第26話 狂喜乱舞 アクイド


 サガミ商会の料亭りょうてい――《銀のナイフ》で、興奮で顔を上気させつつも、団員達は、トート村のグレイ・ミラードの部下達と酒を飲みかわしている。


「ズルいよな。団長達だけ、あんな格好いい魔法をもらえるなんてさ」


 最年少団員のロシュが口をとがらせて、文句を口にする。


「お前の魔法、どれほど貴重かわかって言ってんのか?」


 うんざりした顔で、ゼムが至極しごく真っ当まっとうな評価を口にする。

 それもそうだろう。ロシュとその姉がグレイから与えられたのは回復系の魔法の魔導書。この帝国では、聖女、勇者、賢者の三名のみの使用が可能な奇跡の魔法。所持しているだけで、聖人たることを確約かくやくされる。そんな魔法なのだ。


「知らないよ! 俺は戦いに役立つ魔法の方がいい!」

「阿呆」


 心底呆れ果てたように、掌で顔を覆うと、ゼムはいつもの小言こごとを開始する。


(皆、はしゃいでいるな。当然か)

 

団員達は例外なく皆、浮かれ切っていた。無理もない。『聖』は、教会の大司教だいしきょう以上が行使し得る最も神に近いとされる魔法。本来、その才覚のあるものは、教会や各国の宮廷きゅうていから、熱烈ねつれつなスカウトが来るのは異論を待たない。仮に召し抱えられれば、想像を絶する厚遇こうぐうを受けるのだ。その聖属性の魔導書を数十人分用意し、与えるなど狂気の沙汰さただ。

 つまり、グレイ・ミラードにとって、あの魔導書は、その程度の価値しかない。そういうことだろう。さらに、一億Gをいとも簡単に捻出ねんしゅつする財力。こんな非常識な人間がいるなど未だに信じられない。

 だから――。


「グレイ・ミラード、奴は一体、何者だ?」


 向かいに座るジュドに、その疑問を尋ねたのだ。ジュドは、少し間を置き、


「至上のあるじだよ」


 そう端的に答えた。


「いや、そう意味じゃなくてだな――」

「俺にとって、大将は村を救ってくれた恩人であり、生涯しょうがいささげて仕えるあるじ、それだけだ。正直、大将が何者かなど微塵も興味がない」

「そうか」


 言われてみれば、あんな非常識な存在につき、何者かなど考えるだけ無駄なのかもしれない。

 この度、ミラード家の遠征えんせいが、帝国に、いや、この世界に与える影響は限りなく大きい。

 当然だ。ミラード家が派遣するのはまさに、戦力的には魔法師の大隊規模の戦力そのものなのだから。しかも、その魔法師は、全員、聖属性を操ることができる部隊。それは、いわば神話に出てくる幻の軍に等しい。良くも悪くも教会は苛烈かれつに反応するだろうし、他の門閥貴族達も、祖国の危機もそっちのけでコンタクトをとってくることだろう。


(大騒ぎになるだろうな)


 これが、絢爛豪華けんらんごうか法衣ほういをまとった大司教たちならまだ納得も行くだろうが、その魔法師の部隊は、辺境の貧乏貴族の子倅こせがれが率いる村人達と卑怯者の烙印らくいんを押された傭兵団だ。果たして、世間はアクイド達の行進こうしんをどう判断するのか。


(さて、どうなることやら)


 アクイドは、《銀のナイフ》の名物――ビールとやらを喉に流し込む。喉であわが弾ける何とも言えない感触を楽しみながら、アクイドは近い将来確実に起こるだろう光景を思い描いていた。

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