第5話 変態たちのいるところ1
今ナシャルに案内されているのは、ルシオン大陸の最北端にあるミオラという街だ。ルシオン大陸はデルミオール王国が治め、ナシャルはその王国に属する騎士の一人。そして騎士は大陸全土とそこに住む人々に平和をもたらすため、日々務めを果たしている。
王国の紋章を見るたびに騎士ナシャルによるそんな説明を聞かされ続けるミオラの街の案内。正直に言って王国の統治がどうとかという話は、ただの現代人である俺にはよくわからなかったが、ミオラの街がとても恵まれた環境にあることは、街の中を歩いているとそこら中から感じられた。
北には海、西には山、東と南は森と草原に囲まれた大きな街。
街の周囲には城壁があり、かつてミオラの街が城塞であった名残であるという。歴史的価値から城壁が残されているようだが、人口増加のため城壁外にも民家が建っている。街を守る壁としての役割はあんまり無いようだ。
唯一城壁の無い海側は貿易船が頻繫に行き来している。その結果様々な物が街に流通しているようで、石畳の綺麗に舗装された大通りにはいつも様々な露店が出ている。露店を抜けると今度は立派な商店が立ち並ぶ。武器や防具、そして魔道具の店や食堂まで、とにかく何でもそろっていた。
そして大通りの先、街の中心部には目を引く建物があった。
何本もの尖った屋根が伸びる、他よりも数段大きい教会のような建物。石造りの細かい装飾が余すことなく壁に敷き詰められていて、柱一本を取ってみてもかなりの年月をかけて作られた建物だと分かる。馬車同士がすれ違えるほど大きな入口の上には、水晶の付いた杖を象った紋章が光っていた。
「流石に魔導協会は知っているよな?」
「いや、まったく」
「魔導協会は人々に魔法を広め、魔法に関するルールを決め、危険な魔法生物を狩り、人類の発展のために尽くしてくれる。そしてここはその魔導協会が活動する聖堂だ」
聖堂内部の壁沿いには、杖、魔法に関する本、魔道具の売り場が三階層に分かれて設置されている。その反対側の壁には、魔法大学のパンフレットや、魔導師試験という資格らしいものの案内がでかでかと張り出されていた。聖堂というよりかは、魔法に関する物のショッピングモールといった印象だ。ちなみに最上階には小さなテラスがあり、街が一望できた。
並んでいる商品は、どれも値札のゼロの数が街で売っていたものより二つほど多いように見える。魔導協会の紋章入りの物ばかりなので、ブランド品といったところだろうか。
魔法の使えない俺にとって魔道具は魅力的だが、今の俺には金が無い。何をするにもまずは金を稼がなくてはいけないので魔導協会の聖堂を出た後、ナシャルに冒険者の存在を確かめてみた。
「この街には冒険者? 傭兵? まあとにかく依頼を受けて日銭を稼ぐ連中はいるのか?」
「冒険者か……確かに何人かいるが、ここら辺は平和だからあまり働いているようには見えないな」
ナシャルは歯切れの悪い言葉でそう言った。酒場で飲んだくれてはトラブルを起こす連中で、あまり評判はよくないらしい。たまに騎士が仕留め損ねた怪物をハイエナのように狙っては、怪物の素材を売ってなんとか暮らしている者もいるという。
「つまり冒険者という働き口は無し?」
「無しとは言い切れないぞ。騎士に頼むほどでもない小さな依頼を含めれば、それなりにある。小遣い稼ぎにはなるだろう」
小遣い稼ぎ程度では魔道具含め、野外で活動する物は手に入らない。現在の俺の装備は、墓守の家に置いてあった前任者が使っていたであろう古いカバンと、古びたナイフ。無いよりはマシと表現するのがふさわしい。
金を稼ぐ方法は他を当たるしかないようだ。幸いこの街は店が多い、アルバイトくらいならなんとかなりそうだ。
そう思案していると、人混みからナシャルに向かって声が飛んできた。
「ちょっとナシャル! こんなところにいた!」
「おおミサランか。どうした?」
ミサランは周りの目も気にせずナシャルに迫って声を張り上げた。
今まで走っていたのだろうか。今日もミサランは汗だくだ。
「どうしたじゃないわよ! 任務よ任務! 怪物が荒らした街道の瓦礫撤去に、森の方に出る怪物の調査。まだまだ残ってるんだから!」
「瓦礫撤去って……ナシャルは騎士だよな?」
「仕方がないだろう。呪いの装備の剛力で、何かを破壊する任務か怪物退治しか出来ないんだ」
そう言って右腕で怪しく光る鋼鉄のガントレットを見せた。
事あるごとに呪いの装備をこれ見よがしに見せつけるナシャルはともかく、俺はミサランの言っていた任務に気になる事があった。
「森に出る怪物って、どういう奴なんだ?」
「最近森を歩いていると、手や足を触手のような物で撫でられるっていう変な報告が来てるらしいのよ」
触手を持つ怪物か。これはぜひとも――
「……何となくあなたの考えてることが私にもわかるけど、行っちゃだめよ。騎士団に任せて街の観光でもしてなさい。行くわよナシャル」
「すまないな、案内はここまでだ。この後はどうするんだ? 街を探索するのか? もし街の中で迷ったらこの聖堂を目印に――」
「あんたはお母さんか! ほら早く来なさい!」
首根っこを掴まれてナシャルママはミサランに引きずられて人混みの中に消えていった。
「森に出る怪物か……しかも人を襲うが触手のような物で手足を撫でられるだけ……」
行ってみたいがさすがに一人ではまずいだろうな。俺はそこまで怪物バカじゃない。理性に従って今日は街の中を探索して一日を終えよう。
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