第22話 トート村村役会議

 聖暦九〇四年一二月二八日午後六時二四分――トート村村民会館。

 

 守衛長モスは、年の御用納めの村役会議に出席していた。

 

「――以上がトート村の来年度の予算案です。生じた余剰資金よじょうしきんについて、具体案のあるものは挙手にて発言を」


 名主の言葉に、村役達が競うように手を上げる。


「オラ達、農業部からは一つだけ。田畑を増やしたい。まだ広げるだけの十分な土地はあるっぺよ」

「おいおい、農地は去年、一〇〇枚ほど増やしたはずだぞ」

「そうじゃな、ただでさえ、税で五割持ってかれるし、流石にこれ以上増やすと領主に目を付けられかねん」


 腕を組み、唸り声を上げる村役達。


「土地を利用し、税がかからない畜産に力を入れるべきでは? ほら、聖人様に頂いた風牛は? あれなら、牛乳、バター、チーズなどかなり高額で売れるだろう?」


 商人の情報網は恐ろしい。最近ではどこから聞きつけたのか、ジレス様以外の商人達もこのトートの村を訪れてくれるようになった。結果、村は以前とは比較にならないほど発展している。


「いや、これ以上収益を増せば、畜産物にも税をかけられるな。他の方法を探るべきでは?」


 この副名主の発言に、部門長達は、無言の同意を示す。


「ならば商品製造部門の方に予算を割いていただきたい」


 半年前、サガミ商会の二年間の修行から帰ってきた栗色の髪の青年――パーズが、頭を下げる。

 約半年で、サガミ商会の協力により、工場とやらを立ち上げ、農業や畜産に向かない女達を中心に、商会の新商品――かがみを作り、莫大ばくだいな利益を村に生み出した英雄だ。

 サガミ商会の開発製造部のTOPであるルロイ様の直弟子であり、その技術力は相当なものであるらしい。


「商品開発ならば、異存いぞんないな」

「ああ、商品の管轄は、商業ギルドの受け持ちであり、税は絶対にかけられぬ。可能であるなら、それが最も利益がある。儂も賛成だ」


 次々に賛同の声が上がり、トート村の来年度の予算案は若干の修正をされつつも、可決される。



 会議終了後、トート村村民会館を出る。

 立ち並ぶガラス張りの商店に、帰り支度じたくをする村民達の姿が目に留まる。

 あの事件以来、トート村は拡張し続け、古の森いにしえのもり付近まで開発し、以前の数十倍の広さとなっている。


「この村も変わったな」


 規則正しく整備せいびされた路地や建物。村の周囲を覆う厚くて高い石の城壁は、魔物の侵入を防止し、今や村の名物となっていた。

 この石壁は、モス達が上位ハイの土魔法を獲得したことにより、いとも簡単に造り上げることができた。

 商人達が長期に滞在たいざいするようになったのも、この城壁があるからといっても過言かごんではあるまい。

 

「あと、三か月か……」


 もうじき、村の守護神的存在が、このミラードの地を去る。

 この村の凄まじい発展はグレイ様がいたからこそだ。新たな知識や制度はもちろん、その生きるために必要不可欠な精神まで教授していただき、トート村は今や以前とは比較にもならない富を獲得した。

 農作物の種類は増し、生産性も格段に上昇する。しかも農作物のみに頼らないから一定の収入が見込め、気まぐれな天候によって飢えることはなくなった。

 子供達が通う学校が整備され、村の長たる名主と副名主は、村民達の投票により選定されるようになった。

 もっとも大きな違いは、村民達の意識の違いだ。以前は、領主の命に服従すること以外、方法がないと思っていた。それが、今や、どうやれば、領主の目を誤魔化し、利益を得るかに頭を働かせるようになったのだ。

 たったこれだけの意識の改革で、多くのものが見えてきたし、知識や情報というものがどれほど大切なのかが実感できた。


「モス」


 背後の声の方に顔だけで動かすと、あの始まりとも言える事件で兄を失った女――タナが佇んでいた。


「タナ、聞いたぞ。今度、サガミ商会の医療開発チームに参加するんだろ? おめでとう」


 彼女は、今やグレイ様の付き人であるカルラと協力し、村の医療に従事にしていたが、この度、その功績が認められ、近い将来立ち上がる商会の医療開発チームに加わることが許されている。


「へへ、ありがと。貴方こそ、来月アゲハと式を挙げるんでしょ? おめでとう!」


 頬をカリカリと掻きながらも、タナは、そんなこそばゆい話題を振ってくる。


「まあな」


 アゲハとは、数年前の小鬼ゴブリン襲撃事件でグレイ様によって保護された蝶の翅を持つ妖精族の女性だ。彼女は、現在、守衛隊の副隊長として村の警護の任についている。 

 当初は、人間と妖精族という種族間の違いからか、中々、折り合いがつかなかったが、トート村の警護という一つの目的に向けて切磋琢磨せっさたくまするうちに、次第にお互い惹かれあい、掛け替えのない存在へと変わっていった。


「それで、何か用があるんじゃないのか?」


 誤魔化すように、強引に話題を変える。


「本当にグレイ様はこのミラード領を出て行くおつもりなの?」

「あの御方は簡単に、自己の言葉を曲げるような方ではないよ」

「そんなことは知っているわ! でも――」


 右手を挙げてタナの発言をふうじる。


「グレイ様は先月、おっしゃったはずだ。¨もう、君達は僕の手を離れた¨と。これはあの御方の最大の賛辞さんじのはず。我らにできるのは、あの御方の期待に背かないことだけさ」


 先月、今まで借りた金銭をグレイ様に返したとき、あの御方はそうおっしゃった。

 

「グレイ様が次期当主になれば、この地はもっと豊かになる!」


 最近皆に芽生めばえたこの地への執着しゅうちゃくほこり。それもこれも、周囲のことに目を向けるだけの余裕ができたからだろう。


「他の村のことは諦めろ。我らごときができるのは、このトート村の発展のみだ」


 トート村のこの発展につき、今の領主達では不当に搾取さくしゅするのはまず不可能だ。

 トート村の村民は、領主の奴隷ではない。トート村への領主の権限は、あくまで租税徴収権と、徴兵権の二つだけなのだから。

 徴兵権を行使しない以上、租税徴収権さえ考慮していれば、領主の介入は無視できる。

 現に何回か、領主の名代として、あの女の使いが、このトートの村に訪れ、臨時税を払えと命じてくるが、文書による根拠がない限り、払わない旨即答し、丁重に追い返した。

 使者は、反逆罪で打ち首にしてやるとわめいていたが、やれるならやってみればいい。あの女の私兵が攻めてきても、この堅牢けんろうな城塞を落とせるはずもない。仮に他の村から兵士を徴兵すれば、中央への事後的な報告は必要となる。この村と取引のある商会には豪商もいる。彼らも下手に強欲な貴族が関与してくるより、村が独立していた方がやりやすいはず。中央への口利きもしてもらえるはずだ。そうなれば、破滅するのは奴らの方だろう。

 だが、グレイ様をかつぎ、他の村の行政にまでトート村が関与すれば話は変わってくる。煽動したとして、十分な反逆の理由になってしまう。


「……」

 

 ギリッと、悔しそうに奥歯を噛みしめると、タナは小さく¨知ってるわ¨とだけ呟く。


「なら、あの御方を笑って送り出して差し上げよう。それが、我らができる最大の恩返しだ」

「聖人様がいらしたぞっ!!」


 村人達の弾むような興奮した声。それを契機に、中央広場まで皆、移動していく。


「相変わらず、すごい人気だな」

「当然でしょ。グレイ様だもの」

「そうだな」


 口端を上げながらも、モスも広場に向かう。

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