第13話 リザードマンと一緒2


「急いで捜索隊を編成して探しに戻らないと……」


 シズオが湿地帯でルフに攫われてしばらく経った後、ナシャルはミオラの街に戻っていた。日が暮れ始め、これ以上の捜索は無理だと考えたためである。

 しかしナシャルは自分でそう言いながら、それが難しいことをわかっていた。


 まず湿地帯は往復で一日かかる距離のため、街にいる騎士を簡単に借りだすわけにはいかない。それにただ捜索するだけではなく、最悪ルフとリザードマンを相手にしなければならないのだ。そんな事をただ一人のために行うことはできない。だができなければ、シズオとは永遠の別れ。そしてシズオの持っている魔法を無力化する魔道具とも別れることになる。


「一体どうすれば……」


 街のはずれでどうすることもできず思案していると、一人の女性がナシャルの目に入った。黒い髪をなびかせながら杖を片手に歩いている。ナシャルにとって忘れもしない、ミオラの森で出会ったときは素っ裸だったあのネトリアと呼ばれていた魔法使いだ。

 その魔法使いは革鞄に木片やらなめし皮やら、ミオラの街を巡って手に入れたであろう材料を眺めながら満足そうに歩いていた。


「魔道具と薬に使う材料も買ったし、そろそろ寮に帰ろっかな~」

「おい、そこの魔法使い」

「はいはい、なんすか~? ぬおッ!!」

「待て、逃げるな」

「あの時はすいませんっした! もうしないんで牢屋送りはご勘弁を!」


 首根っこを掴まれて逃げ場をなくしたネトリアは、周囲の何事かと思う目線をまったく気にせず、光の速さで謝罪した。

 しかしナシャルはその謝罪を生返事で適当に受け流す。


「ああ、もういい。それよりも今厄介なことを抱えていてな、実はシズオが南東の湿地帯で行方不明になった」

「えぇっ!? シズオ君が!? って誰?」

「名前を聞いていなかったのか? 森で一緒にいただろう」

「あー、あの時の怪物マニア君か。湿地帯ってことはリザードマンでも見物しに行って迷子になったとか?」

「その通りだ」

「その通りなんだ……」


 ナシャルはこれまでの経緯を説明した。特にルフとリザードマンの危険があることと、騎士団にはさける人員がいないことなど。それを黙って聞いていたネトリアはある懸念を示す。


「討伐が目的じゃないなら何とかなりそうだけど……さすがに魔法使いがもう少し欲しいかな」

「なんとかなるのか?」

「自慢じゃないけど魔法は得意だからね。森での一件から私も修行を積んだってわけですよ。で、魔法使いもう一人、何とかできそう?」

「それならちょうどいい奴がいる。ついてきてくれ」


 二人は騎士団の駐留所へと場所を移した。

 騎士団の駐留所、そこには牢が設置されており犯罪を犯した者や疑わしい者を一時的に拘留する目的で設置されている。ただ牢と言っても厳重な鍵のかかった部屋のようなものだ。

 その最奥の牢の前でナシャルは立ち止まると、扉に付いた小窓から中を覗き込み声をかける。


「おい、いつまでそうしているんだ? いい加減外に出たらどうだ」


 すると扉の中からけだるげな少女の声が返事をした。


「う~ん、あと五年……」

「勝手に刑期を伸ばすな。それに厳重注意で終わったはずだろう。なんでまだここにいるんだ」


 ナシャルは鍵のかかっていない牢を開けて、中から一人の少女を引っ張り出す。少女は眠そうな目でナシャルをにらみつけるも、ナシャルは全く意に介さず駐留所内の椅子に座らせる。


「彼女はユト。魔道具店の無許可営業と街中でのゴーレム無許可使用で拘留されていたんだ。未成年ということもあり厳重注意と店の営業停止で今回は済ませたんだが、なぜか帰ろうとしなくてな」

「店がなくなったら生きていけない」

「だからって牢に住むことはないだろう」


 ナシャルのツッコミもむなしく、ユトは欠伸で返事をした。


「ユト、力を貸してほしい。実はシズオがな――」


 興味があるのかないのか、ユトは眠そうな目でどこかを見ながら適当に相槌を打ちながら聞いていた。ナシャルの話が終わると、ユトはゆっくりと口を開く。


「シズオって誰?」

「お前もか。店で働いていた、ほら、死んだ魚みたいな目をした」

「あ、店員一号」

「それで、どうだ。協力してくれないか」

「じゃあ条件。店の許可ちょうだい」

「うっ、そうきたか……」


 ナシャルが思い悩んでいると、ネトリアがニヤついた笑みを浮かべながら耳元でささやいた。


「この年で魔道具とゴーレムを作れるってことはこのモフロリ相当腕が立ちますぜ。怪物相手なら連れていくべきかと」

「うーむ……わかった。営業許可は何とかしよう」

「よろしく」

「よし、夜明けと共に出発するぞ」


 そんなわけで、たった三人のシズオ救出部隊が結成された。


 気合を入れ直しているナシャルを他所に、ユトとネトリアは顔を寄せ合う。


「普通一人のために湿地帯まで行くと思う? なにかありますぜこれは」

「恋人……には見えないから、シズオが弱みを握ってるかそれだけの価値があるとか」

「うむ、到着するまでに聞き出すとしますか」


 騎士の背中を見ながら、二人の魔法使いは不敵に笑った。



 ***



「うっ……俺生きてたのか……」


 体中の痛みで目が覚めた。まだ俺が生きていることに驚きだ。

 どこかの洞穴だろうか、周囲は天井も壁も全て削られた岩だ。入口らしき大きな穴からは松明による光が差し込んでいる。

 状況から整理すると、誰かが気絶した俺をこの洞穴に運んでくれたのだろう。しかも、俺が寝ているのは藁が詰め込まれた大きな革袋の上。洞穴の中には質素だが文明を感じさせる木組みの箱や壁に掛けられた布に描かれた抽象的な絵のような物。木の実や魚が紐に括られて天井からぶら下がっているのも見える。


 俺を助けてくれた人物の推察が終わる前に、その本人が光を背に俺の前に現れる。

 リザードマンだ。藍色の鱗を全身に纏ったほっそりとした姿で、頭から尻尾までは二メートル強ほど、立ち上がったときの大きさは俺と同じ百六十センチ程度だろう。手は人間の様に五本指。しかし鱗に覆われて、短めの尖った爪が生えている。足は体格の割には細いが、バランスは尻尾で取っているのか風も無いのに揺れていた。


「クアァ」


 リザードマンが鳴いた。何を言っているのかは全く分からない。

 だが、起き上がろうとする俺を見て速足に駆け寄ると、俺の手や足をぺたぺたと触って、今度は少し高い声で「クルル」と鳴いた。どうやら敵対心は無いようだ。


 と、ここで俺自身の姿を再認識した。そうだ、俺はリザードマンそっくりのリザードマンスーツを着ているままだった。この姿を見て、おそらく目の前にいるリザードマンからは本物だと思われて、助けられたのだろう。

 しばらく俺を見ていたリザードマンは、また洞穴の入り口の向こうに消えてしまった。


 洞穴の中には、干した食料や寝床の他に、祭壇のようなものがある。最も目立つ場所には一本の牙が、そしてその両脇には黒い鉱石で出来たナイフと板と革を何重にも重ね合わせた木盾。少しの食料と小さな水晶が平たい皿の上に盛られている。

 寝床や置いてある物は二人分、だが洞穴内には他のリザードマンの姿は見えない。考えられるのは、介抱してくれたリザードマンのパートナーは留守なのか、それとも祭壇に飾られているのがそうなのか。


 俺を置いてどこかに行ってしまったリザードマンは――呼びにくいな、石竜子からとってリュウコとでも呼ぼう。なんかほっそりしていてメスっぽいし。リュウコは俺の様子を見てどこかに行ってしまったまま帰ってこない。喉を鳴らして何か伝えてはいたみたいだが、当然俺はリザードマン語なんてわからない。


 結局逃げ出すわけにもいかず、横になって待っているとリュウコが返ってきた。その後ろには数体のリザードマンの姿が見えた。どの個体も全身傷だらけで、大きく黒々とした鱗に覆われている。体格もリュウコより一回り大きい。白みがかった腹には、入れ墨を思わせる何かの模様が描かれている。今いる場所がリザードマンの集落だとすると、長などの権力者とみて間違いなさそうだ。


 リュウコはその体格の大きいリザードマンに大きな白い羽を見せた。その大きさからルフの物だと分かるが、俺とルフの羽を交互に指さしている。やがて一体のリザードマンが唸るような低い声で鳴き始めた。


「グゥ」

「グルウ」

「グ?」

「カァ」


 なにか話あっているようだが、さっぱりわからない。こんなことなら、異世界言語ではなくリザードマン語を神様に教えてもらえばよかった。

 やがて体格の大きなリザードマンたちは、話がまとまったのか洞穴から出ていった。リュウコはその場にへたり込んでいる。その様子から俺の処遇を決めていて、何とか滞在を許可された。と考えるのはさすがに楽観的だろうか。だがリザードマンスーツのおかげで、穏便に進んでいると言ってもいいだろう。


 リュウコは立ち上がると、また洞穴から出ていった。しかし今度は湯気の昇るこんがりと焼けた魚を持ってすぐに帰ってきた。

 焦げた表皮からホクホクとした白身が出ている。リュウコはそれを俺の前に置くと、一歩下がる。食べろということだろうか。

 手を伸ばし魚を掴む。リュウコはじっとその様子を見ている。

 一口食べる。泥臭くて味がしない。だが、空腹には耐えられず、矢継ぎ早に口へと押し込めた。その間リュウコは黙って俺を見ていた。


 その後、魚を食べ終わると急激な眠気に襲われ、横になった。リュウコは離れたところで、生の魚を丸のみにしていた。自分の食事を後回しにするとは健気な奴だ。


 夜もすっかり更けているようで、リュウコも俺の隣にある寝床へとやってきた。

 言葉も通じないリザードマンと寝床を共にする。まさか異世界に来て最初に添い寝をする相手がリザードマンだとは思わなかった。ちなみにトカゲの交尾はオスがメスの頭や前足を噛み、体全体を絡めるようにして行う。なにを考えているんだ俺は。


「クゥ」


 リュウコが何か言っているようだったが、さすがに返事をするわけにもいかず、俺は黙って目を閉じた。

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