第7話 変態たちのいるところ3
俺はネトリアの雄弁極まる世迷言をかわし切れず、結局協力することとなった。ネトリアはローパーを教育できるほどローパーに精通しているわけだから、メリットが無いわけではない。そう思わなければやっていけない。
さて、ネトリアとのローパー討伐作戦だが、飼い主だったネトリアには呼び寄せる策があるとのことなので、期待しないで聞いてみることにした。
「ローパーちゃんは素肌に反応するように教育したから、呼び寄せたい時は裸で森を歩くのがベスト」
「裸か……それなら、なんでネトリアは襲われてたんだ?」
「言ったでしょ? 私はスケベ魔法の使い手。服を着ていても裸に見せるくらい楽勝だぜ。しかも対象も範囲も自由自在さ」
転移前、神様は魔法を習得する条件に才能と時間を上げていた。目の前で自慢げにしているネトリアはこの二つを持ち合わせながらも、それをスケベ魔法のために使っているということらしい。才能の無駄遣いとはこのことか。
「わかった。とりあえずその魔法は使うな。それから別の手を考えよう」
「えぇ!? 美少女の裸見放題なのに?」
「ローパーなんだが、エサでおびき寄せるのはどうだ?」
「おぉ、見事なスルー。ちょっとゾクゾクしたよ。また頼むわ」
頬を赤らめて、体をぴくぴく振るわせている。これにいちいち対応していたら話進まないな。
その後、ローパーが行きそうな場所に罠をはる作戦なんかも考えてみるが、ローパーは植物と同じように養分を吸って食事をするので餌作戦は却下、行きそうな場所というのも見当がつかないとのことで却下となった。
「やはり脱ぐしかないようですな」
「もう脱ぎたいだけじゃねえか。この森結構人の出入りがあるから見つかったらやばいだろ」
「そのための魔法なんじゃないか。そもそもこの大自然の中で、人間のルールを当てはめようというのが間違いなんだ!」
「なに屁理屈言ってんだ。おい、服を脱ごうとするな」
「いやッ! この人私に服を着せようとするの! 誰か助けて!」
ネトリアの声に反応したのか、遠くの茂みが揺れた。風ではなく、ガサガサという葉のこすれる音はゆっくりとこちらに向かっている。
「もしかしてローパーか?」
「ローパーちゃんは木の上を移動するからそれは無いんじゃない? 街道が近いから人が来ちゃったかな?」
まずいな。今の状況は俺がネトリアのローブを脱がせようとしているようにしか見えない。このまま仲良くコイツと牢屋に行くのだけはごめんだ。
「あ、ちょっとふざけてただけなので、お構いなく……」
ネトリアも自体を察したのか、ローブを脱ぐ手を止めて茂みに向かって説明し始める。しかし茂みの揺れは止まることなくこちらに迫り、そしてその正体を現した。
茂みから姿を現したのは、人間ではなかった。
木を削った槍や、石を括り付けたこん棒を持ち、顔にはねじ曲がった長い鼻と耳。ボロ布を纏い、目つきの悪いにごった瞳でこちらを見据える三体の緑色の小人。
「やばい、ゴブリンだ。さすがに森の中で騒ぎすぎたか」
「これってどのくらいやばい感じなの?」
「もし武器を構えてきたら最悪の場合、俺たちは今日の晩御飯か明日の朝ごはんか……」
「オカズにされちゃうってこと!?」
ゴブリンは手に持った武器をこちらに向けて戦闘態勢に入る。俺とネトリアは飛び起きて、ゴブリンを正面に俺はナイフを、ネトリアは長杖を構えた。
この世界のゴブリンは狩りをして食料を調達しているのか、縄や網などの狩猟道具を持っており、一体のゴブリンの腰には小さな鳥がぶら下げられている。
狩りができるほどの知能がある相手、これはまずい状況だろう。
ネトリアは先ほどとは真逆の、落ち着いた声色で俺に声をかける。
「君、戦える?」
「いや全然。そっちは」
「私の自己紹介聞いてた? 稀代の魔法使いだよ? そりゃ楽勝よ」
俺にそう言い捨てるとネトリアはゴブリンに長杖を向けて、息を深く吸い込む。魔法を使うようだ。
「水球連弾!」
技名のような魔法を唱えると、ネトリアの正面には雨粒のような水滴がぽつりぽつりと生まれて集まり、握りこぶしほどの水の球が五つ出来上がる。
ネトリアが長杖を振りぬくと、水球は弾かれたように動き出した。
水球はゴブリンに見事命中して弾けるが、明らかに通常の水とは思えない粘り気を持ち、糸を引いて辺りに飛び散り、ゴブリンの体の上を日光をてらてらと跳ね返しながら滴り落ちている。あれローションだな。
「あの水なんでぬるぬるしてるんだ?」
「私が水をイメージすると、なんかぬるぬるしちゃうんですよねこれが」
ローション弾の直撃の威力は低いようで、ゴブリンたちはピンピンしている。しかし、突然体中がぬるぬるになったことで手に持ったこん棒がすっぽ抜けたり転んだりして、意外にも混乱を起こすことに成功していた。
「他にはけん制になる魔法はあるのか?」
「けん制? そういうのは使えないかなぁ」
「稀代の魔法使いなんじゃないのか?」
「新魔法の開発は得意なんだけどね。既存の魔法はさっぱりで、えへへ」
えへへじゃねえ!
せめてゴブリンたちを追い払える魔法があればと思った俺がおかしいのか?
悠長にネトリアと会話している間に、ゴブリンが武器を杖にして転ばないように踏ん張りながらも立ち上がっていた。突然ぬるぬるをぶっかけてきた俺たちにかなり怒っているのか、眉間に皺を寄せて、汚れた歯をむき出しにして甲高い声で騒いでいる。
いやよく考えれば突然ぬるぬるをぶっかけられたら誰でも怒るか。
「とにかくここから逃げよう。森から離れればさすがに追ってこないはずだ!」
「がってんだ!」
状況がわかっているのか怪しいネトリアと共に俺は森の中を走った。森は所々薄暗く、地面から飛び出た木の根や背の低い木の枝葉で思ったように進めなかったがそれでもゴブリン達から十分距離をとれたはずだ。
そう思っていたが、目の前の茂みから三体のゴブリンが現れ、余裕をかましていたネトリアが驚いた様子で俺の後ろに隠れる。
「なんで私達の前にゴブリンがいるの!? 瞬間移動!?」
「たぶん別のゴブリンだ、体がぬるぬるしてない」
ゴブリン達はすぐさま木を削った槍の矛先を俺たちに向けた。明らかにやる気満々である。もしかしてぬるぬるにしたゴブリンがなにか叫んでいたが、あれは別動隊を呼んでいたのかもしれない。
「仕方ない、こっちに逃げよう」
街道に出るルートを塞がれて仕方なく背の低い茂みの中を突き進んだ。けものみちすら無い中をひたすら突き進んで、ゴブリンたちの声が聞こえなくなったところでネトリアが突然うつむいて立ち止まる。
「もう無理……これ以上走ったら死ぬ……」
魔法使いはこの世界でも体力が低いようだ。
ちなみに魔法使いでもない俺も体力の限界だった。高校の体育の授業を最後に運動をしていない人間に、未開の森の中を走り回るのはきつすぎる。
ネトリアは顔をあげる気力もないようで、息を整えながら地面に汗が滴り落ちるのを眺めている。
「ゴブリンからは逃げられたけど、これからどうしようか……来た道を戻るわけにもいかないし、これ以上森の中を進んでたら遭難しちゃうよ」
「かと言ってゴブリンがどこかに行くまで隠れてるのも無理そうだし、やっぱり戦って森を抜けるしかないか……」
「えぇ!? 戦うの!? なんかいい方法あるの?」
どうしよう。正直に言えば策は無い。あるのは神様から貰った魔道具と古びたナイフ。それからスケスケの魔法とぬるぬるの魔法だ。いや、服ではなく体が透明になるならなんとかなるか?
「なあ、魔法で体を透明にできるか?」
「え!? こんなときにそんな特殊なプレイを!?」
「そうじゃない。透明になって逃げられないかって話だ」
「ああ、なんだ……それは無理。私の魔法って結構雑でさ、単純に服を透明にするんじゃなくて、服が見えなくなる空間を作り出す魔法だから離れたら意味ないんだ。それに体を透明にする魔法はちょっと問題だらけでね……」
なんか最後の言葉がひっかかるが、とにかく透明になって逃げるのは無理ということらしい。しかし服を透明にしたところでどうにもならない。
他に思い当たる策は無い。そう思いながらふと見上げたその時、頭上の枝の間から俺たちを見つめる巨大な黄色い目玉と目が合った。
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