4-3

 もう日は落ちていた。昼間の任務の時、確かジェドがいたような……もしかして夜勤明けで既に休んでいるだろうか。それとも朝から出ていたか……どちらにせよ、彼とは直接会わなければならない。人を媒介してしまっては疑いの種になってしまう。余計な邪魔が入らないよう祈るばかりだ。


 出動時以外の〈冥門〉は音を失ったのかと錯覚するほど濃厚な静寂を漂わせ、外界と繋がる二重ドアは厳重に施錠されて物々しい雰囲気を醸し出す。あのドアが開く時は出動の時かメンテナンス時のみで、生身の人間は防護服の着用を数人にチェックしてもらい、許可が出てようやく〈冥門〉に立ち入ることができる。ドアが開放された瞬間にL-30が一気に流れ込み、生身の人間はその物質に身を蝕まれて死を見ることになる。除染室は通るものの、そのままの格好で行き来できるのは私達シニガミだけだ。この部屋は私達が人間であることをどれだけ否定すれば気が済むのだろうと、戦場へ駆り出されるたびに大きな悲しみの波に襲われるのである。


 除染室を通過した私が〈冥門〉に立ち入ると、重量のある防護服で労働を強いられているスタッフ達が次の出動時に備えて事前準備を行っていて、一斉に私に視線を向けたがそれはすぐに逸らされた。好んでシニガミを観察する人間なんていない。


 私は五人のスタッフを眺めたが、頭部をほぼ覆ってしまう防護服のせいで誰が誰なのか見極められなかった。一人一人顔を覗き込むわけにもいかないので、私は最も簡単な方法を選ぶ。


「ジェドはいるか」


 その一言で全員の動きが止まり、うち一人が顔を上げた。「ジェドか?」と再確認すると、その人物は「ああ」と返事をした。これで他を当たらなくて済んだ。


「話があるんだが……外で話したい」


「わかった」


 彼は自身の仕事を中断させ、除染室から〈冥門〉の外へ出た。頭部の防護服を脱ぎ、右手で額の汗を拭う。密閉された中では相当蒸し暑いだろうに。美しいほど揃った金髪は汗で水分を含んで色が濃く見える。その凛々しい顔立ちも疲労が強く浮かび上がっていた。


「珍しいな、お前がわざわざ俺を探すなんて」


「頼みたいことがあってな。まずは口外しないと約束してほしい」


「察するにかなり不味いことみたいだ」


 私の親友は他人の考えを読むのが得意だった。私が彼に頼み事をする時は決まって危険なこと――ほぼ実行せずにいるが――ばかりだ。ジェドは飽きずに耳を傾け、的確なアドバイスと結論を私に言い渡す。彼は技師というよりもアドバイザーの方が適した言葉かもしれない。


「で、なんだって?」


「私達はこれから、あることをやり遂げる。とても危険な行為だ。詳細は全て終わってから話すが、もしやり遂げたことによって私達が疑われたり、あるいはここから追放されるかもしれない。そうなった場合、私達はアルバを出て自立しようと思っている。だからジェド、お前に技師として私達と一緒に来てほしい。ここには二度と戻れないことを覚悟してもらう必要がある。それらを踏まえ、よく考えた上でお前なりの答えを出してくれ」


「……アルバから追放されるって、一体何をしでかそうとしているんだ?」


「まだ何も言えない」


「他の人間には?」


「ヒューイに話はつけた」


「彼か、なるほどな。……定年退職するまでアルバに世話になろうと思っていたんだが、まさかこんな話が俺に振られてくるなんて予想もしてなかった。人生何があるかわからないものだな」


「ああ、私もこんな手段を選ぶなんて思ってもいなかった。でも、やらなければいけない状況に陥った。だからやるだけだ」


「相変わらず意志が固い奴だ」


 ジェドの態度は半ば呆れていた、とでも表現しよう。今まで私が相談したものは結果としてどれも崩れてきた。実行しようとしても、アルバの圧力によって抹消され続けてきたからだ。最近であれば生身へ戻る実験開始の提案。実はサイボーグに意識を移せても、元の体に戻る方法は確立されないどころか誰も触れようとしない。そうであるにも関わらず何故か肉体が冷凍保存されるという矛盾。私は将来、生身へ戻る方法を研究すべきだと訴えるが、シニガミに発言権はないとひと蹴りされた。意味がわからなかった。どうしてその部分をタブー視しているのか、私には理解ができない。シニガミになる際、将来的に元に戻れるという話題が上がって、それを聞いて安心したからこそ受け入れたというのに……あの時はアルバに裏切られたという絶望感でどうしようもなかった記憶がある。


「自分達で全ての責任を負う覚悟はあるのか?」

「もし、私達の計画が失敗した場合、捜査の手が入っても無関係と答えてもらっていい。首謀者は私達三人だと暴露してもらっても構わない」


「なら話は受けよう。俺達協力者も損ばかりしていられないからな」


「ありがとう。計画が終わり次第連絡する。それまでは普段通り過ごしてほしい。結果は連絡した際に全て打ち明ける。ちなみにこの件でヒューイと接触するのは避けてくれないか。最悪の事態が起きた時、お前の身の潔白を守るために」


「それは重々承知しているさ。今、俺がお前に呼び出されたのは深刻な人生相談を受けたとでも思っておくよ。じゃあ、頑張れよ。何をするかわからないが……幸運を祈る」


「ああ」


 彼は私の二の腕を二回叩き、防護服を纏って〈冥門〉へと足早に戻って行った。この行き詰まりを知らない計画に私は恐怖すら覚え始めたが、ここの人間はちょっとやそっとのことで動揺しないということを再確認した気がする。最も恐るべきは異常なことへの慣れだ。


 とりあえず当たるべき人物には話をつけたので、私は地下保存室へと足を向けたが、緊急性を主張するブザーが鳴り始めて耳を傾けようとした時だ。これは出動命令の際に発せられるブザー音ではないことに気付く。途端に施設内の空気がざわめき、私の両脇を恐怖で顔を歪めた研究員が駆け足で過ぎて行く。何事だ?


 決して施設内で上がってはいけない悲鳴が付近から聞こえる。私は慌てて声の方へ駆けつけたが、予期せぬ光景がそこには広がり、動揺して喉に言葉が引っかかる。


 男が白衣を赤く染めてうつ伏せに倒れていた。それから、その目の前に突っ立っている若い男。右手には腹部を貫通するほど刃渡りが長い刃物と、恐らく被害者の血液だとは思うがそれらしき液体で濡れていた。自身が行った行為への怯えは見られず、真顔で、何故か堂々としていた。何度も肉体を突き刺したのか、真っ白のつなぎは返り血で汚れてしまっていて、細かいしぶきが顔にも付着している。短く、だが一部の髪束は長い暗めの藍色の頭髪、燃え滾る業火のような瞳は何も感情を露わにしない。初めて見る人物だが、危険であることは一目瞭然だ。

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