第8話 商業ギルド

 一〇メートルもの城壁と、その周囲を取り囲む深い堀。そして、その堀にかかる一本の橋。私達は、今その橋の上にいた。

 ――迷宮都市ストラヘイム。人口一〇万の大都市であり、冒険者達の楽園楽土。


「へぇ、中々のものですね」


 あれから、ジレスには、口調を無理に元に戻さないでいいと告げられる。何でも子供の台詞せりふが違和感ありまくって気持ちが悪いそうだ。複雑な心持だが、身体がまだ子供なのだ。可能な限りは、子供の言葉遣ことばづかいを継続しようと思う。


「だろ? 世界各国から物が集中しているからな、色々あるぞ、ないものがないくらいなぁ」


 冒険者のチームリーダーのアーロンが、得意げにそう説明する。

 アーロンは、三〇代前半の無精ひげの小柄な男であり、あの一件以来やけに気に入られてしまった。


「それはそそられます」

しいよなぁ、あんたなら、超一流の冒険者になれるだろうに」


 しみじみとつぶやくアーロンに、肩をすくめる。


「資格要件として、一二歳以上である必要があるのです。仕方ないでしょう。それに、家庭の事情で当面、僕は目立ちたくはない」

「そうだった。だが、四年後は期待しているぞ」

「ええ、是非、その際はよろしく頼みます」


 アーロンと改めて握手をする。



 ストラヘイム内部は、流石は大都市だけあり、見渡す限り、人だらけだった。このごみごみとした独特な感じは、東京を思い出すな。

 建物はブロックと木造の混合造こんごうづくりの二階建てがメイン。少なくとも、ミラージュの掘立小屋ほったてごや及び稀にログハウスとは造り自体が違う。


「まずは、商業ギルド会館に行って手続きをしたいんだけど、いいかな?」

「ああ、構いません。商業ギルドの登録も済ませておきたかったし」


 聞いたところ、商業ギルドの資格は、冒険者と異なり存在しないらしい。一〇万Gをおさめる必要があるようだが、そのくらいなら今でも出せる。

 

「助かるよ」


 

 アーロン達と別れた後、案内され着いたのは小学校の校舎ほどもある建物。

 められた赤い絨毯じゅうたんに、一定位置に飾り付けられた装飾品そうしょくひんは、美術品に素人の私が見てもかなりの値打ちものだと分かる代物だった。仮にも商会をまとめる本部だ。質素では示しがつかないんだろうさ。


 客室の大広間に案内される。サテラはガチガチに緊張きんちょうし、ジュド兄妹は、居心地いごこちが悪いのか終始、キョロキョロと辺りを見渡している。

 

「待たせたな、このストラヘイム商館の副館長――イコセ・ジャーモである」


 でっぷりと太った男が身体を揺らしながら、二人のお供を連れて部屋に入ってくると、私達を部屋の中心の白いクロスのかかったテーブルの指定の席まで案内し、座るように求めてくる。


「私はライナ支部長と約束していたはずですが?」


 ジレスの顔には、強烈な不快感が浮かんでいた。それはそうか。約束をしていた相手と異なる相手がしゃしゃり出てきたのだ。裏があると勘ぐるのが当然の反応だろう。


「ライナ殿はお忙しいので代わりに私が受けよう」

「ライナ支部長がいないのなら、出直でなおさせていただきます。行こう、グレイ君」

「それで構いません。別に急いでませんし」


 本当いうと、この茶番の顛末てんまつを見てみたいというのが本心ではあるのだが、まっ、結果は変わらないからな。


「そうはいきませんのでねぇ」


 扉の前には、二人の用心棒らしき男達。

 サテラが不安そうに私の袖を握り、ジュドの兄妹が、俺達をかばうように立つ。ふむ、中々、ボディーガードが板に付いて来たな。いい感じじゃないか。


「イコセさん、まさか貴方っ!?」

「座られよ」


 イコセが、椅子に右手を差し出す。


「ふむ、いいでしょう」


 面白くなってきたところだしな。もちろんだとも。


「グレイ君! 今日は帰るべきだ」


 ジレスが、翻意ほんいを促してくるが、


(ここは僕の顔を立ててください。心配いりません)


 耳元でそうつぶやくと、構わずイコセの前の席に座る。

 警戒を解かず、私の後ろに控えるジュド兄妹と、俺に抱きつくサテラ。


「『手押しポンプ』の契約内容だ。これでどうだろう?」


 イコセは紙をテーブルに乱暴に放り投げる。

 ジレスは、それを手に取り目にするやいなや、真っ赤になって体を小刻みに震わせる。

 脇から紙を覗き込むと――。


「僕が二〇%、ジレスさんが五%、ギルドが、七五%ですか……」

「話が違うっ!! 支部長はこれを知っているのか!?」


 机を叩いて、立ち上がるジレスに、イコセは不快そうに顔をゆがませる。


「そんなものはあくまで口約束。守る理由がどこにある? 特に貴族でもないそんな水呑貧乏みずのみびんぼう貴族の子倅こせがれなら言わずもがなだろう」

「貴方は……」

「あー、そうか、そういえば君も貴族出の爵位なしだったな」


 貴族の名を継げるのは当主だけらしい。故に、あぶれたものは、爵位なしの貴族となり、上民と呼ばれる。ジレスがこの上民であることは、馬車の中で聞いている。


「私の身分とこの取引とは全くの無関係だと思うが?」


 屈辱くつじょく憤怒ふんぬを顔一面に張り付かせながらも、立ち上がる。

 笑えるくらい面白いが、流石にこれ以上の放置は、私とジレスの信頼関係にヒビがはいるな。それに、こいつらの底はわかった。


「全然だめ、三〇点ですね」

「……」


 今まで余裕の表情を浮かべていたイコセの顔に亀裂が入り、無表情となる。


「まず、そこのお二人、致命的に演技が下手過ぎます。笑いをこらえるのに必死でしたよ。第一、貴方達、用心棒じゃないでしょう?」

「なぜそう思う?」

「まず、身なりが最悪です。そんな傷一つない豪華ごうかな装備の用心棒などいてたまりますか。せめて、襤褸ぼろの服を着用するなどすべきでしたね。

 それに、貴方達と異なり、僕達の馬車を護衛した冒険者には皆、手に剣のたこがあった。なんでも、傭兵や冒険者には皆できるそうですよ。無論、魔法師ってことも考えられますが、それなら、わざわざそんな重そうな剣を腰に下げる意味もない。大方、重くて碌に動けないのでは?」


 にぃと口端を上げると、二人とも、装備を外す。


「いつから気付いてた?」


 ちょび髭の用心棒モドキが当たり前のことを尋ねてきた。


「端からです。第一、イコセ副館長ふくかんちょう、貴方は、僕らを下にみているならなぜ、上座かみざに座らせたのです? 無意識に同等の客としてみなしているのがバレバレですよ」


 この帝国での礼儀作法については、こういう時のために、セバスチャンから聞いていたのだ。

 あーと、顔を歪めて、右手の掌で顔を覆うイコセを視界にいれ、ようやくこの茶番の意味を理解したジレスが、不機嫌そうに、奥の扉をにらみつける。


「ライナ支部長!!」

「いや~、ごめん、ごめん、君が執着しゅうちゃくするほどの子供の底がどれほどか、知りたくてさ」


 済まないとは微塵みじんも思っていなさそうな満面の笑みで、奥の扉から出てくると、イコセの隣に座る。


「構いませんよ。それなりに楽しめましたし。主に笑いという点ですがね」

「彼ら二人は僕の商会の幹部さ。やっぱ、わざとらしかったかな?」

「ええ、ひどすぎです。特にあの“そうはいきませんのでねぇ”は、失笑ものでした」

「あー! 言わんでくれ、全身がかゆくなる!」


 真っ赤になりながら、ボリボリと全身を掻きむしるちょびひげ男。

 話についてこられないのか、ジュド兄妹とサテラは、ポカーンとした顔で、成り行きを眺めていた。


「では、さっそく、商談に入ろうか」

「ライナ支部長、その前に謝罪しゃざいを要求したいのですが」

「あ、ああ、うん」


 憤怒の化身と化したジレスのライナへの説教と、イコセ達の謝罪の後、商談に入る。



「まず、我ら商業ギルドに専売権せんばいけんを認めて欲しい」


 『手押しポンプ』など、私にとって、サテラに対する義母の苛めを避けるための唯の手段にすぎぬ。こんなもの泡銭あぶくぜにであり、そこまでの執着しゅうちゃくはない。好きにすればいいさというのが本心だが、将来私が持ちかけようとする構想こうそうはこんなものとはけたが違う。彼らとの適切な関係の構築こうちくは必要だろう。


「具体的には?」

「色々試みた結果、あの『手押しポンプ』一個にかかる材料費は、二〇〇〇~二五〇〇G、それに製造・販売、設置につき人件費が加わると、合計で四〇〇〇~六〇〇〇Gくらいかな」

「ふむ、思ったより安く済むようで、驚きです」

「まあね、僕らの大手商会は、昔から武具や魔道具の製造販売を営んできたから、この程度の商品を製造する製鉄技術は十分にあると自負しているよ」

「それはそそられますねぇ」


 だとするなら、今後も私の悪巧みの成功率は各段に上昇する。


「利益を逆算した結果、一個につき四万~五万Gで販売すべきとの結論に達した」


 今までの経験から推測するに、この世界の物価は、地球の約四分の一程度だ。ならば一個につき、一六万円から、二〇万円か。妥当なんじゃないか。日本でもその程度はかかるだろう。


「利益率が、三万G以上か、かなりのもの。それで?」

「特許料は、商会の基準の利益の四〇%。そのうち、特許料の内訳は、グレイ・ミラード君が特許料の五〇%、ジレス君が五%、我ら商業ギルドが四五%でどうだろう?」


 要するに、専売権を持つ商業ギルドに属する大手商会が、各地で販売する。その際に、三万Gの利益をあげる。各商店は、その利益から四〇%を特許料としてギルドに提出する。残りはその販売した商会の利益となる。

 そして、特許料としての内訳は、私に五〇%、ジレスに五%、商業ギルドという組織に四五%支払われる。

 おそらく、ギルドはこの莫大な金銭を元に、世界各国各地に進出をし、各商会は支店と工場を各地に設置し、さらなる利益を得る。なるほど、この世界には珍しい理にかなった組織だ。


「僕としてはそれで不満はありません」

 

 イコセや、ライナの部下達二人からため息がれる。

 本来、特許料は、私とジレスのみで取得すべきもののはず。ギルドも加えたのは、第三者も共同利益者として入れることにより、ミラード家や他の勢力の介入を防ぐというジレスの知恵だろう。

 だからこそ、私は望むところであり、それを彼らも承知しているはずなのだが、利益があまりに莫大すぎて、契約が締結されるまでは確信が持てない。そんなところだと思う。


「既に、このアーカイブ帝国中心だけでも、五五〇〇個発注があった。既に、製造過程に入っているところさ。任せて欲しい、売りきってみせるよ」

「ええ、期待しています」

「それじゃあ、早速契約だ。ここにサインと拇印をお願いする」


 それから、契約書にサインとインクで拇印をして契約を完了させる。



「商会の名前はどういたしましょう?」


 イコセは、先ほどの高圧的な態度とは一転、腰の低く、子供にしか見えない私にも丁寧な男だった。


「サガミ商会で頼みます。これは、登録料の、一〇万G」

「お預かりいたします」


 イコセは金貨を数えると、巨体を揺らしながら、部屋を退出していく。本来、副館長がする仕事ではない。おそらく、先ほどの私に対する非礼のせいだろう。ホント、イメージと内面が乖離かいりしている男だな。それだけ商人として優秀ゆうしゅうということなのかもしれないが。


「それで、グレイ君、君はこれからどうするつもりだい?」

「丁度良い人員も確保できましたし、このストラヘイムで商売を始める予定です」

「へーどんな?」

「教育の進み具合で変えるつもりですが、最初は、料理屋かな」


 従業員は、ジュド達、素人一〇人。地球レベルの料理人などという高望みさえしなければ、他の技術職よりは比較的技術を身に付けるのが早い。調味料さえあれば、地球の家庭料理程度ができれば、この世界では十分であろうし。


「先ほどの非礼の代わりに、僕にも手伝わせてよ」


 下手に断ると、私が先ほどの茶番に固執しているように見えてしまうな。なるほど、これが狙いだったか。中々食えない男だ。ジレスを横目で見ると、肩を竦めてくる。


「お言葉に甘えます。ならば料理店となりそうな店舗てんぽの確保をお願いしたいです。お金は――」

「それだけど、発注あった五五〇〇個の君の取り分から充当じゅうとうしてはどうだろうか?」


 確かに、今私はトート村の件と新しい料理店のために、食料を必要としている。あまり売りたくはないのだ。


「それで頼みます」


 もちろん、文明の針を進ませたい欲求はあるが、まだ私はミラード家という足かせがある。それまで材料や、人材の確保、教育に集中すべきだろう。

 イコセが、布で汗を拭きながら、鉄のカードを持ってくる。


「これが、商業ギルドのメンバーズカードとなります。以後の取引はこのカードを提示ていじして行っていただきたく思います」

「了解しました。感謝します。行こう、ジレスさん」

「そうだね」


 席を立ち上がり、


「それでは失礼します」


 一礼すると、商業ギルドのギルド会館を後にした。

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