第6話 変態たちのいるところ2


 だが、俺は森に来ていた。

 よく考えれば俺は怪物が見たくて異世界に来たような人間だった。我慢できるはずも無い。

 ナシャル達には申し訳ないが、気持ちを切り替えて森に現れる触手を持つ怪物について調査を進めることにしよう。


 俺が初めて異世界に来た時と同じように、森は一見すると平和だった。獣の類はたまに道を横切るウサギくらいだし、ましてや怪物の気配など微塵も感じられない。行商人とその護衛がゆっくりと馬車を転がして横を通り過ぎていったが、怪物に襲われた様子も無く、護衛はあくびをしていた。


 森に入ってしばらくした時、風に乗って聞きなれない声が聞こえてきた。

 あぜ道から茂みをかき分けて、森の奥へと入っていく。木の根がむき出しの手つかずの自然を突き進んでいくとさらに声は大きくなり、水のような音も聞こえてきた。


「んっ……はぁっ! うっ……」


 間違いない。女性のなまめかしい嬌声が奥から聞こえてきている。

 この先に何かある。それは間違いないのだが……。

 行っていいのだろうか。

 もしこれが誰かが怪物に襲われているなら一大事だ。でも、異世界の男女には色々と事情があって野外であれこれしているならば、すごく気まずい。

 もしくは怪物が人間の声真似をして、獲物をおびき寄せるという可能性もある。

 いや、三分の二の確立で怪物が出ると考えれば、突撃するのも悪くないか。

 二度目の嬌声がした後、俺は意を決して茂みから飛び出した。


「これは――」

「んぐ、んんっ……!」


 女性が多数の触手に襲われている!

 ローブを着た女性の細い手足に触手がぐるぐる巻きついている。さらに目隠しのように額に巻き付かれた触手の先端は、口に突っ込まれていた。女性の肌はぬるぬるの粘液まみれになって、ときおり腰が大きく跳ねては肩で息をするように動いている。いかん、観察している場合ではない。

 俺は咄嗟に触手の一つをナイフで切断すると、触手は暴れながらピンク色の粘液を辺りの草木にばらまいた。

 触手の主は驚いた様子で茂みから飛び出した。怪物は一つの巨大な黄色い目玉で俺を見ると、木の上を伝って森の奥へと消えていった。

 恐らくローパーと呼ばれる怪物だろう。木の幹のような円柱の胴体に一つの大きな目玉、そして多数の触手と全身を覆う粘液。コイツが森を通る人を襲う怪物で間違いなさそうだ。

 ぐったりと横たわっている女性の頭に絡みついた触手を何とか引きはがし、口から触手を引き抜くと、ぬるぬるの粘液まみれになっている女性はせき込みながら俺をにらみつけた。


「邪魔しないでよ……」


 起き上がるなり、とげのある声でそう言った。

 ああ、これはあれですね。ナシャルと同じパターンだ。彼女もきっとくだらない事情があるやつだ。

 女性は肩まで伸びている黒髪についた粘液を手で払いながら、何度も深くため息をついている。

 服装は厚手の服と動きやすさを重視しているらしい丈の短い黒いローブ、そのどちらにも杖がモチーフらしい紋章が付けられている。どこかの制服だろうか。

 その服に付いた粘液を払い終えると、こちらに向き直った。


「で、君は誰? 何しにここに?」

「俺は怪物の調査にきた者だ」

「そう、怪物調査ね……」


女性はつぶやきながら、茂みに埋もれていた長杖を手にすると長杖をくるくると回して「やあやあ我こそは――」と名乗り始めた。情緒不安定なのだろうか。


「魔法大学において稀代の魔法使いとその名を轟かせ、魔法発明家にして、スケベ魔法の使い手。その名もネトリア!」


 長杖の先端を俺にビシッと突きつけた後、ネトリアと名乗る女性はその恰好のまま動かない。俺の反応を待っているのだろうか。

 それはともかく、俺の中のやばい人をかぎつけるセンサーの数値が振りきれた。コイツは絶対にやばい。


「あれ? もしかして私のこと見えてない? 聞こえてるー?」


 この世界に異世界特有の様子のおかしい人がいることは、ナシャルのおかげである程度分かっていたが、俺だけエンカウント率高すぎないか?

 そもそもスケベ魔法ってなんだ。いやなんとなく想像つくけど。

 だが今は俺の境遇について考察している場合ではない。このネトリアに大事なことを聞く必要がある。


「ところで邪魔するなって言ってたけど、どういう意味?」

「私が沼地で捕まえた大事なローパーちゃんと戯れてたところを君が邪魔したんじゃないか」


 戯れてたというか、どう見ても恥ずかしい行為をしていたようにしか見えなかったんだが。


「そのローパーが森を通る人間を襲うっていう話は知ってるか?」

「え……まじすか」

「マジです」

「でもでも、私は人に向かっていやらしく触手を巻き付けてちょっと気持ちいいくらいの絶妙な力加減で締め付けるように教育しただけだよ!」


 今回の件は、コイツをナシャルに突き出せば一件落着というわけだ。


「わかるとは思うが、怪物を飼うのは危険だ。ネトリアとローパーには悪いが、すぐに騎士に知らせて――」

「いや、待たれよ」


 ネトリアは俺の口に指を当てて発言を制すと、神妙な顔で語りだす。


「これもすべて私が起こした問題。私がローパーちゃんを捕まえるよ」

「その後に自首すると」

「そこまでは言ってない」


 ネトリアはきっぱりと言い切ったと思ったら、態度を変えて猫なで声でにじり寄ってくる。


「ところでさ、君も協力してくれるかな? 乗り掛かった舟だし? ここでさよならは悲しいよね?」

「なぜそうなる」


 船と言うよりも泥船と表現したほうが良いだろう。


「もしかして、私のこと嫌いなの?」

「いやそういうわけじゃないけど」

「じゃあ好きなのか」

「それはもっと違――」

「やれやれ、君は今日会ったばかりの私にもう惚れているのかね。君はチョロいな! 私は君という男が心配になってきたぞ!」


 俺の異世界生活はもうだめかもしれない。

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