第11話 ゆとりある魔法使い3
「完成した」
ユトのそっけない声で魔法について考え込んでいた俺の意識は引き戻された。
土くれはいつの間にか人間の形をして床に仰向けに寝ていた。その姿はどう見ても俺そのものだ。肖像権など踏みにじるかのような圧倒的な出来栄えだ。
「いやなんで俺の姿?」
「魔法はイメージ。モデルが目の前にいればイメージする手間が省ける」
俺を見ながら作ったから俺の姿をしているというわけらしい。
ゴーレムは上体をゆっくりと起こして、足の裏を地面に付けてそのまま立ち上がる。人間離れした動作と変わらない表情は凄く不気味で、こんな店員が出てきたら店を離れる客が増えてしまうだろう。
「簡単な動作はもうしこんであるから動きは良い」
俺の姿をしたゴーレムは商売人よろしく手もみをしながら俺の顔をうかがう動作をしている。妙に腹立たしい。
「このゴーレム喋らないのか? 接客させるなら必要そうだけど」
「セリフは別の魔道具に吹き込んでおく。音を記憶しておく魔道具がある」
「そんなものまで作れるのか」
「これは知り合いから貰った」
俺はユトからその魔道具を受け取った。
見た目はスマホの半分も無い大きさの小箱。その側面には丸いでっぱりがあり、その部分に触れた。すると男性の声が再生された。
『録音テスト。あれ、これでいいかな? なあ、これってこの使い方であってる?』
「その知り合いの声が入ったままだな」
「後で消しておく」
さっき触れたのが再生ボタンだとして、その隣にもおなじようなでっぱりがあるが、これが録音ボタンだろうか。
「接客に必要そうなセリフを入れて。あとは適当に発声するようにセットしておく」
「適当でいいのか……」
いらっしゃいませ、ありがとうございました、などの基本的な声を吹き込んでおく。だがそれを聞いたユトはいまいち納得していないようだ。
「もうちょっと客をおだてるような奴が欲しい」
「じゃあ…………、お客様よくお似合いです。とか?」
「そうそう。もっとおだてて」
「そうだな……、私もそれ使ってるんですよ。これはどうだ?」
「良い。もっとほめちぎって」
「見違えるようですお客様。こんな方誰も放っておきませんよ」
「……そうかな」
「なんでユトが照れてるんだ」
頬を染めるユトは放置しておいて、とりあえず一通りの声を入れる。なんかアパレルショップの店員みたいになってしまったが、まあいいだろう。
ユトに魔道具を返したところで、店の入り口で声が聞こえた。誰か客が来たのだろうか。
「せっかくだから、ゴーレム試してみよう」
「え、いきなり試すのか? 大丈夫かよ」
ユトはゴーレムの背中に声を発する魔道具を取り付けると、俺の袖を引っ張りカウンター裏へと隠れた。
「どうなるか楽しみ」
「俺は嫌な予感しかしないけどな」
店の入り口の扉が大きく開き、ゴーレムの接客相手となる記念すべき最初の客が姿を現す。
「こんなところに店があったとは驚きだ……」
その客の声に聞き覚えがあった。カウンターから姿を覗き見ると、ナシャルだった。
ユトが俺の袖を引っ張りながら、声を抑えて聞いてくる。
(知り合い?)
(ああ、ナシャルっていう騎士だ)
(騎士!?)
ユトの目が一瞬全開になった。すぐに元の半開きに戻ったが。今度は汗が噴き出している。閉じかけのまぶたの向こうでは、大きな瞳がせわしなく動いている。
(大丈夫か?)
(うー)
(大丈夫じゃないことはわかった。なんかまずい事でもあるのか?)
(この街ではゴーレムの使用は許可制……だったと思う。あと魔道具の販売もなんか許可とかいるとか聞いた)
(そうか、牢屋でも元気でな)
(黙ってくれたら魔道具何でも作る。オーダーメイドで)
魔道具をオーダーメイド。
これから魔道具が必要になることが多いと考えていた俺にとっては魅力的すぎる提案だった。でもばれたらナシャルに捕まる、どうしたものか。
だが、そんなことを考えているうちに、俺の姿をしたゴーレムはナシャルへと近づいて接客を始めていた。
「いらっしゃいませ、お客様」
「おお! シズオじゃないか。こんなところで働いていたのか?」
「左様でございます」
「なんだ? 大丈夫か? もしかしてお前――」
ゴーレムのぎこちない受け答えでは違和感を感じたのか、ゴーレムの顔を覗き込んでいる。
「接客は初めてなのか? だったら私が練習台になろうか?」
「ありがとうございました」
「ふふ、そう緊張するなよ。以外と可愛いところもあるんだな」
ナシャルさんこれ全然気づいてないな。
「スライムの時に使った火おこしの魔道具を探していてな、何かないか?」
「それでしたら、こちらがお似合いかと」
意外と何とかなっている。
ゴーレムは棚に置かれていた一つの魔道具をおススメし、ナシャルはそれを吟味している。と言ってもその魔道具は手投げ弾のような物で、確かに火は起こせるが周囲も一緒に火の海になるという紛うことなき兵器である。
「そちら、私も使ってるんですよ。おススメです」
「ほう、そうなのか……」
このままその爆弾を買ってさっさと出て行ってくれれば、ユトの牢屋行きは免れる。ナシャルがなにか決心したような顔をしたところで、ゴーレムが声を発する。
「お客様――」
「ん? どうしたシズオ?」
「君のその吸い込まれそうな瞳。こんなに美しいものを見られて俺は幸せだ」
「えっ……」
俺の姿をしたゴーレムが、突然ナシャルの瞳を見つめて口説きだした。
(俺あんなセリフ言ったか?)
(……そう言えば前に使った人の声を消し忘れた)
「君は俺の全てだ……」
「突然なにを言い出すんだ!?」
あわあわと後ずさりするナシャルは顔が真っ赤になっていた。
(おい! これじゃ俺がナシャルを口説いてるだけじゃねえか。ていうか前使った人、どんな使い方してたの!?)
(静かに、ばれたらまずい)
(これからどう接すればいいんだよ……)
「俺には君しか見えない……」
「そう言われても、その……私たちはまだ会ったばかりだろう。まだ早すぎると思うのだが……」
恥ずかしがるナシャルはとうとう壁に追い詰められ、逃げ場を失っているようだった。
「恥ずかしがる君も可愛いよ」
「ううっ……、誰か助けてくれ」
ゴーレムは真っ赤になったナシャルに顔を近づける。
「俺には君しかいない。愛しているよ、リーナ」
「誰だその女ッ!!」
全く知らない女の名前を耳元でささやかれ、ナシャルはゴーレムを突き飛ばした。不幸中の幸いといっていいのか、そんなときでも右手を使わない。右腕の呪いの剛力を使われたら、ゴーレムはおそらく砂になってバレていただろう。
そんなことはいざ知らず、ナシャルは慌てて店を飛び出していった。ユトは守られたようだが、俺とナシャルのこれからにヒビが入ったような気がする。
「また客が来た」
カウンターから出ようとしたところで、また扉が開き、今度は二人の客が入ってきた。ナシャルが誰かを連れてきたようだ。
「そうなんだミサラン! アイツがひどい事を言うんだ」
「ちょっと名前を間違えられたくらいでしょ……」
袖を掴まれて店に来たのはミサランだった。店の前でナシャルをずっと待っていたのか、なんとも不機嫌そうだ。真新しい杖で肩を叩きながらナシャルを適当にあしらっている。
ミサランは疲れた様子でゴーレムの前に立つ。するとミサランの目の色が変わり、俺のゴーレムを凝視する。
「これゴーレムじゃないの」
「ゴーレム? シズオじゃないのか?」
「ゴーレムよ。ほら」
ミサランは何の躊躇もなく俺の姿をしたゴーレムの目を指で突いた。
「ありがとうございます」
眼球を突かれて感謝する人間がいるはずもない。完全にばれてしまった。
「ということは、製作者がいるはずね。ここの責任者、出てきなさい!」
完全に仕事モードに入ってるミサランは狭い店内で声を張り上げた。
俺はユトと目を合わせるも、魔法使い相手では分が悪いと感じたのか、ユトはおとなしくカウンターから姿を現した。
「そんなところにいたのね」
「あっ、シズオまで! ということはやっぱり偽物だったのか。どおりで……」
ユトは小さい体をさらにしょんぼりと小さくさせて、ミサランの前に立った。
「ゴーレムの使用には許可がいるわ。それにゴーレムの監督者は常に目の届くところにいなければならない。立派な犯罪ね」
「うっ」
「しかもこの店、営業許可証はあるの? 魔道具の販売も申請しなければだめよ」
「ないです」
「……とりあえず駐留所まで来てもらいましょうか」
「うぅぅぅぅ」
ミサランに首根っこを掴まれて、ユトは借りてきた猫の様に大人しい。ずっと唸っているだけで抵抗はしていない。
「待って」
「なに? まだ言ってない罪があるのかしら?」
「違う。店員に給料を払わないと」
ユトは俺のほうを見て言った。
「この店にある魔道具、迷惑料ということであげる」
「いいのか?」
「うん。できれば人目に付くところで使って宣伝もしてほしい」
「こらっ! 許可がないと販売はだめ!」
どうやらユトはまだ魔道具店をあきらめていないようだ。俺もただで魔道具が手に入るのであれば、宣伝目的だろうがなんだろうが関係ない。
「わかった。じゃあありがたく使わせてもらう……。ちなみにこれは法律的に貰ってもいいんだよな?」
「まあ、魔道具の譲渡なら問題は無い……かしら?」
経緯はともかく大量の魔道具が手に入った。
「やれやれ、まさかゴーレムだったとはな……」
「というかナシャルは気が付かなかったんだな」
「それはすまない。なんだかいつもより目が死んでいると思ったけど、それを指摘するのは失礼かと思って……」
「うん、今の発言が一番失礼かな」
大量の魔道具が手に入ったことは大きいが、それ以上に魔法について学ぶことが出来たのが何よりの収穫だ。
これから俺はある目標に向けて大きな一歩を踏み出す。明日から忙しくなるぞ。
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