2-3

「アラランタ到着まで残り一一分。急ぐぞ」


 チームリーダーであるイーヴィルが言い、準備が完了した私達は空気汚染から体内の器官を守るために顔を覆うガスマスクをしてWMBを起動。通信状態を確認して三十秒が経過した時、開かれた〈冥門〉から三人のシニガミが飛び出した。


 外は夕焼け空と夕日の二つで真っ赤に染まっていた。どこまでも邪悪な黒に染まった荒れ地が広がり、退屈な景色が猛スピードで後ろへ流れていく。風の抵抗を減らすため直立の状態で頭から突き進む私達は、まるで獲物を捕らえようとする鷹が追突を恐れずに急降下しているようだ。


《ジンと接触まで六分三○秒。油断するな》


 イーヴィルの声は淡々としていた。喉に埋め込まれた声帯モジュールはとても人間に近い音声を発することができるまでに進化しているが、それでも人間独特の抑揚がいまいち表現しきれていないため、なんとなく冷淡な印象を受ける時がある。これも相手に非情だと受け取られる原因の一つだ。人間だった私達が今や人間に近付きたいと願うのだから、機械がいかに人間と異なるのか、どうしても越えられない壁がそこにはあった。


《ミサイルを探知、フレアを放出しろ》


 六分三○秒の時間は突風のように過ぎていく。イーヴィルの命令が無線で流れ、各自が身体に仕込んでいるフレアをばら撒いた時、大量の追尾ミサイルが虫の大群が群がるかのように放出されたフレアに向かって爆発する。その黒煙は視界を妨害し、晴れたと思った矢先、巨大な金属の蛇が大きな口を開けて突進してきた。


 私は速度を少し落としながら右側へ回避し、同時に左腕のブレードを出して〈セデルベルイ〉の高速移動の源となっている両脇腹のエンジンの一つを真っ二つに切り裂いてやった。ブレードは『デルタ粒子』という微細な金属物質で形作られていて、その量をコントロールすることでブレードの厚さや大きさを変化させられる。エンジンの直径は約十メートル。デルタ粒子を増加させ、ブレードの長さを一二メートルまで伸ばせば確実だった。


 エンジンが一つ破壊されたことによって〈セデルベルイ〉はバランスを崩し、全てのエンジンを停止させて数百メートルほど倒れ込むように地面を抉りながら滑って行った。ようやく停止したと思えばこちらを向き、その恐ろしい目をぎらつかせて私達を見据えていた。


 とても巨大な個体だった。今まで戦ってきた〈セデルベルイ〉とは比にならないほどの巨体とエンジンの数。全長は一体、何キロメートルだろうか……一度に発射するミサイルの量も尋常ではなかったし、この金属の塊を破壊するには骨が折れそうな作業になるだろう。


《こいつは大きいな。あまり時間をかけると、デルタ粒子の生成が追いつかなくなるぞ》


《わかってるさ、クライシス。全員、まずは全てのエンジンを狙え。逃走を阻止する》


「了解」


 返事をすると同時に私は残り九基のエンジンを確認し、まずは片側だけでも潰してしまおうと考えた。イーヴィルやクライシスもどうやら私と同じことをしようとしているらしい。二人とも右側に移動して、それぞれ両腕両脚のブレードを起動している。脚のブレードには劣化ウランが含まれたデルタ粒子が送り込まれていて、腕ほど自由に変形はできないが、相手に触れた途端に大きな爆発を起こすことができる。こちらの脚は通常のデルタ粒子で保護されているので、敵だけが大きな衝撃と高熱を受けることになる。これは一年前に導入された技術のため完璧に使いこなせていない部分もあるが、〈セデルベルイ〉相手なら何も気にせず練習台として戦える。だが、今回は最大級の大きさのため油断は禁物だ。


 視界の左上に表示されている数値が緩やかに減少と増加を繰り返す。これが私達シニガミのエネルギーとされるデルタ粒子の残量で、その下の数値が劣化ウランの残量。その下にはエネルギー供給率やエネルギー生成器の稼働率などが続いている。この巨体なら恐らく一戦が限界か。


 イーヴィルが先頭を切って動いたので私とクライシスもそれに続いた。土埃が風圧で舞い、〈セデルベルイ〉が金属的な咆哮を上げると地面が小刻みに震えていた。


 私達がエンジンに近付こうとする中、敵は全長数キロメートルに及ぶ身体に仕込まれたミサイルの発射装置の顔を全てこちらに向けた。何かが起動する甲高い音が一斉に鳴り始め、先程よりも倍以上の数のミサイルがそれぞれ三人を追いかける。残りのフレアを出すも間に合わず、大きく右へ旋回しながらミサイルの被弾を避ける。


 全て避けきったかと思えば、再び同数のミサイルが発射された。奴らは体内に蓄積した様々な金属と火薬などの物質で特殊な器官内にて数種類のミサイルを生成できる。それらの底が尽きるまで逃げ回ってもいいが、この巨体に溜め込んでいる量を考えると……あまり時間はかけられないので攻撃に移行しなければならない。


《俺が奴の気を引く。二人はエンジンをやってくれ》


 遠距離型の装備をまとったクライシスが両腕を変形させたデルタ砲を〈セデルベルイ〉目がけて撃ち始めた。私とイーヴィルはおとり役を彼に任せ、両脚のブレードに劣化ウランを含むデルタ粒子を送り、一気に敵に接近した。


 大量のミサイルが頭上を暗雲のごとく覆い、弧を描くようにして高速で動き回るクライシスを執拗に追いかける。着弾した際には震動と爆音が発生し、それによって戦闘が終わる頃にはここ一帯の地形が大きく変化してしまうだろう。そう考えながら私は右脚のブレードに送る劣化ウランの量を増加させ、前進しながら身体を捻り、回し蹴りがエンジンに直撃した。触れると同時に爆発し、更に二次爆発も起こして粉々に砕け散る。破片がこちらにナイフのように飛んできたが、防弾コートのおかげで身体に傷がつくのを免れた。あれらは私達の金属のボディに突き刺さることがあるし、時として重要な器官に損傷を与えるので厄介だ。そのため、この防弾コートは自らを守るために欠かせない。あの破片が動力源を貫通していたらと考えると、ぞっとしてしまう。


 反対側ではイーヴィルが一基のエンジンを派手に破壊。残るは七基。次へ取りかかろうとするが、〈セデルベルイ〉は何故か残されたエンジンを起動させた。そして、放たれる四回目のミサイルの嵐。クライシスは無数のミサイルを避けるのに必死で敵が移動しようとしていることに気付いていない。


《クライシス! 加勢してくれ!》


《……れ……ない……》


 イーヴィルが声をかけるが、雑音が大きすぎてクライシスの言葉がかき消されてしまっていた。どうやら多数のミサイルの相手をするだけで精いっぱいなようで、恐らくイーヴィルが何を言っていたのか完璧には聞き取れていなかったかもしれない。仕方がない、ここは二人で敵の逃走手段を奪うしかないみたいだ。


「イーヴィル、反対側に来て手伝ってくれ!」


《了解、任せろ》


 彼は私の作戦を察してくれたのか、WMBで上昇し、〈セデルベルイ〉の顔面を数回ほど蹴り飛ばした。敵は叫び声を上げていたが、私はその行動に目を丸くしていた。それからイーヴィルは私の下に来て胴体の左側に残った三基のエンジンを攻撃し始める。いや、まあ……最初の蹴りは不要だったが、結果的に敵は怯んで隙ができたので良しとしよう。


 私とイーヴィルは焦点が合わずにふらついている〈セデルベルイ〉の左脇腹に均等な間隔でへばりついている三基のエンジンを急いで破壊し、発進してもバランスが崩れてまともに進めないようにしてやった。予想した通り、奴は逃走を図ったが推進力が偏っているために左へ回転し、そのまま腹を見せるようにひっくり返るという状態となった。


 思いもよらぬ出来事にエンジンを停止して体勢を戻そうともがき始める。こちらとしては絶好のチャンスだった。これに気付いたクライシスも加わり、一斉に反対側のエンジンを使用不可能な状態にしてやった。黒煙が上がって周囲には細かい金属片が散乱する。もはや奴には私達と直接対決する選択しか残っていない。あれだけのミサイルの量を放っていたので残りもたかが知れていたし、予想していたよりも早く決着がつきそうだ。


 五発目のミサイルが巨体より放たれた。しかし、明らかに量が半分以下になっているのがわかる。溜め込んでいたミサイルの材料もとうとう尽きたか。


 一気に数が減少したミサイルを避けるのは容易だった。それから反撃しようと体勢を整えた時、予想にもしなかったものが目の前まで迫っていたので緊急回避したところ、私の身体は荒れ果てた硬い地面に叩き付けられることとなった。視界が激しく揺れ、見ている映像がぶれて、一時的に正常に機能しなかった。


《オースティン! 大丈夫か!》


 上手く映らない視界の中、イーヴィルの声だけが大きく聞こえた。私はうつ伏せなのか仰向けなのかもわからず、ただもがくしかできなかった。


 何が起きたのか私はわかっていた。これまでの個体では決して見られなかったので完全に油断していたのだが、奴の尾の先が銃口に変形し、そこからプラズマ弾を発射してきたのだ。〈セデルベルイ〉はそれらを音もなく行っていたため、反応に遅れてこのざま。とっさの判断でなんとか直撃は避けられたが、別の部分の損傷を受けてしまった。回避するのに瞬時に加速してそのまま転んだものだから頭部に強い衝撃があり、それが原因で頭の内部のどこかがおかしくなったようだ。


《オースティン!》


「大丈夫だ。気を付けろ、また来るぞ」


 自分で荒れた視界を調整し、なんとか物体の焦点が合ったところで起き上がり、ミサイル群の次はプラズマ弾の猛攻を避ける行動に移行した。


 一発のプラズマ弾は巨大で、膨大なエネルギーの塊だった。仕組みはわからないが、着弾点に何故か謎の電磁波が発生し、それに近付くとデルタ粒子の残量数値が恐ろしい早さで減少していく。こちらのエネルギー生成が追いつかないくらいにごっそりと。終わらない敵の攻撃で、現段階のデルタ粒子の残量は五分の一以下まで減ってしまった。このままではこちらの消費が激しすぎて最終的には私達がエネルギー切れを起こし、活動停止に追い込まれてしまう事態になる……それはさすがにごめんだ。


 その後、プラズマ弾は止まることを知らずに発射され続けた。ただ、連続発射は不可能なようなので、タイミングを合わせては接近し攻撃を加えて距離を取るというヒット・アンド・アウェイの戦法で地道な攻防戦が繰り広げられた。だが、疲労はお互いに感じないのでこのままでは延々と、終わりの見えない戦いしかないのでは、と考えた。


 〈セデルベルイ〉は常に身体をくねらせるように動き続け、途切れることなくプラズマ弾を放ってくる。もしやとは思ったが、時間が経過していくうちにそれは確信へと変わった。奴は運動エネルギーを発生させて体内で絶えずプラズマを作り続けているに違いない。動きを止めないのはそれが理由だ。私のデルタ粒子は赤い数字で三桁になっているし、この戦法を続けても平行線で埒が明かない。


「イーヴィル、もうデルタ粒子はあてにならないぞ! このまま減少が続くとWMBへの供給も途絶えてしまう!」


《わかっている! 早くコアを見つけないと……》


 悪態をつくイーヴィル。WMBを維持するのに精一杯で、脚を保護するだけのデルタ粒子はなく、劣化ウランを使用する脚のブレードはもはや飾り物と化している。腕のブレードも機能していないので、私達の攻撃手段はかなり狭まってしまった。もはや原始的に殴りかかるしかない。


 まずは一向に見つからないコアの場所を探し当てる作業から始まる。コアとはジンの動力源であり、人間で言うならば心臓と脳の部分に相当し、あれを失うとジン達は行動不能となり全ての機能を停止させる。生き返ることもなく、ただの金属のスクラップ同然となるのだ。


 コアの位置は個体によって異なる。頭部の中や胸部が主だが、〈セデルベルイ〉のような体格をしているジンはコアを身体の中心部に隠す傾向がある。とはいえ、全長が四キロメートルほどもある巨大な身体から、たった一つのコアを探し当てるのは困難を極める。数打ちをする余裕もこちらにはないので、敵を見極め、ピンポイントで確実に破壊しにいかなければ。


 私は視界を赤外線に切り替えた。常に発生している熱でコアの位置を特定しようとしたのだが、全身で生成されているプラズマが邪魔をして全てが白く光って見えた。これではコアの在り処は掴めない。


「イーヴィル、どうやら私は頭部を損傷したようだ。デストロゲニックを感知できない」


 通常は三つに切り替えられるものを私は一つしかできなくなっていた。デストロゲニックはジンのコアの主成分とされていて、それがどうやって金属に生命を与えたのかは不明で、いくら研究を重ねても全く解明できない未知の成分である。触れるとどんな金属でも錆びるだとか、あるいは溶かしてしまうだとか、未知であるがゆえに様々な噂が飛び交っている。ただ一つわかっているのは、それには可燃性があること。つまり火気厳禁なのだ。にも関わらず、敵はプラズマや火薬を使用している。察するにコアにはそれらを遮断する何かがあるのだろう。


《気にするな、それに切り替えても膨大な量のプラズマが妨害して俺達もわからない。だが、プラズマを生成する器官は特定できたぞ》


「それを破壊する手段は?」


《体内だからな、今の状況では難しい。下手に手を出すと溜まりに溜まったプラズマを浴びることになる》


《それなら》クライシスが口を挟む。《奴の銃口にそこらの金属片を詰めてしまえばいいんじゃないか? 出られなくなったエネルギーが体内で爆発を起こして自滅する。上手くいけばな》


《これじゃあ超科学もあったもんじゃない》


「時には原始的戦法もいいだろう。むしろ、それが良い時もある。デルタ粒子が尽きかけた今、私達にはそれしか残されていない。四の五の言っていないで行動あるのみだ」


《わかった、わかった。各自で散らばった金属片を集めて塊にしよう。銃口の直径は?》


《そうだな……五メートル弱だ》


《そんな大きな塊を作るくらいなら、銃となっている尾を切り落とした方が早い》


「イーヴィルの言う通りだ。私が気を引くから二人でなんとかしてくれ」


 返事を聞く間もなく私は両脚の太ももの中に収容された補助武器を手にして撃ちだした。小さな銃で、これにはレイステン製の弾丸が使用されている。弾数も少なく威力も不足しているが、これはあくまでも補助武器なので問題はない。相手の気をこちらに向けることができればいいのだ。


 青白いプラズマ弾が容赦なく私に襲いかかる。高熱のそれは地を抉るだけでなく無機質の地面を液体化させてしまう。こちらにもそれなりの耐熱加工が施されているが、まともに当たれば命の保証はない。私自身が熱を感じることはないとはいえ、赤外線で見た時の敵の身体は真っ白だったので、見るからに危険だと判断できる。生身ではないサイボーグの身体であっても、むやみに突撃するなんて愚かなことはしない。思考が単純で嫌味なくらいの自信家なら話は別だが。


 私が必死で動き回っている中、イーヴィルとクライシスはプラズマ弾を発射し続ける尾の切断に苦戦していた。プラズマの熱に加えて尾は常に高い位置にあるので、空中という不安定な舞台で戦わなければならなかった。時折〈セデルベルイ〉は尾を大きく横払いすることで私達を近付かせないように攻撃をするため、思うように作業が進まなくて全員が苛立ちを覚え始めた。そのせいで無謀な行動が増え始め、攻撃の精度にも影響が出ているようだった。雑さが目立っている。

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