第12話 リザードマンと一緒1
準備はできた。
バックパックには大量の食料とサバイバルに必要そうな道具類を詰め込み、腰のベルトに取り付けた小さい革カバンにはユトの魔道具屋でバイト料として貰った魔道具。そして何日も夜なべして作った秘密兵器。その名もリザードマンスーツ。
旅用の軽装着を改造し、リザードマンそっくりに仕上げた着ぐるみだ。擬態をすることによって近距離での観察を可能にする。頭の部分は取り外し可能にすることで、人間に会っても攻撃されることはない優れモノだ。
目指すはミオラの森の南東にあるという海まで続く湿地帯。そこにはリザードマンが住むと言われている。
リザードマン。良い響きだ。数々のファンタジー物に出てくる怪物で、名前の通りトカゲと人を足して二で割ったような姿をしている。どの作品でもある程度の知能があり、武器や魔法を扱う。そしてこの世界でもそれは同じようだ。
最後の荷物確認をしながらふと笑みがこぼれる。これからようやく本格的な怪物観察ができると思うと、いてもたってもいられなくなってしまうのだ。
さて、準備は整った。ちょうど朝日が窓から差し込んでいて、出発するにはすがすがしいほどの絶好のタイミングだ。俺は扉を開け、出発を祝うかのような朝日を全身に浴び――
「奇遇だなシズオ! こんなところで会うとは」
「…………」
浴びることはできなかった。ブロンドの髪と金属の鎧をキラキラさせながら、爽やかな笑顔をした女騎士が立っていたからだ。
「ん? どうした?」
「まず家の前で会うのは奇遇とは言わない。それから俺の家の前をこんなところって言わないでほしいです」
「それもそうだな、すまなかった」
なぜナシャルがいるのだろうか。なにか約束でもしただろうか。俺の頭の中を探ってみるも、特に答えは見つからない。そうしている間に、ナシャルは俺の服装を見て何かに感づいたようだった。
「どこかに出かけるようだが、聞いてもいいか?」
「止めないなら」
「いやダメだ。騎士として民を危険にさらすわけにはいかない」
こうなってしまうともう逃げることはできないだろう。というか俺ここの民じゃないけど。
「湿地帯まで……」
「何の目的で?」
「リザードマンに会いに」
「はぁ……」
頭を抱えながら、お手本のようなため息だ。
「そのおかしな格好で何をするかと思えば、はぁ……」
「どこもおかしくないだろ。革を雫型に整形して何枚も張り合わせて再現した鱗に、爪と牙は木を削って丁寧に再現した自信作だ」
「うむ、手先は器用なんだな。いや違う、出来栄えの方を指摘したんじゃない」
ナシャルは神妙な面持ちで俺の目をのぞき込む。
「リザードマンに会うというのは危険な事なんだぞ。奴らは知能はあるらしいが怪物だ、もし襲われでもしたらどうするつもりだ」
「会うと言っても遠くから観察するだけだし……貰った魔道具だって持っていくからそこまで危険じゃない……はず」
俺はバックパックに詰めていたユトからもらった魔道具をナシャルに見せた。炎を噴き出す投げナイフが三本。土の壁を生み出す魔道具二つに、激しい閃光を放つ陶器製のフラッシュバンのような魔道具まである。ユトは末恐ろしいロリである。
「いくら魔道具があると言っても、今はあの一帯は特に危険になっているんだ」
「危険になってる?」
「最近あの辺りでは、ルフと呼ばれる怪物の目撃情報がある。襲われた商人の話によれば、馬車と馬2頭を丸ごと掴んで持ち去っていく巨大な鳥のような奴らしい」
ルフ。確かロック鳥という別名もある中東やインド洋地域に伝わるでかい鳥だ。象を掴んで飛べるという逸話なら聞いたことがあるが、まさに噂にたがわぬ怪物っぷりだ。ぜひ見てみたい。
「おい、目を輝かせるな……」
俺の目を見たナシャルはそう言いながらため息をつくと、人差し指を突き立ててこう言った。
「お前にこれ以上言っても意味がないことが何となくわかった。だから条件を出す。この私も連れて行って、ルフが出た場合は私の指示に従うこと。これさえ守ってくれれば湿地帯に行くことを認めよう。どうだ? 守れるか?」
まるで小さい子に言い聞かせるような態度に不満だが、ナシャルの瞳は有無を言わさない力強さだった。その目力に負け、俺は首を縦に振った。
***
湿地帯までの道のりはミオラの街を南下し、ミオラの森を抜けた辺りにある大きな川沿いに東に進路を取ると見えてくる。何本もの川が合流する地点から海まで続いているようで厳密に言えば湿地帯が半分、もう半分は干潟だろう。
森を抜けるまでは徒歩で移動し、川に付けば小舟が出ているらしい。
「湿地帯の入り口まで、二人頼む」
何艘もの小舟が浮かぶ船着き場へとやってきた俺たちは、小舟の上で暇そうにしていた運送人の男に話しかけた。
「今湿地帯に行くとは、変わったお客さんだね。見たところ、騎士様と……鱗を着た兄ちゃん? どんな組み合わせだ?」
男は俺のリザードマンスーツに戸惑いながらも、ナシャルの姿を見て声色を明るくした。
「もしかして奴の討伐に来たのか? 奴のおかげで仕事が減っちまって困ってたんだ。船なら無料で良いぜ」
男は騎士が怪鳥ルフの討伐に来たと思ったようだ。
(無料だって。討伐ってことにすれば?)
(彼に嘘をつけというのか?)
(偵察ってことにすれば嘘とは言わないんじゃない?)
(お前というやつは……)
「お客さん方? 乗らないんですか?」
「いえ、乗ります」
俺は納得のいっていないナシャルの背中を押して船に乗せた。ゆっくりとした川の流れに乗って、船は湿地帯を目指して漕ぎ出した。
一時間もしないうちに川が開け、景色がどことなく変わる。乾いたような空気は一変し、じめじめとした湿気が肌にまとわりつく。
「ほら、見えてきたぞ」
目の前には、草原の所々に大きな水たまりができたような巨大な湿地が広がっていた。船から降りて足首までの高さの草原を踏みしめると、地面がわずかに沈み水がにじみ出てくる。点在する水辺には、大きな水鳥がわが物顔で歩いていた。異世界特融の怪物なんかは見当たらないが、それでも日本にいたころには全く旅行などに行っていなかった俺にとっては、息をのむほどの絶景だった。
ナシャルは目を凝らして辺りを見回すと、首をかしげる。
「うん? おかしいな、前に来たときは水牛なんかが群れになっているところが見れたんだが」
ナシャルさんがフラグのようなことを口走っている。
「ではお二人さん、よろしく頼みますぜ!」
そう言うと男の乗った船は上流に向かって漕ぎ出した。早く離れたいのか、ものすごいスピードで川をさかのぼって見えなくなった。
俺たちは川から離れると、比較的地面が安定した場所へとやってきた。
「で、これからどうするんだ?」
リザードマンスーツの頭部分を装着した俺にナシャルがそう問いかける。
「まずはキャンプを張って拠点を作る。それからリザードマンの集落を探す」
「そうか。怪物のこととなると本当に手際が良いんだな」
そう言ったナシャルの鎧は入念な手入れと強い日差しが相まってキラキラと光っている。湿地帯では目立って仕方がない。リザードマンの観察の時には離れていてもらおう。
「なんか急に空が暗くなったな」
「太陽が雲に隠れただけだろう。まさかルフが現れるなんてこと早々起こらないさ。それこそ良く目立つ目印でもない限りはな」
そう言いながら、ナシャルの銀色に輝く鎧は陰った中でも良く目立つ。
「これはもしかすると――」
上空を見ると、大きな白い雲が一筋流れている。その雲はどんどん大きくなって、近づいてきているようだった。どう考えても、ルフの登場だ。
巨大な翼は端から端まで少なく見積もっても三十メートル。馬を鷲掴みに出来ると言われるかぎ爪は三日月のように鋭利な形で、一本一本がまるで曲刀だった。真っ白い雲のような色の羽が全身を覆い、黄色い目玉と嘴がまっすぐこちらを見ている。そのルフが、上空から滑空してきていた。
「まっすぐこっちに向かっているぞ!」
「まずは回避だ!」
流石のナシャルもその巨大さに圧倒されたのか、すぐさま湿地へと這いつくばった。そのとたんにルフが俺たちのすぐ上を飛んでいって、湿地帯の草やら水やらあらゆる物を巻き上げていく。まるで台風の中にいるようなものすごい暴風が通過していった。
「シズオ! 大丈夫か!?」
「俺は何とか……」
通り過ぎていったルフを見ると、空中で旋回していた。まだこちらを狙っているようだ。
「それにしてもなんで私達が狙われてるんだ」
「さあ、腹が減ってるんだろ。見たところここら辺には水鳥しかいないみたいだし」
「でも私は金属鎧を着ているんだぞ、どう見ても食べ物には――」
ナシャルが俺を見て固まっている。
「俺の顔に何かついてるのか?」
「いや。だが全身に鱗がついていてまるでリザードマンそのものだ」
「そりゃ何日もかけて作ったからな。本物のリザードマンに近づけたつもりだ」
「そのかいあって、どうやらルフには本物に見えているみたいなんだが……」
「じゃあルフが狙ってるのは俺か!?」
「どうやらそうみたいだ。見ろ、奴がお前めがけて飛んできてるぞ!」
すぐさま起き上がり、横に飛びのける。
俺が寝ていた所をルフのかぎ爪が通り抜けていったのを見ると、全身に悪寒が走る。
だが、ルフは諦めずにまたも空中を旋回、三度目の襲撃を仕掛けてきた。
「クソッ、来るなら来い!」
ナシャルが応戦しようと立ち上がるが、相手は空の上。襲撃の一瞬もものすごい暴風のために立っていることすらままならない。
「だめだナシャル! このままやり過ごそう」
「しかし、やり過ごすにしても――」
ナシャルのセリフを最後まで聞くことなく、俺は気が付けば湿地帯の上を枯葉の様に舞っていた。
「――ッ!?」
一瞬の出来事で認識するのに時間がかかったが、どうやらルフの巻き起こす風に煽られて体が浮き上がったようだ。
当然、空を自由に舞う捕食者がそれを見逃すはずもなく、俺は吸い込まれるようにルフに捕まった。ルフの足に対して俺が小さいおかげで、かぎ爪に刺さらなかったのが幸運だ。
地上を見ると、あっけにとられているナシャルの顔がぐんぐん離れていって見えなくなった。
「幸い下は水だ、この高さならまだ間に合うはず……」
俺は腰に携帯していた魔道具に手を伸ばした。ユト謹製の炎のナイフだ。
その時だった。一本の槍が俺を掴んでいるルフの足をかすめ、俺は解放された。空中に放り出され身をかがめる間もなく水面が近づく。
水面との衝突の直前、岸部に鱗を纏った集団が見えた気がしたが、着水と同時に俺は意識を失った。
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