第7話 初めての盗賊襲撃

「グレイ、お前は、使用人を連れて、そこの商人と共に、ストラヘイムへお行きなさい」


 このやけに機嫌きげんのよい様子からさっするに、ジレスから相当な金でもつかまされたのだろう。

 昨晩、ジレスは屋敷を訪れると、当主と義母に面会を求め、直後このような命令を義母から言い渡されたのだ。

 私のストラヘイム行きはなぜか、現当主である実父が猛反対したが、乗り気の義母に勝てるはずもなく、三週間後必ず戻るという条件で、当主の許可がなされることになる。

 ジレスの後に続き、屋敷を出ると街の真ん中の井戸には人集ひとだかりができていた。

 

「すげぇ……」


 皆、唖然あぜんとして水がき出る様子に目を奪われている。

 

(無料で設置させてもらったよ)


「それはどうも」


 私は大してこのミラードの領民に思い入れがあるわけではない。正直、屋敷にさえ設置してもらえればあとはどうでもよかった。


「グレイ様っ!」


 馬車の前では、メイド服を着た少女が、満面の笑みで両手をブンブン振っていた。

 付き人の使用人とは、サテラのことだったらしい。あの義母、気に入らない奴を真っ先に屋敷から追い出した。そんなところか。まあ、おかげで、心置きなく、ストラヘイムへ行くことができるわけだから、心境しんきょうは複雑だ。


「ふみゅ~、グレイ様ぁ」


 サテラは私の首に背後からしがみ付いてくる。あの井戸の一件以来、やけに懐かれてしまった。今や、『グレイ様専用メイド』を自称じしょうしている。


「グレイ君、モテモテだね」

「あのですね」

「まあ、そう照れない、照れない。それでは時間も押しているし、直ぐに出発しよう」

「はいはい」


 しがみ付くサテラを促し、馬車へ乗り込む。



「上手く事が運んでよかったよ。まさか、ライス準男爵が君のストラヘイム行きをあれほど反対するとは思いもよらなかった」

「それは僕も同感です」


 ライスの反対の意図は不明だが、私への義母の仕打しうちにまゆ一つ動かさないような奴だ。どうせ、自己保身じこほしんのためだろう。


「でも、今後、さくる必要があるね」

「かもしれませんね」


 感づかれたのかもね。もしそうなら、一三歳に、すんなり、このミラード家を出ることが難しくなるかもしれない。

 ともかく、一生、あの義母、クリフ、リンダの小間使こまづかいなど御免被る。もし、私のミラード家からの離脱りだつを認めないのなら、他国に亡命してやる。


「それはそうと、あの『手押しポンプ』、すごい反響だったよ」

「それは良かった」

「井戸に設置されたあの装置って、グレイ様が作ったんですか!?」


 目を輝かせて身を乗り出すサテラに、ゆっくり横に首をる。


「いや、僕は少し案を出しただけさ。それとサテラ、これは、絶対に誰にも話してはいけないよ。セバスチャンやダムにもだ。いいかい?」

「はい!!」


 あの一件以来、サテラは私の指示には素直すなおだ。これで、何があっても口を割ることはない。


「君は本当に素晴らしい。だから知りたいんだ。君はどこであの知識を?」


 そんな社交辞令しゃこうじれいを口にした後、ジレスはようやくその笑みの種類を変える。これが本筋だろうさ。

 そして、これは私には少々、踏み込んで欲しくない話題だ。ジレスはこれからも上手く取引したい相手だ。ここではっきりさせておく必要がある。ジレスもしょせん、私からすれば、まだ、いきがっている小僧にすぎんし、容易たやすかろうさ。


「さーてね、だが、情報は利益を生む。この度、それを君は頭ではなくその身で実感したのではないのかね?」


 急に口調が変わったせいか、ごくっと生唾なまつばを飲み込むジレス。やはり、若い。そこは顔に出しては駄目なところだ。


「す、すまない」

「そうだね、少し考えを正そう。君はあの『手押しポンプ』の意義を正しく理解しているかね?」


 あの『手押しポンプ』をただの井戸の水汲み程度に理解しているなら、根本的こんぽんてき勘違かんちがいしている。


「『手押しポンプ』の意義……」


 あごに手を当て考え込んでしまうジレス。


「えー、井戸の水汲み以外に何かできるんですか?」


 そうだな、サテラも加わった方が、思考遊びとしては面白いかもしれん。


「あれは、井戸から水を汲む装置そうちだ。考えてごらん。他にどんなことができるだろうか?」

「うーん……」


 腕を組み、唸り出すサテラ。これはダムの真似まねだな。お世辞せじにもいい見本とは言えないが。


「ではあの装置にはどんな機能があるかね?」

「機能? 井戸から水を汲む?」


 そうか、『井戸』という言葉に固執こしつしてしまうから、こんな単純たんじゅんなことが思いえがけないのだ。


発想はっそう井戸いどから切り離したまえ」

「低い場所から、高い場所に水を持ちあげる」


 やはり、子供は発想が柔軟じゅうなんだ。固定観念こていかんねんがない分、このようにあっさり解に辿たどり着く。


「高い場所に水を持ち上げる……」


 ジレスの顔が青く土気色になり、そしてあっという間に紅潮こうちょうしていく。目まぐるしく変わるジレスをサテラはキョトンとして眺めていた。


「ははっ! 私は馬鹿か! なぜ、こんな簡単なことに気が付かなかったのだ!?

 だとするとこれはすごいことだぞっ!」


 そう。あの装置の意義は、低所から高所へと水を汲み上げること。即ち――揚水ようすいきる。もちろん、あれでは手動だから、いくつか工夫をらす必要はあるが。

 この技術は今まで水路を形成し得なかった土地へ水の恵みをもたらす結果となる。そうなれば、農耕地や痩せた土地へ十分な水分を補給し得る結果となるわけだ。ミラード領のように。


「わかっていただけたようですね」


 そろそろ子供に戻ろう。この知識は以後の詮索せんさくを、しないことについての私からの対価のようなものだ。それに気づけない阿呆とこれ以上関わるつもりはない。まだ私を知ろうとしてくるなら、この男とも潮時しおどき。きっぱり関係を切るだけだ。


「ああ、心の底から思うよ。君は本当にすごい男だ」


 ふふーんと得意げに胸を張るサテラ。いや、お前がほこってどうするよ。

 突然、馬車が停止した。話ではストラヘイムへは馬車で約一週間前後だったはず。

 まだ、数時間たらずしか経っていない。

 そういや、円環領域切ったままだったな。発動し、様子を窺う。

 馬車を取り囲む武装集団。山賊や盗賊の類か。人数は一〇人。全身を布でおおっており、断定まではできないが、賊の体つきから察するに、一四、五歳くらいの子供だろう。

 子供だが、全員それなりに強い。特にあの一番後ろにいるリーダーらしき奴はかなりの強さだ。


――――――――――――――――

〇ジュド

ステータス

・HP:F(18/100%)

・MP:G(1/100%)

・筋力:F(74/100%)

・耐久力:F(34/100%)

・魔力:G-(4/100%)

・魔力耐久力:G-(22/100%)

・俊敏力:F(8/100%)

・運:G-(40/100%)

・ドロップ:G-(10/100%)

・知力:G-(8/100%)

・成長率:E

――――――――――――――――

 

 馬車を取り囲んでいる他の者達も、平均全員G+はある。

 対して、護衛の冒険者らしき者達の平均ステータスもG+程度。人数的にも、盗賊の子供達が優勢だろう。


 やれやれ、どうにもまるで狙ったかのようにタイミングが最悪なのだがね。


「ジレスさん、サテラ、君達は馬車にいてください」

「グレイ……様?」


 不安そうな顔で、抱きついてくるサテラの両肩を掴むとジレスに渡し、馬車を出る。

 馬車から降りると、直ぐに、冒険者達と馬車の中のジレスとサテラに、中位、風系魔法『風鎧ウインドアーマー』をかける。

 風鎧ウインドアーマーは、身体の全身に薄い風の膜を張る術。試してみたが、銅の短剣なら傷一つ付けられない。弓も防げるはず。なら、即死する結果にはならんだろう。


「おい、坊ちゃん――」

「私が対処する。少し黙っていてもらおう」


 冒険者の一人の悲鳴ひめいのような声を、右手を挙げてさえぎる。


「お前達の目的は?」


 前方二人、左右後方、一人ずつ。脇から弓を構えている者二人。完全に捕捉した。直ぐにでも全身を切り刻める。


「金と食料を置いていけ。大人しく従えば、危害は加えない」


 茶色のローブで顔をすっぽり覆い、しかも、顔はミイラ男のように白色の布でぐるぐる巻きにされている。容姿を隠すということは、私達を逃がすつもりはあるのだろう。しかも、この声色、やはり未成年者か。


(ふむ、少し興味が出たな)


「いくらだ?」

「子供では話にならん。この商車の主人を出せ」


 子供って、お前らも子供だろうに。ところで、商車? 商人の馬車のことか? 


「今は私がこの商車の代表代理だ。話なら私を通してもらおう」

「一〇〇万G」


 ジュドとかいうボスらしき者がそう言い放つ。


「ほう、その程度でいいのか」


 アイテムボックスから、金貨一〇〇枚入った袋を取り出し、地面に投げる。

 

「確かめよ」


 一人が慎重に地面に転がった布袋を手に取ると、中を確認し、カッと目を見開く。


「お、おい、本当に一〇〇万Gあるぞ」

「理解したな。では取引を始めよう」

「取引だと?」

「当然だろう。どこの世界に無償で与える阿呆がいる?」


 当惑とうわくしているのか、盗賊(山賊?)達は、顔を見合わせる。


「兄ちゃん、こんなイカレ餓鬼がきに構う必要ないっ! それを持って、早くずらかろうっ!」


 ジュドを促す盗賊の少女。


「イカレ餓鬼とは心外だな。取引を受けないなら、その金を置いていけ。それを持ち逃げすれば、お前達は私にとって単なる盗賊になる」


 私は老若男女問わず強盗には、一切興味はない。ただ、この世界の理不尽りふじんさをかんがみれば、それだけで、排除するのに若干の慎重さがあるだけ。私の脳を刺激するような有能な知性の持ち主がいたら、それは損失に他ならないからな。だが、もし、盗賊なら、問答無用で役人に突き出す。


「自分で汗水たらして働いた事もないくせにっ!」

「仮にそうだとしても、それは私の金だ。それと取引と何の関係がある?」

「信用性の問題だ。その金がお前のものでなければ、我らはどの道、盗賊として、役人に突き出される」


 ジュドが代わりに返答する。

 

「ふむ、それもそうか」


 矛盾点が多いが、奴らの言い分も一理ある。信用性というのは、それだけ取引には重要なものだから。

 

「一ついいか?」


 取引する前に、是非聞いておきたいことがあった。


「なんだ?」

「もし、取引が不成立になれば、お前らは私達をどうするつもりだ? この馬車の中には、女も、非戦闘員もいる。犯し、殺すか?」

「言ったはずだ。抵抗しない限り危害は加えないと。女は安心しろ、そこまで落ちてはいない。無事に返すさ」


 取引条件としては申し分ない。以上で面接終了。


「いいだろう。その信頼性の担保をくれてやる」


 円環領域で半径五メートル以内にある馬車の周囲の全ての木々をLock Onする。

 指をパチンと鳴らす。

 刹那せつな、キーンという切断音せつだんおんを上げて、周囲の木々が数センチの粉々の破片となって、地面に転がった。たちまち、サークル状の伐採地ばっさいちが出現する。これが、上位魔法、【鎌鼬かまいたち】マスタークラスの全力解放の力。

 

「ひへ?」

「ひぃ……」


 地面にペタンと腰を抜かすもの、両膝を地面につくもの、頭を抱えてうずくまり震える者。

 そして、小刻みに震えながらも、直立不動ちょくりつふどうとなるジュド。


「私が取引と言った意味が分かったか?」

「骨のずいから了知りょうちした」


 滝のような汗を流しながらも、そううなずく。


「それで取引を受けるか? 受けないのなら、金を置いて去れ。ただ、二度はないぞ。次は殺す」


 ジュドは、腕を組み、天を見上げていたが、


「受けよう」


 ジュドは、みしめるように言葉をしぼり出す。


「正気っ!? こんなこと人間にできやしない! こいつは、餓鬼の皮をかぶったバケモノだよ!?」


 隣の妹らしき少女がジュドの胸倉を掴み、ブンブン振る。


「どの道、この金がなければ、俺達は飢え死にする。もう後には引けないんだよ。それは、昨晩、十分すぎるほど話し合ったはずだが?」

「……」


 少女は、ジュドの胸倉を放すと、力なく地面に腰を下ろす。


「決まったようだな。具体的な話は――ジレスさん、仲介ちゅうかい、お願いできます?」

「君って人は……」


 振り返ると、肩を竦めてくる。この中で唯一大して驚いていないのは、既に私の魔法の使用を見せているからだと思う。まあ、彼までもテンパってもらっては、話が先に進まないわけだが。



「ミラード領のトート村か……」


 ジュドの話は、私に無関係な話ではなかった。というより、私の肉親共が原因と言っても過言かごんではない。

 ミラード領トート村は、最も北西部にある村の一つ。ゴブリン等の魔物の襲撃しゅうげきを受けやすい土地柄とちがらだ。しかも、ミラード領の税率は、一律、五公五民。そんなことは一切考慮されない。

 今年は、ゴブリンの襲撃を受け、重傷者が相次あいついだため、農作業にでられる人員が限られた。しかも、ゴブリン共にライ麦畑を燃やされ、三分の一が壊滅的な打撃を受けてしまう。このままでは冬をせないと、減税を求め、領主に直談判じかだんぱんするが、受け入れを拒否。

 帝都に直訴じきそすることを村の意思決定機関である年寄会に迫るも拒否。多量の餓死者が確実という状況で、昨晩さくばん、話し合い、金品きんぴん強奪ごうだつすることを思いついた。こんな救いのない話だ。


「グレイ様……」


 そでを引くサテラに苦笑しながらも、落ち着かせるべくその頭を撫でる。

 さて、どうするか。

 この者達は唯の盗賊ではなく、ミラード領民。私がこの者達を雇えば、ミラード家と真っ向から対立する。しかも、そのトート村の年寄会とやらは、話を聞く限り、実父と義母側だ。

 無難ぶなんにミラード家を出たい私としては関わり合いになりたくない者達でもある。だが、既に、ジュドに取引すると豪語ごうごしてしまっている。今更いまさら、中止するとも言えまい。それが、社会人ってものだ。


「ちょっと待て、お前の名前、グレイというのか?」


 ジュドの妹の少女が、身を乗り出してくる。ふん、どうせ隠しても、いずれ知ることだ。


「そうだ。私は、グレイ・ミラード。この領主の子だよ」

「ざけんなっ! じゃあ、あの金はあたい達領民からしぼり取った金かっ!!?」


 ジュド以外、全員が激しい憎しみと敵意の視線を向けてくる。


「グレイ君、このような無礼なお馬鹿さんなど放って置きなよ。彼らにはみじめな死こそ相応しい」


 ジレスがここまで、いきどおるのも珍しいな。


「何だとっ!!?」


 激高げきこうし、剣のつかに手を触れるジュドの妹。

 確かに、同じあの義母に迷惑を被っている身として、この少年達の今の心情は十二分に理解できる。だが、人間には超えてはならぬ一線がある。その線をえたものには、一切の救いはない。少なくとも私はそう思っている。だから、彼女がその剣を抜けばこの話は終わりだ。


「やめろ!」


 ジュドが制止の声を張り上げる。


「なぜっ!? こいつはミラード家のボンボンだよ!? あの金だってきっと――」

「私も、こんな無礼な人達を助ける必要などないと思います!」


 サテラのいつになく冷たい声に、視線を落とすと、目尻に涙を溜めつつも、怒りで身を震わせていた。


「ガキは黙ってな!」

「黙りません、グレイ様が、あの屋敷でどれほどの仕打ちを受けているか、全く知らないくせにっ!!」

 

 立ち上がり、遂に泣き出しながらも、声を荒らげる。


「君らもミラードの領民なら、噂くらい聞いているんじゃないの? 彼はグレイ・ミラード。あの強欲で性悪な奥方の義理の息子。つまり、奥方にとっては、完全に赤の他人だよ。彼女がそんな彼に、一〇〇万Gもの金銭を出すと思ってるのかい?」

「だったら、あの金は何だっての!?」

「あれは私との取引の分。彼自身の手で稼いだ金だよ」

「はあ? 一〇〇万Gもの大金、子供に稼げるはずがないっ!!」

「だから、低能だというんだ。彼のあの力を見た後でそんな低俗な発想をするところなど特にね」


 ぐっと言葉を飲み込む男達に、さらに、ジレスは話を続ける。


「君らは、私達から金品を強奪しようとした盗賊。私達商人が最も憎むものだ。本来、しばくびだよ。それを言うに事欠ことかいて、彼を盗人ぬすっとばわり? あり得ないね」

「そうです! あり得ません!」


 意気投合いきとうごうするジレスとサテラに、困惑気味で傍観ぼうかんする冒険者達。既に、事態じたいがぶっ飛びすぎて付いてこられないようだ。


「申し訳なかった。俺達全員、ゴブリンの襲撃を受けて、後がないんだ。さっしてくれ」

「察してくれ? 察してくれだって? 自身の不幸を理由にするなっ!」

「ジレスさん?」


 ジレスは、少しの間、全身を硬直こうちょくさせていたが、顔を強張こわばらせる。


「済まない。少し、カッとなった」

「構いませんよ。さて、どうするかね」


 さっきまで、怒り狂っていたトート村の単細胞共も、ようやく冷静になり、自身の立場を理解したのか、真っ青に血の気の引いた顔でうつむいている。通常なら縛り首だからな。

 だが、いずれにせよ、今回、役人に突き出せば、私のことが、父や義母の耳に入る可能性がでてきたから、それはできない。

 それに、彼らは全員確実に未成年。自己の不運を他人のせいにするのは、子供にありがちな思考回路だ。子供の癇癪かんしゃくに一々目くじら立てるほど、私も若くない。


「金は返そう。済まなかった」


 ジュドは、一〇〇万Gを仲間からひったくると私に渡してくる。

 クソがっ! だから子供は嫌いなんだ。思考の先が読めないという一点では、彼らは私にとって宇宙人と大差ない。


「その金がなかったら――」

「……」


 悲鳴のような声を上げる仲間達にジュドは無言で、立ち上がる。


「座りなさい」

 

 私は、ため息を吐きつつも、静かにそうげる。それでも馬車を出ようとするジュド。


「座れっ!!」


 言葉を叩きつけた。馬車を震わせる私の声に、馬車を襲った者達は身を竦ませる。ジュドの足も一応、止まっている。


侮辱ぶじょくされた程度で、一度決めた取引を反故ほごにしたりするはずがあるまい。座りなさい」


 この思考の短慮たんりょさ加減は、年齢というよりは教育のせいか。面倒だが、今後、改善する必要があるな。


「お前達に生きるための手段をくれてやる。だが、その前にいくつかの条件だけは絶対に守ってもらう」

「そ、それは?」

 

 喚き散らしていたジュドの妹が、恐る恐る尋ねてくる。先ほどとは一転、今度は、なぜおびえる? やはり、子供は何を考えているか理解できぬ。


「私は一三歳になり次第、このミラードの地を出ていく。それまで私の情報は一切れぬようにすることだ」

「もし、漏らせば?」

「その時点で、私はこの領地から姿を消す。お前達に力を貸すことは金輪際こんりんざいなくなる」


 最悪、亡命でもなんでもして生きていくだけだ。転移により、『古の森』にはいつでも戻ってこられるし、大して困りはしない。


「グレイ様っ!」


 サテラが焦燥しょうそうたっぷりな声を上げる。対してジレスの反応は真逆だった。


「いや、それも一つの方法かも。グレイ君の居場所は、商業ギルドが作っておけばいいし。少なくとも、彼がこんな辺鄙へんぴな領地でくすぶっているよりはずっといい。この取引、僕も賛同するよ」

「私は嫌です!」

「サテラ、心配するな。私が出ていくときはお前も連れていく」


 ここであの義母のもとにサテラを放置していくほど、私は我慢強くはない。ありとあらゆる手段を駆使くしして、サテラは私が連れていく。それが、大人の責務せきむってものだ。


「本当……ですか?」

「ああ、約束する」


 しゃくりあげるサテラの頭をそっとでると、ジュド達に向き直る。


「もう一度いうぞ、座れ。話はそれからだ」


 ジュドも、数回深い呼吸をすると地面に腰を下ろす。


「事情は分かった。要するに、お前達が必要なのは、十分な食料と医薬品であろう? 違うか?」

「はい」


 ようやく素直になったか。子供はそうでなくてはな。


「お前達の村は何人だ? 動けぬものはどれほどいる?」

「約三〇〇人。ゴブリンの襲撃を受けて三五人が、とこせっています」


 三〇〇人か、結構いるな。

 炭水化物の一日の必要摂取量は、地球では三三〇g。無論、それはあくまで理想量だから、飢えない量はもっと少なくなるが、それでも、三〇〇gは見ておいた方がいいだろう。三〇〇人の食糧を賄うには、一日九〇kg。一俵が約六〇kgだか、一日一俵半だ。


「ジレスさん、ライ麦一俵、いくらですか?」

「市場では、一俵三〇〇〇から四〇〇〇Gだよ。でも僕なら、二五〇〇Gで仕入れてみせる」


 だとすると、四〇〇俵で、丁度一〇〇万G。四〇〇俵あれば、計算上、二六〇日以上持つ。

 それだけあれば、臨時としては十分な量だ。


「それでは、ライ麦を四〇〇俵、そこの一〇〇万Gで仕入れてください」

「了解だ」


 布袋ぬのぶくろの一〇〇万Gを、ジレスに渡すように告げると、ジュドの妹はそれに素直に従った。

 あとは根本的な農地改革だろう。意思決定機関である年寄会は、現当主及び義母派。これを何とかしない限り、トートの村に未来はない。


「そうだな、ジュドの兄妹は私達と一緒にストラヘイムへ来てもらう。他の者達は、トート村で狩猟しゅりょうでもしていてもらう。出来る限り早く食料を村へ届けよう」

「ありがとう……ございます」


 一斉に子供達は私に頭を下げてきた。

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