み締めるようにそう断言した。


「大馬鹿もんが……」


 項垂うなだれて、両肩を落とすダイマー・マグワイアーと私に、同情にも似た視線とはげましの声がき上がる。


「ふん、その悪質極まりない男が、ただのわらべに見えるとは、めでたき奴らよ」


 ジークが吐き捨てるようにつぶやく。


「ジークおう、直ぐに化けの皮などがれますよって、そう言いなさんな」


 ハルトヴィヒ伯爵が高笑いをしつつも、隣のジークの背中をバンバン叩く。


「同感ですな。むしろ、安易に同情したことを心の底から後悔することでしょう」


 形の良い髭を摘み、大きく頷くマクバーン辺境伯。

 この三バカトリオ、集まると、皇帝クラスに厄介だ。とっとと本題に入ろう。


「では、この度のアンデッド殲滅及び黒幕駆除作戦を説明させていただきます」


 

「落とし穴でアンデッドを殲滅する。馬鹿馬鹿しい! その程度でアンデッドが全滅できるなら、あのランペルツ殿が敗北するはずがあるまいっ!!」

「それに、この布陣は、我らの存在がまるで――まるで、役立たずのおまけの様ではないか!」

「このような恥知らずの作戦など到底受け入れられぬ!」


 ぶつぶつとあわのような不平が、部屋中に充満していく。


「あのですね。アンデッドの数を皆さん、本当に理解なされてます? 途中、森林や草原の動物や魔物、崩壊させた都市の住民もアンデッド化しているのを鑑みて、約一〇万の大軍勢に達しています。対して――」

「我が軍はたった三万……か」


 マクバーン辺境伯が、ボソリと口にすると、次第に小さくなり、騒々しい雑音は鎮火ちんかしてしまう。

 とはいえ、歯ぎしりをする者、腕を組み貧乏揺びんぼうゆすりをする者、皆、親の仇でも見る様な視線で私を睥睨している。


「失礼ですが貴方達には危機感が足りない。既に帝国の四分の一の都市がアンデッド共によって、飲まれているのです。全てを排除するのは極めて困難ですし、仮に無傷で生き残れたとしても、もはやこの帝国は大幅に弱体化している。敵はアンデッドだけではないのです」

「つまり、君はこの危機を乗り切っても、アムルゼス王国やエスターズ聖教国が攻め入ってくると?」

「馬鹿な! アンデッド共に帝国が滅ぼされれば次に狙われるのはかの二国なのだぞ!?」


 立ち上がり、激高する豪族の顔を一目見れば、彼にだってその最悪の未来がどれほど現実的なものなのかは理解できていることだろう。


「ええ、でも援軍もよこさず傍観ぼうかんしていますがね」


 別に、二か国が冷血漢だとも薄情だとも思わない。通常の戦争ではなく相手はアンデッドなのだ。下手に勝てるかどうかもわからぬ戦いに加わっても、与える報賞ほうしょうすらない。むしろ、動く道理がない。まあ、その黒幕とやらが、その二国である可能性は普通にあるわけなんだけど。

 ともあれ、この度のこのパフォーマンスは、アムルゼス王国やエスターズ聖教国の両国への牽制けんせいの意味合いもあるわけだ。


「静まらんか!」

 

 再度、雑然たる声が波のごとく沈んでまた起こる中、ジークが一喝すると、私に話を進めるよう促してくる。


「話を続けます。噛まれれば、アンデッド化するという厄介極まりない奴らの特性から、接近戦は愚策。長距離武器も火炎系魔法以外は大して効果は見込めないでしょう」

「だからって、落とし穴は流石に――」


 豪族の一人が立ち上がり、叫ぼうとするのをやはり、ジークが右手で制す。


「皆さんは、これを戦争扱いしておられるようですが、こんなものは、駆除。そう、害虫駆除にすぎませんよ。この手の原始的なもので十分効果があります」

「害虫駆除? しかし、黒幕がいるのであろう?」

「ええ、だから、少し想像を働かせてください。黒幕とやらは、アンデッドを、一匹一匹操っていると思いますか?」


 ジークもようやく気付いたのか、顎に手を当て、


「安全な場所で、軍団規模で指示を出しているに過ぎないってことか?」


 それはいわば、羊飼いが巨大な群れを操るようなもの。群れを外れる羊もいようが、全体として、一つの個体のように動き出す。そんなイメージだ。


「理解しました。ですが、それならその黒幕とやらが戦場の見える位置にいる可能性があるってことですよね?」


 マクバーン辺境伯の危惧は実に的を射ている。


「黒幕がこの軍内部にいる可能性を疑っているのですね?」


 虫が鳴いているような騒々しさが支配する。


「ええ、その通りです」


 やはり、この人は優秀だ。そして、大して驚いた風にもみえないハルトヴィヒ伯爵とジーク老も同様。


「ちょっと待ってください。貴方は我らの中に我が祖国を滅ぼす裏切り者がいるというのですか!?」

「そこまでは言っていませんよ。戦場を安全にかつ、自然に観戦できる場所を鑑みれば、その可能性が最も高いといっているだけです」

「それは、いる、そう言っているに等しいではないか!!」

「ええ、だからこそ、私は本作戦の概要は皇帝陛下にしか話していません。ここで話したのも、ほんの一部に過ぎない。情報をお伝えするのを限ったのは、公平性確保の観点からの陛下の意思です」


 昨晩、リリノアの送迎そうげいの際に、計画の全概要を皇帝に報告した。皇帝の人柄はよく理解したし、何より、自国を滅ぼすメリットに欠ける。あの皇帝が黒幕の可能性は限りなく低いから。


「そうか陛下は我らを信じたいのだな」


 ジーク老が両腕を組みながらも、相槌あいづちを打つ。


「まったく甘い人ですよ。ですがねぇ、生憎あいにく、私は陛下ほど優しくはない。

数万の命を犠牲にした薄汚うすぎたなねずみが、この場にいるならそれもよし。あの御前会議の中にいるならそれもまた一興。精々、滑稽こっけいなピエロとしておどってもらいましょう」


そうだ。その数万の中から、知識の源泉に近づける者が現れたかもしれない。それを一方的に、無慈悲に、下等生物の餌にするなど、言語道断。実に不愉快だ。


「その罪科ざいかは、きっちり利子りしをつけて支払わせてやる」


 気が付くと、場は奇妙なくらい静まっていた。そして、不自然に口角が上がっているのを自覚する。

 いけない、いけない。これでは、まるで悪巧わるだくみをしている悪代官あくだいかんの様相だ。口元を直していると――。


「お主らも魂から理解しただろう? こやつは真面じゃない。じゃが、こやつの言の信頼性だけは儂も保障しちゃる」

「私も彼とそのお仲間に大規模な掘削技術くっさくぎじゅつがあることを保証しますよ」


 マクバーン辺境伯とジークが私の作戦を肯定するが、誰も金縛りにでもあったかのように、茫然ぼうぜんと私を凝視するだけで微動びどうだにしない。


「あれ?」


 ジークは心底呆れたように、首を大きく振ると、


「わからんか……グレイ、貴様はもっと己のことを知るべきじゃ」


 そんな意味不明なことを言いやがった。

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