6-3

「イーヴィル!」


 思わず叫ぶ。うつ伏せに倒れたイーヴィルのボディの表面は砕け散り、右の股関節から下の部分はちぎれて内部回路が露出、火花を散らせていた。周囲には粉砕して原型がわからないほど粉々になった部品の数々。私は彼に駆け寄り、これに気付いたクライシスも近付いて来る。


「無茶をするなと自分で言っただろう!」


「チームリーダーとしての役目を果たしただけだ……」


 彼は力なく言い、起き上がろうとするも大きすぎるダメージはそれを許さない。結局、クライシスに支えられなければ立ち上がることすらままならなかったが、エネルギーの流出は抑えたようで意識に異常はないようだ。


 どうやら、イーヴィルは大量の劣化ウランを放出し、敵が放ったレーザーの威力を相殺したようだった。しかし、確実に脚を保護できるだけのデルタ粒子をあの一瞬で送ることができず、最大量の劣化ウランが暴発、右脚がそれに耐えられず分解してしまったらしい。その事実を察した瞬間、なんとも言えない怒りが込み上げてきた。


「クライシス、イーヴィルを頼む。奴は私が止めてみせる」


「この状況で何を言ってるんだ? 一人でなんとかできる相手じゃない。もうすぐAチームが到着するから、そのまま撤退を選ぶべきだ」


「黙って見ていろ」怒りが抑えきれない。「イーヴィルの分をきっちり返す」


「やめておけ、オースティン! 無理だ!」


 叫ぶクライシスの制止を振り切り、私は空中で佇む〈スカイロード〉にWMBを使って突進した。奴は耳障りな咆哮を発し、再びレーザーを発射しようとしたが、その直前に私は起動した左脚のブレードを銃口の中に突っ込んだ。


 予想はしていたが――いや、予想を超えた異常爆発に、私の身体は黒煙をまとって陸地に叩き付けられた。その衝撃は背中と左肩から腕の装甲にひびを入れ、損傷したデルタ粒子と劣化ウランの回路からそれぞれの物質が流出している事態が視界にエラーとして表示された。私の意思で損傷部位より手前で回路を遮断し流出を阻止したものの、残された数値は微々たるものだった。


 ただ、あの一撃に全力を注いだだけあって敵へのダメージも確認できた。膨大なエネルギーの逆流によって銃口は破裂し、レーザーの源だと思われる緑色の液体が鋭利な牙が生え揃う口から垂れ流しになっている。


 聴覚を狂わせる咆哮が再び襲う。まだ戦う気かと思い身構えたが、敵は態度を一変させ更に上昇、そのまま飛び去って行ってしまった。丁度その頃にAチームが到着し、この状況を目にしてエセルバートは鼻で笑っていた。だが、言い返す余裕なんてどこにもなかった。


 帰路の途中、延々と嫌味を言われ続けてユイールに帰還。案の定、私達はリペアルームに担ぎ込まれ、データの抽出よりもまずは修理が先行された。あの椅子に何時間ほど横たわっていたのかわからないが、とにかく私はイーヴィルが心配でならなかった。


 疲れ切った意識の中で、ベアトリクス博士も修理に呼ばれるほど重傷であることを実感していた。クライシスは比較的早く終わったようだったが、私に関しては回路の修復と背部装甲の交換に時間を要し、イーヴィルに至っては切断部位である股関節の応急処置と、右脚が完成するまでの出撃停止命令を受けていた。簡易的なみすぼらしい義足を装着し、リペアルームから出た後、ずっと不満げな表情を浮かべていた。


 リペアルームから解放されたのは、深夜の日付が変わった後だった。私達が今回の出撃で録画したデータは直接上層部に届けられ、報告はしなくていいとのことだった。そのまま地下保存室へ歩を進め、皆ぐったりとした様子でそれぞれベンチに腰を休めた。


 しかしながら、ゆっくりと休息を満喫していられるほど暇ではない。まだやることが残っている現実に目を逸らしたくなるが、ここまで深入りして計画を投げ出すわけにもいかない。全ては仲間のため、体に鞭を打って働かなくては。


「独房へのルート確保はどうなったんだ?」


「もう完了しているはずだ」クライシスはノート型パソコンを開き、画面にユイール内の監視カメラ画像を表示させた。「これが独房への最短ルートに設置された監視カメラ映像だ」


「どうしてアクセスできた?」私は不思議でならない。「関係者のみのはずだ」


「博士が手配してくれたのさ。一時的に外部からのアクセス許可を出してくれている。監視カメラ映像をジャックできるのは夜明けまでだ。それまでに片を付ける」


「誰がその役を担う?」


「イーヴィルは論外、残るは俺とオースティン。俺はここから指示を出すから、オースティンに殺害を頼みたい。いいだろ?」


「ああ、わかった」頼まれると断れない私の性分を今後どうにかしなければと思った。「お前が私に指示を?」


「無線でな。だが、お前は決して口を開くな。言われた通りに進んでくれればいい」


 クライシスはそう言いながら親指ほどの装置を手に取り、私の首の後ろのジョイントに装着した。


「これでお前の視界をこちらに転送して確認できるようになる。中継映像だ、楽しみだな」


「今から見るものは楽しめるような内容じゃない」


「そうだな、冗談が過ぎた。さ、まだ準備は終わらないぞ」


 そう言うクライシスは一つの小型銃を私に差し出してきた。黒とシルバーのもので、それを受け取った私は右手に握ってよく観察しようとする。これは施設内の衛兵達が装備している三十八口径のオートマチックではないか。クライシスがこれをどこで手に入れたかわからないが、更に渡されたサプレッサーを装着してセイフティーのレバーを下げた。


「全員射殺しろ。補助武器なら確実に殺せるがレイステン弾だとすぐにシニガミが犯人だとわかってしまう部分でデメリットの方が大きい。これならここの衛兵も使用しているし、シニガミがやったとはすぐに断言できないだろう。返り血には気を付けろよ、乾燥した血液は落ちにくい」


 彼の忠告に私は頷く。


「地下保存室を出たらいつものように一階へ上がれ。独房へは専用階段で地下に行く。後は随時無線で指示を出す」


「了解」


 受け取った銃を右手で強く握って行こうとした時、ベンチで休むイーヴィルに引き止められた。


「悪いな。本当は俺が行くべきなのに」


「気にしなくていい。計画の完遂を祈っていてくれ。それだけだ」

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