6-4
しっかりとした足取りで地下保存室を出る時、異様な緊張感が自分を覆っていることに不快感を抱いていた。今から人を殺すという実感も湧かず、普段の任務時のように淡々とした感情を維持しようとするが、何故だかそうもいかなかった。冷や汗をかいている感覚があった。
極秘任務が開始される。私は何も変わらない足取りですぐ右折し階段を上がる。濃厚な静寂が恐怖を煽ってくるがどうでもよかった。広く反響する自身の足音にだけ耳を傾け、最後の一段を上がりきった時に短いノイズが入る。
《まずはそこから右折だ。俺がちゃんと見てるから心配せず歩け》
そう指示されたので黙って右折し直進。薄暗い廊下が恐怖心を更に引き立たせようとするが、そんなもの私には通用しない。人を殺めた後の罪悪感に比べればちっぽけな負の感情だ。
《次は直進が近道だが……まだ人がいるみたいだ。左折して遠回りをしろ》
左側の大部屋は出入口のドアが曇りガラスになっていて、人が歩くとぼやけた物体として確認できる。その部屋からは光が漏れているため、左の廊下から大きく回っていくのが最善だとクライシスは考えたのだろう。私もそれに賛成だった。
左折と右折を繰り返して真っ直ぐ伸びた先程の廊下に戻って来た。果てしなく感じる長い道のりを歩き続け、右手に見えてきた階段をなるべく音を立てないよう静かに下りる。
重苦しい空気を感じながら地下へ到着した私。視線の先には鉄製のドアがある。
《そこは看守室だ。中の映像をお前に転送する……左上に出るぞ》
すぐに映像は送られてきた。部屋の中には一人の男が椅子に座り、机に両足を乗せて眠っているようだった。微動だにしないので熟睡しているのだろう。机は部屋に入ってすぐ右側に置かれていて、ドアを開ければ男の横顔が見える状態だ。
《ゆっくり侵入した後、看守の首をへし折ってやれ。気付かれても声を上げさせるな》
返事もせず私はドアノブに手をかけた。軋むドアに緊張しながらも自分が入り込めるだけのスペースを確保できるように途中まで開けて、看守の姿を確認した瞬間、命令されるがまま後ろへ反った頭部をターゲットとして捕捉。右手で顎、左手を後頭部に回し、躊躇せず思い切り捻る。顔が後ろを向いたが確実に殺すため更に戻すように右斜め前に捻った。
手を離すと男は白目を剥いて背中から椅子と共に倒れかけたが、大きな音は禁物なのでそれを支えて左へゆっくり倒してやる。
《お前の殺し方は確実だな。机を見ろ、鍵の束があるだろ? それを手に入れて、収監者の名簿を確認して三人がどこにいるか調べろ》
左上の映像が消え、私はすぐ目に入った鍵の束を持ち上げ、未だアナログ管理されている名簿ノートを一ページずつめくっていく。独房はそれぞれエリア分けされているようで、五つの部屋が一つのエリアとして三列に並び、廊下で区切られた先にも同じような構造で多くの独房が存在しているようだ。目を通したところ、三列目のCエリアにあの三人は収監されているようだった。独房へ続く看守室のドアは二つ。隣のエリアへ行くためのものとAからCまでの廊下と繋がるもの。鍵さえあればどのルートを使っても辿り着けるが、前者の方が遠回りをしないで済む。
《なるほど……セロは左端か。空室を二つ挟んでもう二人……最初からセロは最後に殺す予定だったし、これは遠回り確定だな。恐らく独房前の廊下を進まない限り囚人と接触することはないだろう。ここから先に光源はないからナイトビジョンと赤外線を使え。……よし、闇討ちの始まりだ》
程よい緊張感と少しずつ高揚する気分が心地よい。私は施錠されたドアの鍵穴の形を認識し、手元で広げた大量の鍵の中から瞬時に鍵穴と一致するものを当ててスムーズに看守室を出る。
本当にそこには負の感情が漂うだけの暗闇があった。恐らく正常な人間は長くこの場に留まり続けることは不可能だろう。想像を絶する闇に呑まれて精神に異常をきたしそうだ。私もできるならば早くここから抜け出したい。喉のフィルター部分に何かがつっかえているような感じがして不愉快で仕方がないのだ。
何もない廊下を進み、別の鍵を使って三つずつエリアを区切る縦に伸びた廊下に出た。このまま前に行けばDからFのエリアに続くが、今回目指すはCエリア。真っ直ぐ行かずこの長い廊下を突き当りまで進み、左手のドアの鍵を解除した。
足を踏み入れてすぐに人の気配を察知した。一つ目と二つ目の独房にはそれぞれターゲットが収監されている事実を再確認する。きっとこちらの物音に気付いているだろう。こんな場所でまともに眠っているとは考えられないし、手早く事を進めるのが重要になってくる。まあ、この空間は完全に隔離されているし、慌てなければ隣に音が漏れることなんてない。
私は銃を構えて檻の鍵を開けた。相手が動いている様子はなく、どうやらこの異常な場で夢を見ている様子だった。くたびれた毛布を投げ出し、いびきをかいて熟睡中だ。これは好都合だ。私は毛布を何重にも折り畳み、左手に持ったそれを頭にかぶせ、異変に気付いて目を覚まさないうちに銃口を毛布に押し当て引き金を引く。一度だけ跳ねた身体はそのまま動くことをせず、頭部から温い血液が少しずつ溢れ出してきた。本人の顔も見ずに殺害してしまったが、そんなことを気にかけていられるほど暇ではない。死に絶えてしまえばどれもこれも価値を持たない同じような肉塊には変わりないのだから。
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