第10話 ゆとりある魔法使い2


「開店は朝起きた時から。閉店はお腹がすいたら。後は働きながら覚えて、店員一号」

「あの、俺承諾しました? そんな会話どこにもなかったと思うんだけど」

「そんなこと言って……もうエプロンまで付けてやる気満々」

「いや服の描写が無いからって勝手な事を言うな……」


 もちろん俺の服は異世界に来てからずっと神様から貰った布の服だ。


「そんなことよりいきなり働けってどういうこと?」

「私の店はもう限界。売れないし、そもそも誰も来ない」


 なぜそれで俺が雇われることになるのだろう。ユトと名乗った少女は口数が少ないようで、思考が読み取りづらい。


「えっと、それでなんで俺を働かせようと?」

「私、商売は苦手。だから代わりに売って、稼いで、楽させて?」


 眠そうな瞳が上目遣いがちに俺を見る。なんで俺が出会ったばかりの奴を養わなければいけないんだ。コイツはヤバい。あれ、俺最近コイツヤバいしか言ってなくね?


「断る。俺は魔道具を買いに来ただけだ。そういうことなら他の人をあたってくれ。じゃあ」


 これまでの経験から面倒事に巻き込まれるのは目に見えている。俺に断られたユトの表情は全く変わっておらず喜怒哀楽を察することはできないが、さっさと回れ右して店から出るにかぎる。

 ドアまで残り数歩のところで、何かが俺の頭に被さった。布のような物が突然視界を覆ったと思ったら、頭上からゆったりとした声が降り注ぐ。


「だめ。それにもうあなたはここから出られない」


 どうやら顔にかかっているのはユトがくるまっていたローブらしい。しかし俺の頭上にいるとはどういうことだ?

 視界を確保するために顔にかかった布を払いのけると、まるで風船のようにふわふわとユトが浮いていた。これも魔法の一種だろうか。


「店から出たら爆発四散する魔法をかけた。もう逃げられない」


 俺を眠そうな目で見つめ、空中でごろりと寝返りを打ちながら淡々と告げた。


 そもそも空中を浮遊したり人間を爆発四散させたりできるなら、それを生かせばいい。


「その魔法を使って働いたらいいんじゃないか?」

「私は働きたくない。浮遊魔法だってなるべく自分で動きたくないから半年かけて習得した」


 空中でドリルのようにくるくる回りながら、そう言われた。

 ユトのもさもさの髪とやたらと丈の長いローブが交互に俺に叩きつけられる。女の子のフローラルな香りに混じって、埃の臭いがした。


「私はゆっくり寝て暮らしたい。そのためならなんだってする」


 もはや矛盾にツッコミを入れてもどうにもならないことは、これまでの異世界経験で学んできた。無駄な労力をかけるわけにはいかない。


「もっと日常で使うような物を作れば売れるんじゃないか? 火を起こすやつとか飲み水を出すやつとか」

「そんなつまらない魔道具作ってなにになるの?」

「金になる」

「下品」

「もう俺にどうしろっていうんだ」


 常識で意見を言ってもしょうがないのであまり期待せずに思いついたままに言っていこう。


「そこまで言うなら、魔法で従業員出せばいいんじゃないか?」

「……それは試してなかった」


 まさかそんなことが出来ると思っていなかったが、俺の一言でユトは壁を蹴って店の奥に消える。すぐに大量の土の入った袋を引きずってきた。


「なにするんだ?」

「ゴーレムを作る」


 ゴーレム。これまたファンタジー系のアニメやゲームでは有名な存在だ。魔術や儀式を経て泥から作られ、作成者の命令を忠実に実行する人形だ。


「そんなものまで作れるのか」

「うん、結構簡単」


 ユトによれば、ゴーレムを作成する手順は三つ。

 まず動力源となる魔力を含んだ宝石や金属などの核を用意する。

 次にそれを大量の土の中に埋める。

 最後に魔力を注いで三分待つ。


 ユトはそれを実際に目の前でやって見せた。この世界で魔法を使うところを何度か見ているが、ユトは杖を使わずに手をかざして魔力を注いでいるようだった。


「魔法の杖は使わないのか?」

「私は使わない。必要ないし、邪魔」

「知り合いの魔法使いは杖が無いと魔法がどこに飛ぶかわからなくて危険って言ってたけど」


 スライム討伐の際のミサランは実に役立たずだった。


「それは素人。私はこう見えて凄いから」


 ユトの口角が少し上がる。ミサランが聞いたら激怒しそうだ。

 魔力が注ぎ終わると無造作につみあげられた土がひとりでに動き出す。ゆったりとしたスピードで核となる鉱石に向かって集まっていく。


「もしかして、魔法を見るのは初めて?」


 俺がその様子を興味津々で見ていると、ユトが得意げに言った。


「じっくり見るのはこれが初めてかな」

「そう。ゴーレムができるまでまだ時間がある。魔法について教える」


 こんなやる気のなさそうな少女まで魔法が使えるこの世界。神様には俺は魔法を使えないと言われたが、なんとか魔法を使ってみたい気持ちはまだ残っている。魔法についてよく知るには良さそうだ。


「まず魔法についてどのくらい知ってる?」

「えっと……なんか唱えると不思議な力があれする感じ」

「ぜんぜん違う」

「ですよね」


 というわけで始まったユト先生の魔法講座。

 一時限目の内容は『魔力とは』。


 ユトによれば魔力はこの世界の物質全てに含まれる、目に見えない細かい粒子のような物らしい。呼吸や食事で体内に取り込むことが出来る。

 身体の中に取り込んだ魔力を体外に排出すると、魔力の濃い空間が出来上がる。その中では頭の中の妄想が現実に起こるという。つまりイメージさえできれば大体のことは魔法で出来てしまう。

 しかしそんな便利な魔法があるにも関わらず、この世界はそこまで文明が発展しているようには見えない。その答えはユト先生が教えてくれた。


「約百年前、魔術の母と呼ばれるミリサンドラが人間で初めて魔法を成功させた」

「魔法の歴史はまだ浅いんだな」

「うん。それもあるけど事故が多い。特に多いのが一瞬で場所を移動する瞬間移動の魔法。ある魔法使いは瞬間移動魔法実験の時、五メートル先に移動する魔法が失敗して体の中身だけが移動できずに死んだ」

「中身だけその場に取り残された?」

「そう。瞬間移動の魔法はどう頑張っても九割しか移動できない」


 魔法はイメージすることで出来る。だがそのイメージが少しでも欠ければ大惨事となるわけだ。瞬間移動するにも移動先にいる自分を事細かく、それこそ外見だけでなく人体に必要な物全てイメージしなければいけないらしい。これは想像以上に危険な異世界に来てしまったかもしれない。

 ともかく、そういった事故が多発した影響で魔法使いの人口は少なく、魔法の発展も遅れている。中には魔法の使用を禁止している都市もあるという。

 このミオラの街も他人に危害を加える魔法は禁止されているらしい。


「って、俺はユトに爆発四散する魔法かけられてるんですけど!?」

「ごめん嘘。引き留めるために言っちゃった」

「なんだよそれ……まあ爆発しないならいいけど。講義の続きをお願いします」


 ユト先生の魔法講座。二時限目の内容は『魔法の使い方』。これが聞きたかった。


 魔法を使うにはまず魔力を対外に排出する必要がある。だがこれが意外に難しいらしく、まったく出ない場合も、一気に全て出てしまう場合もある。

 そんなときのために使われるのが杖だ。

 杖を使うことで注ぎ口のような役割を果たし、効率良く魔力を出すことが出来る。なぜ杖なのか。それは木には魔力が流れやすいという性質があるようだ。電気伝導率ならぬ魔力伝導率といったところだろうか。

 もちろん杖が無くても魔力を出すことはできる。だが人体の構造上、目や口、場合によっては肛門などの穴から出ることが多いらしい。

ミサランが杖無しで魔法を使いたがらなかったのはこのことらしい。確かに尻から火炎を噴き出す姿は誰にも見せたくないだろう。

 話を戻し、魔力を対外に排出したら次はイメージする。

 火球を飛ばす魔法を例にすると、火球を飛ばすことをただイメージするだけでも一応魔法は出るらしい。だが、火球の温度、可燃物の種類、直径など細かなイメージを追加するとより自由自在に威力の調整ができるようだ。

 そして大事なのが、知らない物はどう頑張ってもイメージできないということ。当然である。


 ここまでの講義でわかったことは、魔法は全然便利じゃないということだ。何かを操作する簡単な魔法は比較的安全と保障されているが、それ以外の魔法は自己責任。世知辛いにもほどがある。これは魔法が使えなくて正解だったかもしれない。


 そういえば最近森で知り合った魔法使いは変な魔法を使っていた。


「ちなみに服だけを透明にする魔法って簡単なのか? それも森全体を覆える範囲のあるやつ」

「難しいと思う。もしそんなくだらないことができる人がいるなら、血のにじむような努力と尋常じゃない妄想力を備えた変人」

「そうなんだ。関わらんとこ」

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