第8話 変態たちのいるところ4


「いい事思いついたんだけどちょっと聞いてくれ」

「あー、うん。わかるよ、私と君の長い付き合いだ」

「いやまだ会ってから三十分くらいだろ。ネトリアは人と三十分以上付き合いしたことないのか」

「こう見えてあんまりないかな……」


 やめろ……悲しくなるから。それに今は伏し目がちでしぼんだ風船みたいになってるネトリアを慰めている時間は無い。こうしている間にもゴブリン達はこちらに向かっているかもしれないのだ。

 俺が上を指さすとネトリアもローパーの存在に気づいたようで、真剣な面持ちになりやっと俺の話を黙って聞く気になったようだ。


「ゴブリンの服って透明にできるのか?」

「えっ!? ゴブリンの服を? いくらなんでも変態がすぎるよ君……」

「俺は真面目に聞いてるんだ。このまま逃げ回っていてもこっちのスタミナが尽きるのが先だ。だから反撃するんだよ。それも、生かさず殺さずちょっと気持ちいいくらいの絶妙な力加減で締め付けてな」


 俺の作戦が伝わったのか、ネトリアの口角はゆっくりと持ち上がり目に光が宿った。


「もちろんできるとも! ゴブリンの十体や二十体楽勝だよ!」

「よし、それならゴブリンが現れる前に準備を――」


 そこまで言いかけて辺りの茂みが騒がしいことに気づいた。

 噂をすればだ。ゴブリンが茂みから顔をのぞかせている。数は見えるだけでも六体。ぬるぬるはしていないので、ぬるぬるを浴びた組と合わせれば九体だ。


「準備をしてる時間はなさそうだな……」

「透明化魔法は発動にちょっと時間かかるんだけど、時間稼ぎ頼める?」

「わかった。でも心もとないからゴブリンたちにぬるぬるをぶっかけてから始めてくれると助かる」

「それくらいならお安い御用だ!」


 ネトリアが長杖を振りかざし、魔法を唱えてぬるぬるをゴブリンにぶつけると共に作戦は開始された。

 俺はネトリアとゴブリンの中間に立ち、ぬるぬるで転ばずに前進してきた奴を片っ端からナイフで切りつける。俺の攻撃はゴブリンの持っている武器で当然防がれるのだが、支えの無くなったゴブリンを蹴りつけると、簡単にバランスを崩す。

 後ろではネトリアが長杖に手をかざして、魔力を溜めているのかゆっくりと肩を上下させながら何かつぶやいていた。

 ゴブリンはぬるぬるによって弱体化しているから初めての戦闘でもなんとかなると思っていたが、どうもそう簡単にはいかないみたいだ。後方からぬるぬるの乾いたゴブリンたちが合流してきている。

 ゴブリンに渾身のドロップキックを喰らわせたところで、ネトリアから合図がかかった。


「そろそろいけそうだよ!」

「わかった。そっちのタイミングでやってくれ!」

「はいよ! 範囲は大、中、小ありますがいかがいたします?」

「念のため特大で」

「はい、特大一丁!」


 ネトリアは目を瞑り大きく息を吐いて、最後の集中に入る。

 ゴブリンたちはなにかを感じ取ったのか急に騒ぎ出すが、それと同時にネトリアの目が開かれた。


「私の全ての魔力と、スケベ魔法の名誉にかけて!」


 ネトリアが長杖を振りかざすと、風がネトリアの方に集まりローブが激しくはためき髪がうねる。


「万物よ、ありのままの姿を示せ! オリジナルスケベ魔法・衣皮排撃いひはいげき!!!!」


 独特の叫びと共に長杖を地面に突き刺すと、爆発のような音と強い風が長杖から放出された。魔法のかかった風は木々の間をすり抜け、草をなぎ倒し、そして服が透明になった。ネトリアのローブも透明になり、肌が露出する。ゴブリンも纏っていたボロ布が見えなくなっていた。


「よくやったネトリア! 急いで隠れるぞ!!」

「おうよ! 頼んだよローパーちゃん、教育の成果を見せてくれ!」


 俺とネトリアは局部を手で隠しながら、周囲の茂みに飛び込んだ。ゴブリン達は風がやむと同時に自分たちの纏っていたボロ布が透明になっていることに気が付いて困惑しているようだ。

 その中の一体が木の上から突如として現れた触手にからめとられた。手足を触手で拘束され、全身をまさぐられている。

 作戦は成功だ。ネトリアが触手オ〇ニーをするために教育したローパーは見事にゴブリンにエロいことをしている。


「うわ~結構えぐい光景だねぇ」


 触手によってぐずぐずにされているゴブリンを眺めながら、他人事のようにネトリアが言った。お前がそうされるためにローパーを教育したのが全ての元凶だろうに。

 俺の冷ややかな視線を感じ取ったネトリアは舌をペロリと出して笑ってごまかした。


 一方のゴブリン達は次々に触手に襲われ、やがて陸に打ち上げられた魚のように体をビクンビクンさせる。反応の薄くなったゴブリン達に飽きたのか、ローパーはゴブリンを解放し次の獲物を求め巨大な目玉をしきりに動かしている。その目玉が俺たちを捕らえるのは時間の問題だった。


 俺たちは言葉を発することも無く、反射的に立ち上がり森の中を走った。

 森を真っ二つにするように作られた街道の真ん中に転がり込むと、ローパーの姿は見当たらなくなっていた。


「あ~もう走れないよ~」

「ああ、でもここまでくれば魔法の範囲から出られて――」


 隣で地面に膝と手をついているネトリアの恰好は、どう見ても裸のままだ。形の良い尻がこちらを向いている。これはスケスケ魔法の範囲から出ていないということだ。ローパーが来たら大変なことになるのは確実。人が来ても大変なことになるのは確実。


「お、おまっ……お前たちなんという恰好をしているんだ! 心配になって早めに任務を片づけて来てみれば、公衆の面前で裸になるなんて!!」


 森中に響くような叫びをあげたのは、ナシャルだった。なぜこんな時に限って真面目そうな彼女が来てしまうのだろうか。


「そんな事より早くここを離れないと!」

「そんな事とはなんだ、外で全裸になるのがそんな事で済んでたまるか!」


 ナシャルは俺たちから目線をやんわり外しつつ、ああだこうだと説教し始めた。そして、ナシャルは気付いていない。この魔法の範囲内にいる生物の服は透明になるのだ。ナシャルもその対象だ。

 金属鎧も革のインナーも全て透明になり、屈強に鍛え上げられつつも女性らしいシルエットを残した芸術品のような体を惜しげもなく披露している。


 ナシャルの説教を聞き流そうとした時、俺たちの後ろの茂みが大きく揺れた。茂みの向こうから大きな目玉の視線を感じ、触手が俺たちに向かって伸びていた。

 思わず目を閉じると、ナシャルが俺たちをかばうように前に出ていた。


「なんだこいつは!」

「こいつが森に出る触手の正体だ」


 ナシャルは右手で襲い掛かる触手を掴み攻撃を防いだが、しびれを切らしたローパーは触手を波のようにうねらせて茂みからとびだした。


「なんだかよくわからないが、こいつを倒せば解決だな!」


 突き出されたナシャルの右腕はローパーの眼球を捕らえ、メリメリと音を立てた後にローパーを空の彼方へと吹っ飛ばした。

 そこまではよかったのだが、突き出した拳にあるはずのガントレットが無いことに気づいた様子のナシャル。目線は手から足元へ、そして胴体を見るころには顔が真っ赤になっていた。


「なッ――」


 絶句である。


 そして体を抱えるようにその場にうずくまってしまった。


「なんだ! どういうことなんだこれは!? なぜ突然私まで裸に!?」


 赤くなった顔を上げて必死に状況を整理しようとしているのだろう。

 さすがにかわいそうだ。ネトリアには申し訳ないがこうなってしまった以上、言うしかないだろう。


「ナシャルさん、犯人はコイツです。裸の魔法もローパーも全部コイツの仕業です」

「ひどい! 一緒にぬるぬるになった仲じゃないか!」

「ぬるぬる!? 私がいない間に何をしていたんだお前は! 大体ロクな装備も無しに森に行くんじゃない!」

「いやそれには深いワケが……」

「言い訳をするんじゃない!」

「いっけね講義の時間だ。じゃあねー怪物マニア君! また遊ぼうね~」

「こら待て魔法使い!」


 そそくさと逃げ出したネトリアはナシャルの叫びを無視して、やがて姿を消した。

 うずくまっているナシャルに経緯を何となく説明し、魔法の範囲外に出て貰った。

 服が元に戻ると恥ずかしさの代わりに怒りが込み上げてきたのか「あの魔法使いは絶対許さない」と街につくまで鼻息を荒くしていた。

 その後、森に現れる謎の触手による被害は無くなったが、しばらくの間森を通る人の服が透けることがあったという。

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