第25話 傭兵スカウト

 もともと、ミラード領は人口三〇〇〇人の小規模領地。出兵の必要最低人数は一五〇人。確かに近年のトート村の発展により、人口の増加は起こっているが、それでも五〇人がいいところだ。とてもじゃないが、一五〇人なんて出せない。

 ここで、帝国は一言もミラード領の領民から一五〇人を出せとは言っていない。逆に、戦闘に不慣ふなれな農民よりも、戦闘職である傭兵ようへい冒険者ぼうけんしゃを雇うことを奨励しょうれいしているくらいだ。

 むろん、Sランクの冒険者であるシーザーを雇おうと考えていたが、タイミング悪く、奴は現在、仲間と東方に出現した災害級魔物の討伐遠征中であり、あと数か月は、ストラヘイムに帰ってこられないらしい。

 故に、私は足りない人員を、戦争のプロである傭兵で補填ほてんすることしたのである。


「ここか?」


 ストラヘイムの南部の一角にある二階建ての一軒屋いっけんや

 商会が大きくなるにつれ、強盗や野盗に狙われやすくなるから、自衛が必要だという理由で、ライナからこのストラヘイムに存在する傭兵団のリストを渡されていたのだ。まさか、こんな理由で訪れることになろうとは夢にも思わなかったわけだが。

 玄関口から家に足を踏み入れると、一斉に視線が私に集中する。

 

「坊主、ここはガキの来る場所じゃねぇ。とっとと失せな」


 中央の円形のテーブルに、エールの入った木のコップを置くと、二メートルをゆうに超える長身の色黒の男が私の前に立ち、威圧いあつしてくる。

 最大限手加減はしているのだろうが、中々の眼光だ。こんなまなこで、一睨ひとにらみされれば、真っ当な子供ならきっと泣き出してしまうことだろう。当然、中身が大人おっさんの私は、気後れなど微塵もしない。


赤鳳旅団せきほうりょだんに依頼がある」

「依頼だぁ? おい、聞いたかよ。お前ら? ここはいつからガキのお使いの場になったんだ?」


 部屋中から笑いが巻き起こる。一見、私の外見で判断しているように見えるが、誰一人として、子供の私に対し警戒だけは解いていない。どうやら、当たりのようだ。

 私は傭兵達には目もくれず、歩を進め、部屋中央の円形のテーブルに座る赤髪に、隻眼せきがんの青年の対面の席に座る。


「おい、小僧っ!!」


 スキンヘッドの細見の男が私の肩を掴み、声を荒げる。


「依頼を受けるか否か。それだけ答えろ。なぁ、あんたに言っているんだ、団長さん」


 スキンヘッドの男など歯牙しがにもかけず、私は口端を上げてそう要求する。

 

「なぜ、俺が団長だと?」

「お前達の立ち位置をみれば一目瞭然いちもくりょうぜんであろう?」


 ゆっくりと腰のナイフに手を伸ばし、その柄を握ると、周囲の傭兵達から武器を向けられる。


「ほらな?」


 ぶっちゃけ、建物に入った時からこの赤髪の青年が団長であることは一目でわかった。

 まず、隻眼の男以外のこのテーブルに席についていたものの重心がほんのわずかに前方に移動したこと。団長を守るべく、即座に行動に起こせるよう、身体が無意識に動いてしまっていたのだろう。

 この赤髪の部下が優秀ゆうしゅうぎた。そういうことかもしれない。


「ほう、とても餓鬼とは思えんな」


 ややあきれたように肩をすくめると、赤髪隻眼の男は、ヘラヘラとした張り付いた笑みを消す。

 どうやら、やっこさんも、無事交渉のテーブルについたようだ。早速、話を切り出すことにする。


「この度、ミラード領にも不死軍討伐のありがたいご命令がきてね。人員を求めている」


 しばし、団長はうつむき気味にあごに手を当てて、考え込んでいたが、顔を上げる。


「お前、俺達が世間で、どう呼ばれているのか知ってんのか?」

「確か、『愚劣団』だったかな?」


 私の言葉に、他の団員達は、皆、苦渋くじゅうの感情を顔一杯に浮かべる。

 ライナの資料によれば、傭兵の最大禁忌さいだいきんきである雇い主の命令にそむいた傭兵団ようへいだん。しかも、その命令違反で、かなりの数の同胞が死んだ。故に、相当な実力があるにもかかわらず、帝国中の雇い主からもそっぽを向かれ、今やこのストラヘイムで、魔物相手に生計せいけいを立てている。だからこそ、今回の仕事には適任てきにんなのだ。


「俺達を雇いたい理由は?」


 雇いたい理由ね。そんなの決まっている。


「傭兵の中では、一番、馬鹿そうだったからな」


 私の無礼極ぶれいきわまりない言葉に、怒りで顔を染めた団員達に、囲まれてしまう。


「止めろ!」


 部下達を右手で制すると、赤髪の青年は、猛禽類もうきんるいのごとき鋭い視線を向けてくる。


「その様子じゃ、俺達が何をしたか知っているようだな。お前、俺達が怖くねぇのか?」

「怖い? この私が、お前らを? 冗談だろ?」


 やめてくれ。傭兵のおきてよりも、己の信念を優先させた馬鹿者共に、恐怖するほど私は若くはない。第一、私を傷つけられるくらいなら、こいつらは、今頃、どこかのクソ貴族の館で酒池肉林しゅちにくりんでも謳歌おうかしているだろうに。


「お前、いい加減に――」


 ついこらえきれなくなったのか、私の胸倉むなぐらをつかむスキンヘッドの男。周囲の男たちも、殺気立ってくる。


「俺は、止めろと言ったはずだ」


 団長は、再度、静かにそれだけを告げる。

 もういいだろう。言葉遊びは止めだ。本題に入るとする。


「私が知りたいのは一つだけ。是非ぜひとも、答えてもらおう」


これは私が雇うか否かを決定する重要なファクター。満足のいく答えが得られなければ、雇うという行為をあきらめなければならない。


「何だ?」

「お前達は、雇い主に手を上げたことに、後悔しているか?」


 後悔しているような利口りこうな奴らは、二度と同じあやまちはおかすまい。今後手段すらえらばなければ、名の知れた貴族様に士官することも可能なのだろう。だが、生憎あいにくと、そんなつまらない奴らなど、私は一切欲しくない。


「むろん、しているさ」

「そうか……」


 どうやら、見込み違いだったようだ。重い腰を上げようとすると、


「あのとき、あの下種貴族は殺しておけばよかった。今でも思いとどまった自分の日和見ひよりみっぷりに吐き気すら覚えるな」


 吐き捨ているような赤髪の青年の言葉に、身体の奥から奇妙な可笑しさがこみ上げ来て、久々に私は心の底から笑った。


「あんた、マジで変わってるな」


 思う存分、声を上げて笑った後、私はそんな素朴そぼくな感想を述べる。


「お前のような気色悪い餓鬼だけには、言われたくはねぇよ」


 うんざり気味にそんな人聞きの悪い感想を述べる赤髪の青年の前に、腰につけていた布袋を放り投げる。


「それは、お前達をやとう前金だ」


 奴らはその本音ほんねいつわりなく私に示した。ならば、私も答えねばならんだろう。


「おい、散々さんざん、思わせぶりな態度をとっておいて、たったそれっぽっちかよ」


 団員の一人のそんな皮肉たっぷりの感想が、鼓膜を震わせ、私は口端を上げる。

 確かに、私は硬貨を一〇枚しか入れていない。大したことがない金額に見えるであろうな。


「確認しろ」


 赤髪の団長が確認するように促すと、隣のスキンヘッドの細身の男が、布袋を手に取り、中をのぞき込む。そして、目を大きく見開き、硬直化こうちょくかした。


「ゼム?」


 ゼムと呼ばれたスキンヘッドの男は、団長に震える手で布袋を渡す。

 団長はゼムから布袋を受け取り、中を確認する。


「……」


 団長は、しばし無言で凝視ぎょうししていたが、声を上げて笑いだす。


「だ、団長?」

「ホント、お前、狂ってるな」


 そう言い放つと、テーブルに布袋の中身をぶちまける。

 赤色に美しく輝く硬貨が、テーブルに飛び散る。

団員の一人が震える手で、硬貨を手にとると精査し、む。


「……本物。これ紅貨だ」


 それを契機に次々に紅貨を手に取り、驚愕の声を上げる団員達。


「これで俺達を雇いたいと?」


 商業ギルドの共通通貨――G。

 一Gが銭貨、一〇Gが鉄貨、一〇〇Gが銅貨、一〇〇〇Gが銀貨、一万Gが金貨、一〇〇万Gが白銀貨、一〇〇〇万Gが紅貨。

 紅貨一〇枚、すなわち一億G。今回は、おそらく私の生涯の中でも最大の危機となる。このくらいの出費、当然に許容すべきだろう。


「ああ、不足か?」

「いんや、十分だ。それでいいな?」


 未だに、呆けている団員達をぐるりと眺め見て、反対の声が上がらないのを確認すると、席を立ちあがる。


「俺は、赤鳳旅団せきほうりょだんの団長――アクイド・ハイネス。よろしくな。気色の悪い餓鬼」


 団長――アクイドは、口角を上げつつも、私に右手を差し出してくる。


「私は、グレイ・ミラード。改めて、よろしく頼むよ。愚かで馬鹿な傭兵さん」


 私も立ち上がり、アクイドの右手を強く握り返した。


         ◇◆◇◆◇◆

 

 結局、ミラード領から連れて行くのを、モスを始めとする守衛隊しゅえいたいの二〇名、サテラとカルラ、ドラハチに絞った。

 今回は戦争というよりは、魔物退治の意味合いが高い。ならば、本来、慣れているモス達が適任なわけだが、トート村は急速な発展と村の範囲拡大によって、守衛隊の新規メンバーを大幅に増やしたいくらい現在、人手不足。これ以上、連れて行けば、村の防衛に支障をきたす。ミラード領には、義母という爆弾を抱えている以上、二〇人が守衛隊のメンバーを同行できる最大の数だ。

 サテラとカルラは、残るように伝えても、そもそも聞く耳は持たないし、ドラハチはドラゴン畜生だ。真っ当な会話すら成立しない。

 私がこのストラヘイムを空ける以上、サガミ商会の運営を担うものがいないのはまずい。そこで、ジュドには残ってもらうことにした。不満ありありのようだったが、ジュドには、留守中のサガミ商会を指揮しきしてもらうことになる。ジュドもそろそろ、商会の運営に専念してもいいころ合いだ。この度のことは丁度いい機会となったかもしれない。

 そんなこんなで、サガミ商会の商館で、ジュド、カルラ達トート村の同行組みと顔を合わさせた。


「グレイ様、別にこんな奴らの力を借りなくても……」


 カルラが不満を口にする。サテラも言葉には出さないが、カルラに同意なのは雰囲気で容易に察することができる。


「こんな奴らとは、言ってくれるな。だがなぁ、俺達も、グレイの依頼でもなけりゃ、お前らのようなケツの青い素人共との合同ミッションなど、いくら金を積まれても、御免被るね」


 アクイドの言葉に、赤鳳旅団せきほうりょだんの団員達から、あざけりの笑いが飛ぶ。

一気に、魔境化まきょうかする室内の雰囲気。

 頭を抱えたくなった。まったく、こいつらは悪い意味で、私の予想を裏切らない。

 仲裁ちゅうさいをするべく、口を開こうとするが、ジュドが右手でそれを制す。おそらく、任せろということだろう。


「やめろ! 大将の決定だ。異論は認めない」


 ジュドは、強い口調で、カルラにそう宣言する。


「でも、こいつら、信用できない」

「信用云々をいうなら、俺達だって似たようなものだ。そもそも、俺達が、最初、大将や、ジレスさんにしようとしたことを忘れたのか?」

「……」


 ぐっと言葉に詰まり、悔しそうに歯ぎしりをするカルラから視線を外し、ジュドは今もニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべているアクイドに向き直り、大きな溜息ためいきを吐く。


「アクイドさん、あんた達も、妹達をからかうのは止めてくれ。俺の姉弟達は、見ての通り、人見知ひとみしりの上、単純なんだ」

「そのようだな」


 まあ、アクイド達はカルラの無礼な態度にも一貫して怒り等の感情は覚えていないようだった。要するに、奴らなりの洗礼せんれいを交えた挨拶あいさつのようなものだ。


「ジュド、頼む」


 ジュドは軽く頷くと、部屋の隅に、山のように積まれた本から数冊を、部屋の中心のテーブルに運ぶ。

 アクイドは、その一冊を手に取り、観察を開始する。

 次第に、常にあったその余裕の薄ら笑いは、とびっきりの驚愕きょうがくの表情へと置換ちかんされていく。


「これ、マテリアルか?」


 アクイドの言葉に、赤鳳旅団せきほうりょだんの団員達から、嵐のようなどよめきが起きる。

 マテリアルとは、遺跡やダンジョン等から発掘はっくつされる超常的力を有する宝物だったか。

 

「そんな大層なものではないさ。その本に掌を合わせてみろ」


 私の指示通り、魔導書の表紙にてのひらてると、まず本が、次いでアクイドの全身が光輝ひかりかがやく。


「契約は完了した。もうその本の中身が読めるはずだ」

「……」


アクイドは魔導書を食い入るように読み始める。



「魔導書だ……」


 本をテーブルに置くと、そうボソッと呟く。


「ま、魔導書? それって、特級のマテリアルじゃないっすかっ!!?」

「ああ、しかも、これ聖属性……のようだ」

 

 不自然なほど押し黙る傭兵達と、それとは対照的に、得意げに胸を張るカルラ達、トート村の面子。

そう。それは中位魔法――聖炎ホーリーフレイム。特殊属性――聖の最も基本的な魔法の一つ。これならアンデッド共に後れを取ることにはなるまい。

 

「それらの魔導書は、今回の戦争で是非とも必要となるものだ。各自受け取り、契約を済ませろ」


 私はぐるりと一同を見渡しそう指示した後、ジュドに向き直る。


「ジュド、出立までの三日以内に、各人の魔法の訓練の指揮をとれ!」

拝命はいめいいたしました」


 片腕を胸に当てると軽く頭を下げるジュド。

 混乱の極致きょくちであるアクイド達傭兵団の連中を尻目に、私はサガミ商会の屋敷を後にする。

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