第9話 新たな発明

 既に夜もけている。サテラが目をショボショボさせているし、宿を取りたかったのだが、どうしても、もう一人、会って欲しい人がいると懇願こんがんされたので、了承した。

 ジレスに案内されたのは、寂れた町工場のような場所だった。

 聞こえる鉄を叩く音に、建物内に立ち込める熱気。いいねぇー、新たな文明の転機というのは、得てしてこのような場所から生まれるものだ。


「ルロイさん、連れてきました。彼があの『手押しポンプ』を考案したグレイ・ミラード氏です」


 髭面の小柄な老人は、私に近づくと、めまわすように凝視すると、振り返り、


「本当に、この小僧があの魔法具を考案したのか?」


 後ろのジレスにそう尋ねる。

 魔法具ね。どうして、この世界の者達は、魔法という理論のみで常に全てを説明しようとするのだろう?


「それは保証しますよ。というか、外見にだまされない方がいい。彼は私よりもずっと、老獪ろうかいです。さっき、それを嫌というほど思い知りましたし……」

 

 へこむなよ。流石の私でも、二〇代前半の若造共には引けはとらぬよ。


「グレイ・ミラードです。よろしく」


 一応、どうみても前世の私より年上のようだからな。礼儀れいぎは尽くすさ。


「ルロイ・ロイじゃ。お前さんがあれを作ったならそれでいい。聞きたいことがあるんじゃ」


 目をキラキラ輝かせながらせまる髭面の中年のおっさん。中々のシュールさだ。


「構いませんよ。その前に、まず依頼をさせていただきます。これを作って頂けませんか?」


 設計図をルロイとともに、ジレスにも渡す。これの普及は商業ギルドの存在が必要不可欠。むしろ、無料でやってもいい仕事だし。

 ジレスとルロイは私から受け取った設計図を開くと一心不乱いっしんふらんに読みふける。

 二人とも、かなりの集中力だ。特にこのルロイの目は生粋きっすいの研究者のもの。ならば信頼に値する。


「これは、時を刻む装置か?」

「はい、時計といいます。一枚目が、振り子式の置時計。二枚目が機械式の腕時計です」

 

 この世界に来て私が最も不便に感じたのは、時計の不存在だ。今までは、教会がかねを鳴らす音で、粗方の時間を決めていた。だが、正確でないのはもちろんだが、聞き逃したらアウトというのがいただけない。今後の商談の際など著しく時間のロスとなる。

 それに、本格的に文明の針を進めるにはこの時計の存在は必要不可欠。普及に最低でも四、五年は見ておいた方がいいだろうしな。私が本格的に動き出すのも、当分先。今から普及させておいた方がより、効率こうりつがいい。


「こ、これはすごいことですよっ!!」

 

 顔を紅潮させて、まくし立てるジレス。商人のジレスにはこの時計の重要性は、説明するまでもないだろう。

 対して、ピンと来ないのか、ジレスの設計図を覗き込んでいるサテラ達の反応はいまいちだった。


「大将、時を知ることがそんなに重要なんですか?」

「当たり前だろう。時間を正確に測れるんだよ!? この装置をどれほど僕ら商人が求めていたことか!」 


 ジュドの疑問の言葉に、ジレスが代りに即答してくれた。


「ジレスさんの言う通りだ。時は人類にとって、最高の恩恵であり、最悪の敵でもある。その装置が普及すれば、商売はもちろん、産業、研究、軍事、私生活においてまで劇的に変貌する」

「そうさ、絶対に遅れてはならない商談は非常に多い。確かに、一定時間の経過を記録できる魔法道具はあるが、計り続けられる時間には限りがあった。結果、一日に二つ以上の商談は設定できなかったんだ。これをギルドが採用すれば、商売は一新する」


 興奮しているジレスにポカーンと半口を開けているジュド達。どうせ、お前達には嫌というほど、その意味を分からせてやる。


「どうも、ピンとこんな……」


 ルロイがボソリと呟く。私もそのがあるからわかるが、彼は興味がないと実力を発揮はっきしきれない人種だ。


「難しく考えなくていいのです。例えば、ルロイさんが、最高に出来の良いスープを偶然作ったとする。再現したくなりますよね?」

「ああ、もちろんだ」

「材料となる具もばっちり、切り方も塩加減も最高。ただ、どのくらい煮るのかがはっきりしない。煮たりなければ、具が固いままだし、煮すぎれば焦げてしまい美味くなくなる。こんなとき、予め時間を測っておけば?」

「そうかっ!! ピッタリの時間で、煮ることができる!! だとすると、これは世界の日常の常識を一新するっ!?」


 ようやく、実感がわいたのか、歓声を上げるサテラ達。

 対して、ルロイは両腕を組み、うつむき気味にボソボソと独り言をつぶやき始める。

 しばらくすると、顔を上げ、


「お主、何者じゃ?」


 ルロイは、思いつめた顔で、そんな疑問の言葉を投げかけてくる。


「言っていませんでしたっけ、グレイ・ミラードですよ」

「そういうことではない!」

「ルロイさん、彼を必要以上に詮索せんさくしないことが、約束だったはずです」


 ジレスも当惑気味に、ルロイを諭そうとする。


「わかっている。だが、こんな発想、何年かかろうが、儂には微塵も思い描けん。儂だけじゃない。多分、この世界の誰にも不可能じゃ!」

「いえ、それは違いますよ。現に、ジレスさんは、時計を一目見ただけで、その利益を認識できていた。それでも、作ろうと思わなかったのはなぜです?」


 ジレスさんは、形の良いあごに手を当てていたが、僕に向き直ると、


「魔法でできるからかな?」


 そう返答した。


「そう、まさにその通りなのです。出来なければ、人間は作ろうとする。それが、我らの本質でありごうです。でも、魔法でできてしまう。だから試みられなかった」

「君は魔法を否定するのかい? そんなに強力な魔法が使えるのに?」

「いえ、否定などしませんよ。ただ、もっと魔法という存在に限界を感じて欲しいだけです」

「魔法の限界か……考えたこともなかったな……」


 だろうな。それがこの世界にはびこる魔法の呪いという奴だ。


「魔法は、魔法師が使うもの。それは構いませんね?」

「うん、魔法具でさえも、魔法師が居なければ、基本扱えない」


 ジレスから購入した魔法の基本書を熟読じゅくどくした結果、大分この世界の魔法というものがわかってきた。

 この世界で、不思議な力を有する物は、炭鉱たんこうなどから発掘される様々な効果を有する火石などの魔鉱石まこうせきと、魔法の力を有する魔法具まほうぐ

 魔法具は魔法師により、一定の間隔で魔力を込めて調節しなければならない。この調節は結構難易度が高く、魔法師でなければまず不可能だ。

 そんな熟練の魔法師を各国政府や商業ギルドが放っておくはずがない。魔法師は大組織に吸い上げられ、一定の規模の大都市でなければ、市民はその魔法具の恩恵おんけいにはあずかれない。

 ジレスさんも、元貴族であり、魔法師。それ故にあの魔法の鞄を使用できる。


「特定の人がいなければ享受きょうじゅできない利益に頼っていたままでは、帝国民のほとんどが貧しいままだ。一部の者による富の独占は、経済の循環じゅんかんの法則に真っ向から反する事態。要は不健全なんです」


 経済の基本は流通だ。金は循環して初めて意味がある。一部の人物や組織が貯め込めば、経済は停滞ていたいし、悪循環あくじゅんかんおちいる。


「ちょっと待ってよ、とすると、君は魔法と同じことができると?」

「むろん、不可能なこともありますよ。例えば、ジレスさんが持っている魔法の鞄。それはまず魔法でなければ実現不可能だ。だが、ごく一部以外は、今の魔法ですらもできないことすら可能となるかもしれない」

「だろうね。この『時計』とやらも、魔法では背伸びをしても同じ効果は実現できない。とすると、僕ら魔法師はおはらい箱になるのかな?」


どこか、さみしそうに、ジレスはそう尋ねてくる。


「それは違いますよ。魔法には限界がある。でも、それは人がいなければ利益を享受できないという縛りがあるから。ですがね、おそらく、それは絶対の法則ではない」

「魔法を使えないものにも、魔法具が使える可能性があると?」

「ええ、全てはそのための実験です」


 この世界の魔法師とやらも馬鹿ではあるまい。魔法からのアプローチは、存分にやってきたはずだ。なのに、今の今まで、その方法をみ出せなかったのは、とどのつまり、魔法という存在だけでは不可能だからだ。

 しかし、それも、科学と結合すれば、話は変わってくる。少なくとも、科学では不可能なことを魔法はできるのだ。ならば、その理論が科学と融合したとき、それはもう一段階、人類という種を高みへと昇らせるかもしれない。

 そして、そのためには、この世界の科学の発展は不可欠といえる。


「確かに、それは僕ら魔法師の長年の夢であり、渇望かつぼうだ」

「おそらく、この時計は、人類史における歴史的な第一歩となる。だから、ルロイさん、力を貸してくれ」


 頭を深く下げる。サテラ達も私にならって下げた。


「ぐふっ、くふっ! ぐはは――」


 ルロイは、声を上げて笑っていたが、


「おい貴様ら、鉄鋼てっこう商人どもを、叩き起こしてでも、この材料をそろえろ! 直ぐに造り始めるぞ!」


 突然、大声でそう指示を飛ばし、鉢巻はちまきをし、工房の奥へと入っていく。

 いい職人だ。ああいう、根っからの研究馬鹿は、是非必要な人材。ことが落ち着いたら、我らの商会に誘ってみるのも一興かもしれん。


「では、僕は今から商業ギルドに行って、対策を練るよ。ここが、宿の住所さ。女将に言えばわかるようにしてある」


 興奮で顔を赤らめながら、私に一枚の羊皮紙を渡すと、飛び出して行ってしまった。ライ麦の仕入れの件を忘れてないだろうな。

 大きくため息を吐くと、私達も、羊皮紙に書かれた地図の場所へと向かう。

 

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