第4話 どうしようもなく呪われた騎士4


「言っていなかったか? 呪いの装備は壊して外すことが出来ない程頑丈なんだ。あれくらいの衝撃ではびくともしないさ」


 泥や煙ですっかり汚れてしまったナシャルだったが、満面の笑みでそう言った。

 スライムが跡形もなく破裂して、木が粉々になって地面がえぐれる現象をあれくらいで済まされては困る。


 ともかくスライムを討伐するという目的は果たされたので、俺はナシャル達と共に泥や煤を払いながら休憩をしていた。

 杖を失って落胆するミサランと、呪いの装備の力が発揮できて嬉しそうなナシャルを尻目に、俺はこれからのことを考えた。


 神様からのミッションは、目立たずに謎の魔王の存在を調べ討伐すること。改めて考えてみても、無理難題にもほどがある。

 色々と情報の入りやすいであろう騎士と知り合いになっておくのはいいことだが、ナシャルは明らかに危険な匂いがする。

 と、そのナシャルを見ると、何やら言いたそうにこちらを見ていた。


「ところで、これからシズオはどうするんだ? 私達は街に戻るが、その……あの話もあるし、もし帰るようであれば連絡先を知りたいのだが……」


 あの話というのはもちろん俺の持っている魔道具を譲る代わりに何でもするというものだ。ちゃんと対価を払おうとすることと、騎士であることから信用はしてもよさそうだが、さっきの派手な活躍もある。何とも悩ましい。

 ともかくナシャルが目を輝かせてグイグイ迫ってくるので返答しなければ。


「実は俺、今日この地域に来たばかりだから宿はとってないんだ。そんなわけで、どこか泊まれる場所を知らないか?」

「泊まるところ……資金はいくらくらいだ?」

「資金……そう言えば……」


 持ってない。無一文である。すっかり忘れていた。


「もしかして持ってないのか?」

「お金も持たずその恰好で来たの? なんか怪しいわね……」


 ナシャルには残念そうな顔で見られ、ミサランにはものすごく怪しまれている。正直に神様の力で異世界から来ましたと言ってしまおうか。いや、そんなことを言えばとうとうかわいそうな人として、保護とかされてしまうかもしれない。俺の中にわずかに残されたプライドがそれだけは勘弁してくださいと訴えている。


 一方ナシャル達は、なにやら顔を突き合わせて話し込んでいた。


(ナシャル、あの依頼の話でもしてあげれば?)

(あの依頼ってあの依頼か? でもあそこは出るって噂が……。いや、怪物研究をしているならむしろ喜んで泊ってくれるか……?)


 なにか決まったのか、ナシャルが顔を上げてにっこりと笑顔を俺に向けた。


「実はな、金が無くても泊まれるところがある」

「なんだそれ、事故物件か?」

「事故物件……というのはよくわからないが、騎士団に来た依頼なんだ。街の外にある墓地を管理する墓守が亡くなってしまってな。それで後継者を募集しているんだ」

「墓守か……」

「墓場近くの一軒家に住み込みの仕事で、定期的に墓場の手入れをしてくれるだけでいい。その代わり給料は安いけどな。どうだ?」


 贅沢は言っていられないだろう。それに異世界の墓場だと? 絶対ゴーストとかゾンビとかが出るフラグじゃないか。興奮してきた。


「わかった、その仕事を受けさせてもらうよ」

「決まりだな。では向かおうか」



 ***



 街へと向かう道を反れて、小道に入る。その先には丘が見え、丘全体に墓石が建てられているのが見えてきた。

 その丘の中腹に小屋があった。平屋の家屋とその隣には電話ボックスくらいの木組みの小屋、おそらく便所だろう。そして家の裏には墓場を手入れするための草刈りや木を切るための道具がしまってある納屋があった。

 住むことになる平屋の方は、丸太を組んだログハウス風の家で、中には木製の質素な椅子と机、壁を隔ててベッドもあった。簡素だが火の扱えるように石造りの調理場もあって、生活するにはまったく申し分ない。


「結構いい所だな。眺めも良いし」

「そうか? すぐ近くに墓があるのを気にしないのなら確かに」


 ナシャルは何か気になるのか、裏手にある墓場の方を見ていた。ミサランなんか早く帰りたそうに入口で大人しくなっている。

 反応を見るに、おそらくそういう噂などがあるのだろう。だが俺にはあいにく霊感などは無い。なので異世界転移前の世界では幽霊の存在を信じていたのにも関わらず出会うことが出来なかった。俺は不謹慎にも期待してしまっているのだ。

 

「それで? 今日はもう休むのか? それとも飯か? 飯ならおススメの場所を知ってるぞ?」

「いや、疲れすぎて腹減ってない。今日はもう寝るよ」

「そうか、ちゃんと温かくして寝るんだぞ。誰も来ないとは思うが戸締りもしっかりするんだぞ」


 まるでお母さんみたいな発言だ。


 そんなやり取りをしているうちに、太陽が傾き辺りがオレンジ色になっていた。

 街に帰って報告しなければならないナシャル達とは今日はここでお別れとなる。

 別れ際になってナシャルからある提案を貰った。


「そうだ! 明日は私が街を案内しようか? 案内がいたほうが色々と捗るだろう?」


 素晴らしい積極性を発揮するナシャル。

 騎士が付き添いで街の案内というのは魅力的だ。絶対安全そうだし。


「じゃあ、お願いしようかな……」


 俺が承諾するとナシャルは「まかせろ!」と屈託のない笑顔を見せて俺の肩をバシバシ叩いた。呪いの装備を付けていない左手の方だったが、かなり痛い。

 俺との約束を取り付けたナシャルは意気揚々とミサランと共に去っていった。


 異世界生活が始まって最初の夜。俺はベッドに倒れ込んだ。

 埃だけが捕らえられているクモの巣を眺めながら、これからのことを考える。

 家は手に入った。あとは金だ。働き口を見つける必要がある。ゲームなんかの異世界の場合は、怪物を討伐したり珍品を採取してきたりする冒険者という職業があって、組合みたいなものが冒険者たちを管理していたりするものだ。この世界にそういった制度があるかは、聞きそびれてしまった。

 そうやって日々を過ごしつつ、魔王の情報を集める。時間がもし余れば怪物の観察をする。完璧な考えだ。


 そんなことを考えているうちに、俺の意識は眠りの中へと消えていった。

 そして、異世界生活二日目の朝が来た。

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