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 もはやこの空間に容赦という二文字は存在しない。私とクライシスはすぐさま両腕の武器を起動させたが、施設内では武器の乱用防止のため起動させても二秒後には強制的に停止するよう設定されている。消えていく機械音に憎しみしか感じなかった。


 我慢がならなかった私はイーヴィルに追い打ちをかけようとするハンニバルの腕を掴んで制止するが、無慈悲にも振り払われたので一発顔面にお見舞いしてやった。


「クソ野郎! てめえの仕業なのはわかってんだ!」


 よろめいたもののすぐに体勢を整えたハンニバルの口からは暴言しか出てこなかった。鬼の形相でイーヴィルを睨み付ける。ここまで感情を表情で表せるのかと感心するほどだった。


「いきなりやって来てなんなんだ?」


 白を切る私。最も厄介と思っていたAチームのメンバーが訪ねてきたということは、早速新人殺しの疑いがBチームにかけられている状況を物語っている。おおよその予想はしていたが、こうも早く、しかも本人に来られたのは悪い方向へ物事が運んでいる意味そのものだ。


「憂さ晴らしにでもしに来たのか? 帰ってくれ!」


 クライシスが怒鳴りつけるもハンニバルは黙って帰ろうとしない。私達は疑いに渦中にいる。それだけは間違いなかった。


「ただで済むと思うなよ」


 納得しない様子で捨て台詞を吐き、背中を向けて立ち去って行ったが、あまりにもその言葉に現実味がありすぎて感じもしない悪寒が背筋を撫でたような気がした。


「立てるか?」


 倒れ込んだままのイーヴィルに手を貸して支えになるクライシス。イーヴィルは無言のままベンチに座り直し、うな垂れて顔すら向けなくなってしまった。私はクライシスと顔を合わせたが、Aチームとイーヴィルの間にある闇があまりにも深すぎてかける言葉すら思い浮かばなかった。


 イーヴィルはAチームのメンバーに対して抵抗する気力を失っているようだった。感情剥奪手術を受けずAチームから追放されて以来、彼らとの仲は最悪であることしかわからないが、ただそれだけでここまで酷い関係になるだろうか? それ以外にも何か、もっと関係を崩壊させるような出来事があったに違いない。他人に口外することすらためらう何かを。


 その後、別のメンバーが地下保存室を訪れるようなことはなかったが、正午を過ぎた辺りにブラッドリー本人がやって来て、一連の騒動の内容を話し、私達Bチームに無期限の謹慎を言い渡して去って行った。どうやらAチームが過剰なほど騒ぎ立てたらしく、明確な根拠もないのに私達への疑いが強まっているという。これにはさすがに絶句したが、一つの決心がついた。もう私達はここには居続けられない。アルバから離脱すべきだった。恐らくジェドやヒューイも騒ぎの事を耳にしているだろうし、私達がアルバを出る話も事前にしていたので準備を始めている頃だろう。


「わかっているな?」


 ずっと沈黙していたイーヴィルが口を開く。


「脱出にWMBは使えない。Aチームが出動した隙を突いてジェド、ヒューイと合流し、目的地は――」


「ヒューイが用意してくれている」私は言い切った。


「そうか。ならそこへは徒歩で向かうか、あるいは施設の輸送車を使う。後はジェドの判断だ」


「なら、ブザーが鳴るまで俺達は待機ということ――」


 言いかけたクライシスが止まる。彼の視線の先へ目を向けると、残念そうな色を浮かべたベアトリクス博士が立っていた。彼女は私達の元へ歩み寄って来てそれぞれ顔を眺める。


「行ってしまうのね」


「はい」イーヴィルが頷く。「俺達は作戦を遂行し、無事に終わらせました。もうここで企業の犬として戦うなんてできません」


「そうね……ここを出た後、あなた達は何をするのかしら?」


「力を蓄え、アルバを潰しに戻って来ます。絶対に」


 ブザーが鳴る。施設内に響くアナウンスの言葉など私達の聴覚は拾おうともしなかった。今からヒューイと合流し、その後に〈冥門〉でジェドと落ち合う。上手くいけばいいが……。


「あなた達がアルバを変えるその日まで、待ってるわ」


 私達三人は頷き、世話になった地下保存室を後にする。退出する際、私は立ち止まってカプセルの中で延々と冷却され続ける自分を振り返った。私達が反旗を翻すことによってあれらは破棄されてしまうかもしれない……もう二度と人間に戻ることができないかもしれない。ただ、今はそれに構っていられるほど状況は穏やかではない。この道を進んでしまった以上、肉体は捨てなければならない運命だったのだ。強引にでも諦める他なかった。


 Aチームが出撃したことを確認し、直後にすぐ〈冥門〉へ踏み入る。防護服を着たジェド、ヒューイが既に待機していて、勤務時間や配置を今日になって変更していたようだった。つまり、〈冥門〉には仲間内だけが存在している。邪魔者はいない。出るなら今だ。


「準備は?」イーヴィルが尋ねる。


「完璧だ。車に必要な荷物は全て乗せて、監視カメラにも細工をした。だが長くは持たない。出て行くなら早くすべきだ」


 軽量化された防護服に身を包んだジェドが答える中、私はヒューイの息子、アランの姿がないことに気付いた。


「アランはどうした?」


「話はなかったことにしてくれ」


 濁すように話を切ろうとするヒューイ。特に言及はしなかったが、何かあったのだろうか。


 ジェドが奥に用意された中型の黒い輸送車を示した。私達は防弾コートやマスクを持って乗り込む。ジェドが運転席、ヒューイと私達は後部だ。


「行き先は?」


「ここから三○○キロ先のバベルストロームが所有する地下実験施設だ。オースティンが言っていたものを検索したら見つけることができたよ。設備がどうなっているかわからないが、そこへ行く以外に居場所はないと思った方がいい」ヒューイは指示を出す。「北へ向かうんだ」


「了解」


 ジェドはエンジンを起動させてアクセルを踏み込んだ。タイヤから高い音が一瞬鳴り、輸送車は無事に発進、開放されたままの出入り口から脱出して北へ向かい始める。


 大量の荷物と共に車に揺られるのは新鮮だった。そもそもWMBを背負わずに外界へ出ることすら今までなかったものだから、むしろ緊張して言葉を発する気にもなれなかった。これから始まるアルバへの復讐の準備、そしてアラランタへ戻るその日まで、私達は生きるのだ。

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