第9話 ゆとりある魔法使い1
森で起こったローパーとゴブリンの騒ぎで俺にはわかったことがある。怪物から身を守るためには魔法が必要だ。
体を鍛えるという手もあるが森を走り回っただけで全身が筋肉痛になった俺の体では、怪物と渡り合える体に仕上がるのはいつになるかわからない。
だからと言って、常にエロいことを考えていそうな変態魔法使いを仲間にするわけでもない。
この世界には、魔法が使えない人に向けた魔道具という物が存在している。少々値段は張るようだがそれ相応の効果があり、何としてでも手に入れておきたい。
ナシャルからローパー退治の協力金を少しばかり貰った俺は、朝早くからミオラの街中の魔道具を扱う店を訪ねていた。
魔道具というのはいい商売になるのか、どの店も他の武器屋や酒場とは比べ物にならないくらい大きい店構えだ。石造りの建物に、人が悠々と行き交う広い出入口。しかも警備員らしき屈強な男が微動だにせず、出入りする客たちを目で追っている。
中に入ると、石を切り出したショーケースに規則正しく並んでいる魔道具の数々が目に止まる。雨風をしのぐ空気のドームを作り出す魔道具に、馬車を収納できる魔道具と種類は選り取り見取りでどれも素晴らしい効果を持っているようだ。そして値段のほうも素晴らしく高い。
店内にいる客は、誰もが身なりがよくそれなりに金を持っていそうな雰囲気を漂わせている。俺だけが場違いな平服を着ているのもあって、店員は俺から目を離さない。
ここにいても買えるものはなさそうだ。他を当たろう。
それから大通り沿いにある何軒もの魔道具の店をのぞいてみたが、どれも俺には手の届かない高級品ばかりだった。それに用途も普段の生活に使えるような物ばかり。怪物との戦闘に使えそうな魔道具は無かった。
あまり収集が無かったことに落胆しそうになるが、ふと大通りに面した脇道の先に目が留まった。小さいが商店のようだ。
「そうか、何も大通り沿いだけに魔道具の店があるわけじゃないか。街中を探せば他にあるかも」
幸い魔導協会の聖堂という街のどこにいても見えそうな目印もある。方向音痴というわけでもないから、多少入り組んだ道に入っても大丈夫だろう。俺は大通りから離れ、まだ見ぬ隠れた店を探しに路地へと足を踏み入れた。
***
好奇心というのは恐ろしいもので、俺に素晴らしく活力を与えてくれた。日中の街の中ということもあって景色も良く治安も良い。まだ見ぬ小道が次々と俺の前に現れては好奇心を刺激してくるのだ。つまり何が言いたいかといえば、迷子になった。
慣れない場所で探索するのはまずかった。周囲のやたらと背の高い家屋のせいで、目印にするはずだった魔導協会の聖堂も見つけることが出来なかった。
どこかで道を聞いたほうが良いのか、そう思った矢先に小道の先にある小さな二階建ての一軒の店が目に止まった。
家と家の間の余った隙間に建てられたようなその家は、道に面した壁はツタまみれ、屋根の淵はゆがみ、窓は固く閉じられている。
入口の木の扉には看板が掛けられ、かすれてはいるが『ユトの魔道具屋』と読み取れた。
「閉店中か……?」
外見だけ見ると商売をしているようには見えない。見えないが、どうも好奇心がそそられるその状況に、俺は知らず知らずのうちに店の扉に手をかけてゆっくりと開けていた。
扉から埃が落ちて、薄暗い店内に光が差し込んだ。店内は見た目通りの狭さで、人が六人入れば満員御礼だろう。
壁沿いにはおそらく商品である魔道具や魔法になにか関係がありそうな書物などが、棚一杯に詰め込まれていた。店の真ん中には円形の陳列棚があり、おそらく目玉商品であるうっすら光を帯びたナイフや、ゆっくりと浮遊する真四角の石が異様な存在感を放っている。
入口の反対側、店の最奥にカウンターがある。カウンターの向こうには白いローブを纏った塊のようなものが、ゆっくりと規則正しく蠢いている。たぶんこれは、寝息だ。
つついてみると、ローブの中はぷにぷにとした手触りで人肌程度にぬくもりがある。
もぞもぞと動き出し、やがて灰色の髪がローブの中から現れた。
ゆっくりと起き上がったそれは、少女のようだった。
髪はぼさぼさで、そこらへんの雑草のほうがまだ行儀がいい。その髪の間からのぞく顔は一言でいえば、やる気がない。
光の入る余地がないくらいの半開きの瞳。口元はだらしなく緩んで、乾いた涎の筋が一層だらしなさを引き立てている。
「……泥棒?」
気の抜けた声が俺に向けて発せられた。
「客です」
「そう。…………お金はそこに入れといて。私は寝る」
埃以外何も入っていない木箱を指さすと、少女は再びぼさぼさの髪にくるまって寝息を立て始めた。
変わった店員だと思ったが、変に目を向けられるよりはマシだ。商品を一通り見て回ろう。まずは、中央の陳列棚から見ていく。そして俺は、人生で初めてアニメのような二度見をした。
値段がおかしい。駄菓子のような値段設定で、兵器が売っている。
まず、薄暗い店内で一番の存在感を放つ光を帯びた薄刃のナイフ。値段設定は三十ドラ。ドラというのはこの世界の通貨の単位ことだが、日本円とほぼ同じなのでこの魔道具は三十円ということになる。
その効果は説明書きによると、投げることで魔法が発動する投げナイフで火炎を纏いながら飛び、刺さった対象にも火が飛び移るという物。
その隣に置いてある浮遊する真四角の石は二十ドラ。
浮遊する石を付属の台座にはめ込むことで魔法が発動し、周囲一帯にあるあらゆる物体を短時間吸い寄せるというミニブラックホールだ。
他の商品棚には、土から簡易的な武器を作る魔道具に、敵を自動追尾する弓矢、自分の周りを浮遊する盾なんて物もある。そのどれもが破格の値段だった。
この店に売っている物はどれも凄い。だが値札がおかしいのか、それとも魔道具の性能がおかしいのか、俺には判断がつかない。
「すいません、寝てるところ悪いんですけどちょっと聞いてもいいですか?」
「…………なに?」
不満げな表情をした少女は、目をこすりながらゆっくりとした動作でカウンターに顔を置く。ぷっくりとした頬がカウンターに押し付けられて、むにゅりと潰れた。
「ここにある魔道具って……」
「あぁ……私が練習で作ったやつ。ここに置いてあるのは全部そう」
眠たげで虚ろな目はこちらを見ずにそう答えた。
少女はおそらく十五歳にもなっていないような見た目だが、ここに置いてある魔道具を本当に自分で作ったのならば凄い事だ。
「じゃあ、看板に書いてあったユトっていうのは」
「私のこと。私こう見えて店長。偉い」
ほんの一瞬だがどや顔をされたような気がした。
「でも本当に凄い魔道具だな。ここなら俺が探してるような魔道具がありそうだ」
「凄い? 本当に?」
「ああ。どれも凄い魔道具だと思う。値段はちょっと気になるが……」
「売れないから安くした。でも価値がわかる人がやっと来た」
なるほど。ここに置いてある魔道具はどれも戦闘で役立つ物ばかり。しかしナシャルはここら辺は平和と言っていたからそもそも戦闘用の魔道具は売れないというわけだ。それをユトは値段の問題だと勘違いしているらしい。
値段の謎が解けたところで、カウンターの上でとろけるようにしているユトから視線を感じる。
「えっと、なにか?」
俺をじっと見据える半開きの目。あまり人に凝視されるのは慣れていないので早く要件を言ってほしい。微妙に恥ずかしさを覚えて目を背けようとした時、ユトの小さな口が動いた。
「ここで働いて」
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