2-4

「みんな落ち着け。このままじゃあ相手の思うつぼだ」


《じゃあ、どうしろっていうんだ?》言葉の全てが刺々しいクライシス。《自爆でもすれば希望は見えるかもな》


《冗談はよして冷静になれ、クライシス。恥をかくのはお前なんだぞ》


 イーヴィルに鋭い指摘を受けてクライシスは黙り込んだ。私達は戦闘を終えて帰還した後、脳内プロセッサーが録音した通信記録をアルバの研究者が必ず確認することになっている。私達がBチームと呼ばれるのは、この感情が露わになっている人間らしい会話のせいだ。シニガミになりきれていないことが劣っているというのだ。まあ、だが……間違ってはいない。シニガミは既に人間ではない。冷酷、冷血、無感情であるべきだ。しかし、私達は人間らしさを失うどころか人間に近付こうとしている。怒りや悲しみなど多くの感情が表に出てきてしまう。私達はそれらを捨て切れていない。だから、劣っているなどと嫌味を言われるのだ。


「自爆か……」私は考えた。「こちらの手でコアの破壊が無理なら、奴自身に破壊させよう。その言葉の通り、自爆してもらう」


《自爆? 奴を相手に可能なのか?》イーヴィルの声に疑問が滲む。《そんな話、聞いたことがない》


「奴が延々と作り出すプラズマを利用するんだ。三方向から接近するふりをして、奴を強制的に運動させる。休む暇もなくな。そうすると、あのプラズマが大量に生成され、いずれは蓄積の限界を迎える。あれだけの高熱を伴っているんだ、コアも無事じゃあ済まない。内側からの巨大なエネルギーに耐え切れなくなってオーバーヒートを起こし、可燃物質を含むコアが溶け始める。そこに残り少ないレイステン製の弾丸を撃ち込めば、たちまち引火して大爆発。さあ、どうだ?」


《乗った》イーヴィルが賛成する。《あとはどれだけ俺達が動き続けられるかだな》


《なんとかなるさ。やろうと思えば》


 途端に強気になったクライシスが単騎で〈セデルベルイ〉に突っ込んだ。私とイーヴィルも負けずと続き、相手の標準をかく乱させるために自分の視界が追いつかないほどに動き回った。尾から放たれるプラズマの塊は同じように私達三人を狙い続け、敵もこれでもかと移動する。これは長くは続かない。デルタ粒子の残量は生成量と減少量が同等、それでもやはり減少が多く、これ以上の戦闘の続行はかなり厳しい。こちらが先に燃料切れで停止するか、奴がオーバーヒートを起こすか、確率論で結果を予想するのは既に無理だろう。オーバーヒートの予兆を的確に見極めなければ。


 常に視界は赤外線に固定し、敵の狙いが私から外れたら少し落ち着いて発熱の状況を観察する。〈セデルベルイ〉の全身は前にも増して真っ白になり、熱が体外にも漏れ出してきて……よし、意外にも簡単に止まった。大量の蒸気が身体のあちこちから煙のように上がっていて、敵はぐったりと地に這いつくばっている。あとはあの蒸気を目印に弾丸を撃てば私達の勝利だ。


「撃て、クライシス!」


 射撃精度に優れた彼はかなり離れた場所から補助武器を構え、一息ついて、ためらわず発砲した。高速で回転しながら突き進む弾丸は一直線に〈セデルベルイ〉の身体のわずかな隙間に正確に吸い込まれ、着弾点を中心に今までに見たことがないほど大きな爆発を起こした。大小様々な金属片が飛び散り、襲いくる爆風に姿勢を低くして耐える。


 それからは小さな爆発を何度か起こし、聴覚が拒絶しそうな金属音が悲鳴のように鳴り響いた。〈セデルベルイ〉は力なく倒れ、自らが破壊した身体が崩壊していくのをただ黙って待っていた。命を失い、形を失い、ただのスクラップとなった奴の身体はここに放置され、また別のジンが亡骸を食って掃除し、そのジンが再びアラランタを襲う……いくら私達がジンを排除しても、亡骸を処理できるスペースも施設もない今、負の連鎖を食い止める方法は確立されていない。命令されるがまま、私達はジンを殺し続けるしかないのだ。


「コアの欠片は残っているか?」


《あの爆発だ、粉々に砕け散っているかもしれない。無駄かもしれないが……探すだけ探してみよう》


 イーヴィルとクライシスはデストロゲニックに視界を切り替えてわずかな希望の探索を始めた。私は頭部の損傷によってそれが機能しないので、二人の作業を見守ることしかできない。WMBを使わず足で地面を踏みしめ、ゆっくりと周囲を見回しながら黒こげのスクラップを一つ一つ確認していく。


 先程までの騒音がまるで嘘のように静まり返っていた。風が吹き抜ける音、土埃が足元をすり抜けていって、一人のシニガミが棒立ちになり、もう二人のシニガミがゴミくずの荒野から宝物を探し当てようとしている。金属片はかなり広範囲に散らばっており、全てを確認し終えるまで時間を要する。この時間は使って正解か、不正解か、それはわからない。アルバの研究員なら、何がなんでもコアを回収しようとするだろう。反対にAチームのメンバーなら状況から判断して時間の無駄だと言うかもしれない。内容を重視するか、それとも効率を重視するか。人それぞれだが、機械は機械であり続けなければいけない。だから、私達も効率を優先すべきだった。今回の命令はジンの破壊のみでコアの捜索なんてどこにも含まれていないため、今行っている作業は不必要だ。けれど、少しでもジンの研究に役立てられれば、という思いから不必要な作業をしていて、見つかればアルバの研究者は大いに喜ぶだろう。誰かの役に立ちたい。その思いは人間らしいものであり、私達シニガミには不要な部品。落ちこぼれ、なりそこない、劣ったもの。もし、私達が本物の人間であればアラランタの市民やアルバから多大なる賞賛を受けるが、サイボーグ相手にそんなものは必要ないと誰が決めつけたのだろう? シニガミだって元々は人間なのに。人間らしさが残っていて何が悪いのだろう。十年が経過しても、未だその理由は見つかっていない。いや、見つけたくないのかもしれない。その理由はなんだか私自身を否定しそうな気がしてならなかった。あの時の選択そのものを。


《おい、あったぞ》


 約二○○メートル先でしゃがみ込むイーヴィル。クライシスと私は駆け寄って彼の視線の先へ目を向けた。金属のがれきの下敷きになっていた、親指ほどの青い結晶のような欠片。細かいひびが無数に走っていて、風が触れただけでも砕けてしまいそうだった。光沢は皆無で煤で黒く汚れて、見るも哀れな状態だ。これがコアのほんの一部。金属生命体ジンの命で、研究段階の我々が必要としている物質。いつもはもっと高度な進化を遂げた個体に限り回収を命令されるが、私達は毎回、持ち帰られる状態だった場合は必ず手に入れて帰還する。その行為を余計だと言う者もいるが、どんなコアだろうと結果的に研究材料となるのだから気にしなかった。何もかも自己満足だ。私達がそうしたいのだから、多少の自由は許してほしかった。


《慎重にな》


《わかっているから口を挟まないでくれ》


 ピンセットと小さなカプセルを持ったクライシスがコアの欠片を回収しようと試みていた。慎重に、なるべく刺激を与えないように優しく、かつ手早く作業を終わらせなければいけない。脆弱なものにとっては全てが敵だ。風も日光も温度も湿度も全て。早くそれらから守ってやらねばならない。


 右手に持ったピンセットの先がゆっくりと欠片に近付く。ゆっくり、ゆっくり、空気が乱れない早さで欠片に触れる。包み込むように挟み、地面から持ち上げようとした時だ。一瞬だけ加わった重力の違いによって爆発で脆くなっていた欠片は金槌で粉砕されたように地面に落下。だが、それでも希望は残っていた。粉々になったとはいえ、まだ道具を使って回収できる大きさを保持していたのだ。幸運だった。


 その後は目立った問題が発生することもなく、無事にコアの欠片を採取用カプセルに収めることができた。腰の小さな道具箱から少量の綿を取り出して、震動で互いを攻撃し合わないようそれを空いたスペースに詰め、更にピンセットとカプセルを専用の箱に入れて道具箱の蓋を閉じた。これで回収作業は完了だ。


「一時はどうなるかと思ったぞ」


《結果が良ければ途中の問題なんて気にすることじゃない。だろ?》


《お前らしいよ、全く》


「下手に喋るな。新たなジンが私達を探知する前に戻ろう」


 既に戦う武器を失っていた私達は、ようやく帰路につくことができた。疲労はないが、気力はもうほとんど残っていない。私は早く頭部の損傷部位を修理してもらいたくて仕方がなかった。自分だけ何もできないという状況に耐えられなかったからである。


 行きよりも抑えた速さで研究施設の〈冥門〉に到着し、クライシスがアシスタントの一人にカプセルが入った箱を渡すと、そのまま私を含めた三人は隣のリペアルームに連れて行かれてそれぞれ装置が横付けされた椅子に身体を預けた。後頭部の隠されたジャックにケーブルを繋げ、見たもの、聞いたもの、喋ったことの記録をコンピューターに送信され始める。私達にとっては一瞬だが、その時だけは意識を遮断される。同時に修理も行われるからだ。失ったデルタ粒子やその他武器の弾数などが補充され、全身のメディカルチェックから故障部位の修理、その間にデータの送信が終了し、意識が戻された私達はシニガミを指揮する人物の下へ報告に向かう。


 リペアルームを出て、エレベーターで四階に上がる。ドアが開くと、すぐに隔たりがない一体化された広々とした部屋が視界を埋める。その奥のデスクにシニガミを統括する人物は座っていた。静かに目の前のモニターに目を通し、音声が左右に置かれたスピーカーから流れていた。どうやら早速、私達が記録していた戦闘中の映像を確認しているようだった。三視点がモニター内で三分割になって同時進行している。


「今回はまともな戦いができたようだな、Bチームの諸君」


 シニガミ統括のブラッドリーからねぎらいの言葉はなかった。彼らには機械をねぎらうなんていう考えなどない。私達はただの駒だ。働くのが当たり前だ。そのために作られたのだから。


「相変わらずお喋りが過ぎているが……まあ、成果に免じて大目に見てやろう」


 私はこの偉そうで事務的な態度にいつも腹が立っていた。短いブロンドの髪の毛に白い肌、髭が完璧に剃られていてプライドの高そうな碧眼はいつも私達を見下している。特にBチームに対しての態度はとにかく雑で、Aチームへの態度とは雲泥の差がある。技術や挙げている成果に関してはほぼ同等だというのに。


「自由行動だ。下がれ」


 もうこれ以上は何もないとでも言いたげに右手で追い払うしぐさをするブラッドリー。この流れにすっかり慣れていた私達は踵を返し、湧き上がる憤怒の感情を隠しながらエレベーターで一階に戻る。私達が任務中の出来事を直接口にして説明することはない。全てデータとして抽出され、彼らが実際にそれを見るので私達の話など必要ないのだ。私達は戦い、傷付き、全てを犠牲にし、守られた施設の中で優雅に座っているだけの彼らにデータを提供するのが仕事。私はそのことを承知した上でシニガミとなった。そうだったはずなのに……。


苛立ちを隠すのは簡単だったが、この時、私達の中で恐ろしいものが渦巻いているとは思いもよらなかった。日々の積み重ねが、とうとう土を裂いて顔を出そうとしていたことに。

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