第24話 赤紙


「は?」


 義母が狂っているとはいえ、この言葉には流石に、耳を疑った。


「どうやら、お前は耳が悪いと見えますね。赤紙が来たので、トート村の村民を率いて、ただちに出兵しなさい」

「いや、僕はまだ一二歳ですよ?」

「出兵に厳格な年齢の基準はありません。現在、当主様は南方のご友人の元へ領地経営の相談のために、おとずれており、このミラード領にはおりません。はなは不本意ふほんいですが、ミラード家には、今、お前しかいないのです」


 ルドア大森林近くから南下する大量のアンデッドのうわさ。帝国滅亡の危機とまで噂されるこの未曽有みぞうの大災害に、どうやらこの零細領地れいさいりょうちのミラード家にまで出兵のお達しが来たらしい。

 私が陰でそれなりの金額をかせいでいるのはこの糞義母も気付いているだろうし、当主である父が戻らぬ今、私を戦争にかり出し、厄介やっかい払いをし、遺産を取得しようとでも考えているのだろう。

 断ることも可能だろう。というか、もうじき家を出る私に強制する権利などミラード家にはない。だが、拒絶はトート村におびただしい戦死者が出ることを意味し、ようやく私の手を離れた村の経営状態はいちじるしく減退げんたいする。

 もっとも、素直に引き受けるのは馬鹿のすること。だから、精々せいぜいしぼり取ってやる。


「お断りします。僕にその義理はない」

「お前は、ミラード家のほこりにどろるつもり!?」


 始まったよ。また、いつもの癇癪かんしゃくだ。思い通りにならないとわめらす。


「誇りも何も、僕がミラード家の一員と認められているとは初めて知りましたね」

「だからこの度、認めると言っているのです!! 命令に従いなさい」


 もういいだろう。前世とやらの記憶はないに等しいが、私はそこまで我慢強い方ではなかったように思える。


は後、三か月でミラード家の者ではなくなる。なぜ、お前ごときの命に従わねばならぬ?」

「なっ!!?」


 口をパクパクさせる義母に、


「お母様になんて口の利き方!!」


 真っ赤になって激怒するリンダ。


「母親? 断っておくが、私にとってお前達など赤の他人にすぎん。というか、他者の痛みもわからぬお前達のような肥溜こえだめ共と一緒にされてははなはだ迷惑だ。二度と口にするな」


 殺意を込めた眼光を向けただけで、リンダは悲鳴を上げて床に尻もちを付く。実に下らんな。


「勘違いしているようだが、私がこの家にいたのは、一三歳までは、当主に私の保護監督権があるからにすぎない」


 一三歳までは、当主の許可なく家を出ることは認められておらず、仮にそれをすれば、当主が中央に頼み、強制的に連れ戻させることができる。無論、通常、こんな身内の恥をさらすことは絶対にしない。

 しかし、父の異常な拒否反応から察するに、父は私を手元に置いておきたいのは間違いなく、まず連れ戻そうと動く。中央官庁まで出張ってくるなら、犯罪者として追われているのと大差ない。

 この父の頑なまでの反応を、当初、私は何らかの理由で稼いでいるのが察知され、遺産を相続したいがために行っているのかと思っていた。

 だが、私が一時的に屋敷を空けること自体にいい顔をしない反面、一三歳を超えて残るようには求めてこない。色々、彼の私に対する態度は矛盾しているのだ。言い換えれば、先の行動が読めないと言い換えてもいい。


「なら今すぐ出て行くがいいっ!!」

「ああ、そうさせてもらおう」


 立ち上がり、部屋を出ようとするが、


「待ちなさい!」


 ヒステリックな声が響き渡る。そうだ。こいつらの主観として、私がこの戦争に出兵しなければ、多くの利益を失うことになる。

 まずは、私が断れば、父が帰り次第出兵することになるだろう。下手に父が戦死すれば、クリフが魔導騎士学院を中退してこの領地を継がねばならなくなる。

 また、トート村の村民が私に心酔しんすいしているのは、朧気おぼろげにはつかんでいるはず。ならば、私でなければ、何の正当性もないトート村だけの出兵など命じても従うはずもない。私はこの数年、徹底的にそう村民達を教育してきた。

 何より私が出兵して、この戦争で死ななければ、私の遺産は受けられなくなる。この世界には遺言のようなものがなく、一三歳未満が死亡すると原則として、その保護監督権のある当主の元に行くことになっている。

 もっとも、遺言いごん概念がいねんがないだけで、同じ条件を有する契約をあらかじめ結んでおくことは可能だ。

 既に、ライナを介して紹介されたミラード家の寄り親であるマクバーン辺境伯との契約により、私の死を条件に、財産の七割をアクア、サテラ、ジュド、カルラ、ルロイに均等きんとうに分配。さらに三割を全国の孤児院、教会、帝国に寄付する契約をむすんでいる。

ちなみに、アクアについてだけは、一族のみにくい遺産相続の泥沼どろぬまに引き込みたくはないから、嫁いだことを条件に加えて、相続されることにしている。

 ここまで利害関係者を持たせれば、仮にこのクソ義母が醜くわめいても、国は取り合うことはあるまい。何せ、莫大な金額を得るのは国でもあるのだから。

 そんなこんなで、義母が私の遺産を受け取ることは万が一にもない。


「何だ?」

「条件をいいなさい」

「トート村への田畑の租税以外そぜいいがいの一切の関与の禁止だ。これには新税の追加や、軍役ぐんえき等も含まれる。さらに、今後三〇年間、租税の一〇%をトート村に返還してもらおう」

「そんな横暴おうぼうなっ!」


息を吹き返したリンダが激高げきこうする。


「横暴? この度の出兵は、まさに死ぬか生きるかのシビアなものとなる。その危険な軍役をトート村が一手に引き受けるのだ。そのくらい見返りがあってしかるべきであろう?」


 義母は、考え込んでいたが、


「それで構いません。直ぐに出兵の用意をなさい」


 すんなり受け入れたところからさっするに、私の死は折込おりこみ済みってわけだろう。


「知り合いの商人が、偶々たまたま、近くに来ている。文書にして他者のあずかりとしてもらう」

「そんな文書、必要はありません!!」


 テーブルを叩くと席を立ち上がる義母に、私は冷ややかな視線を向ける。


「なら、この話はなかったことにしてもらおう」

「この私が信用できないとでも?」


 救えないくらいのド阿呆あほうだな、こいつ。


「今までのお前の行動に信頼できる要素が、一欠片ひとかけらでもあるとでも?」


 悪鬼あっきのごとき形相ぎょうそうで私をにらんでいたが、最終的には渋々しぶしぶ納得した。



 転移により、ストラヘイムへ行き、イコセに事情を説明し、ミラード家に連れてくる。

ミラード家の応接間で、イコセが証人として、契約書を三通作成し、一通は私が、もう一通はイコセが最後の一通は義母が持つこととなった。

 義母には、イコセを取引関係のある商人としか話していない。まさか、ストラヘイムの商業ギルド支部長兼帝国侯爵閣下だとは夢にも思ってはおるまい。後でごねれば破滅するのはこの女の方だ。


 一二歳、グレイ・ミラードは、トート村の村民をひきいて、出兵することになる。

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