第2話 どうしようもなく呪われた騎士2


 というわけで始まった女騎士ナシャルとのスライム捜索&討伐作戦。

 ナシャルが言うにはスライムは仲間の魔法使いミサランを追いかけまわし、ミサランは魔法を使う間もなく逃げまどい、このだだっ広い草原地帯へと消えてしまったという。

 今もミサランは逃げ続けているのだとしたら、こちらから追うのではなくこちらに逃げてもらうのが一番早いだろう。

 ミサランがどこか安全なところに避難しているのかとも思ったが、それはナシャルいわく「はぐれた時は魔法で合図するように伝えてあるが、まだ合図は無い」とのことだ。それならば、こちらが合図を出せばいい。


「こっちからミサランに合図を伝えることはできないんですか?」


 この言葉でナシャルは思い出したかのように、腰に下げてある小さな革鞄から布にくるまれたほんのりと赤く光る水晶玉を取り出した。


「それは?」

「これは火を起こすための魔道具だ」


 俺が神様から貰った魔道具よりもかなり大きいが、どことなくただの玉でない雰囲気を纏わせている。


「良ければ使ってみるか? ここでは危険だから、あの岩の上で狼煙を上げよう」


 草原地帯に点在する腰ほどの高さのある大きな岩の上に移動した。枯れ草と小枝、その中に火薬を少量詰め込んだ小さな山を作る。


「で、どうやって使うんですか?」

「軽く衝撃を加えれば火花が出る。強くやりすぎると火花どころじゃなくて、炎が出て火傷するから気を付けてくれ。魔力の減りも早いしな」


 魔道具を卵の殻を割るくらいの力で岩に当てると、火花が飛び散った。直に持っている物から火花が飛び散るので、おっかなびっくりだ。

 何度かやっているとそのうちにうまく火が付いたようで、火薬からは細い煙が出て青空へと昇って行った。


「使うのは初めてのようだな」


 ナシャルがほほえましいものを見るような顔で言った。


「俺がいたところでは魔法はあまり発達していなかったんで」

「そうなのか? しかしよくそんな状態で怪物の研究をしているな。危険すぎないか?」


 あまりにも不自然すぎただろうか。魔法もロクに見たことが無い一般人が、怪物の研究をしているというのはよく考えれば説得力に欠ける。

 だが幸いナシャルは、怪しむというよりか凄く心配してくれているという様子。いい人すぎてこっちが心配になる。

 だがいい人だからと言って、勇者として異世界からやってきたばかりなんですと軽々しく言うわけにはいかない。

 申し訳ないが、嘘をつくことにした。


「怪物の研究は金がかかるから、私財はほとんど持ってないんです」

「その気持ちはわかるぞ。私も趣味で散財するタイプなんだ」


 ちょっと頭が弱そうだけど、ナシャルが凄くいい人であるのは間違いなさそうだ。


「それに完全に丸腰じゃないですから。一応魔道具を持ってます」


 俺は神様から受け取った魔道具を一つ取り出してナシャルに見せた。ナシャルは不思議そうな顔をして、魔道具を見つめていた。


「それは? 見たことない魔道具だが」

「魔法を無力化する魔道具らしいです」


 ナシャルは俺の言葉を聞いて、少し考えているようだった。もしかしてこの魔道具って貴重な物だったのか? あんまり神様の説明を聞いていなかったから覚えていないが、これも軽々しく見せてはいけない物だったのだろうか。


「その魔法を無力化というのは、どの程度の魔法まで無力化できるんだ?」

「簡単な魔法なら数回、強力な魔法なら一回くらいは無力化できるらしいです」

「ふむ……その魔道具はいくつか持っているのか? どこで手に入れたんだ?」


 ナシャルが凄い食いつきを見せてくる。顔もぐいぐいと近づいてくる。


「ああ。いくつか持って――」

「頼む! 怪物研究の手伝いでもなんでもするから、一つ譲ってはいただけないだろうか!!!」


 俺の言葉を遮って突然の大声が、草原に響いていた。ナシャルはハッと我に返ると、小さく「すまない」と言って理由を話し始めた。


「私にはどうしても解決しなければいけない問題があるんだ。私一人の力ではどうすることもできなくてな」


 ナシャルは神妙な面持ちで語り始めた。明るくハキハキしていた時とは完全に真逆で、抱えている問題というのがとても重大なものだとうかがえる。


「これを見てほしい」


 俺の前に差し出されたのは、鎧に包まれたナシャルの右腕だった。鋼鉄製のガントレットが鈍い光を放っている。他の部位とは少し色味が違うようだ。


「こういうことはあまり他人に言わないほうが良いと言われているが、こちらから頼むのだから隠し事は無しにしたい。正直に言おう。このガントレットは呪いの装備と呼ばれるものだ」


 呪いの装備。ゲームなどでは、装備した者に強大な力を与えるが、同時に体力を奪われたり、外せなくなったりするデメリット効果もある装備だ。さすが異世界ファンタジーだけのことはある。呪いの装備まであるとは。


「このガントレットはどうやっても外れないんだ。既に三か月もの間、このガントレットと寝食を共にしているがさすがに日常生活に支障があってな」

「呪いって……。そんなものがこの魔道具でなんとかできるんですか?」

「呪いと言っても邪悪な物ではない。最初は複雑な魔法がかけられた一種の魔道具のような物だったんだが、それを解除したり、改良したりしようとさらに魔法をかける。そして出来上がるのが何重にも魔法が絡み合った、呪いの装備というわけだ」

「じゃあ、魔法さえ無力化できれば外れると」

「そういうことだ」


 呪いの装備という仰々しい名前だが、その実態は魔道具。そういうことなら、この魔法を無力化する魔道具が役に立ちそうだ。

 事情はわかったが、気安く渡すわけにはいかない。ナシャルには申し訳ないが、外れない程度ならそこまで支障は無いように思えるし。

 だが、その考えはナシャルの行動によって否定される。


「この呪いの装備は外れないだけじゃないんだ。私の右腕の力のみが凄まじく強化される効果もあるんだ」


 そう言ってナシャルは、座っている岩の端を右手の指で軽く突いた。突いたところからヒビが走る。

 指先だけで岩を割ったのか。


「このように右腕のみ力が強化されてこんなことができるだが――」


 その後もトントンと指先で岩を叩くと、岩から石に、そして砂になっていく。その砂を見つめながら、失笑交じりにナシャルは続けた。


「この剛力は全く制御できないんだ。軽い握手でも傷害事件になってしまうし、私の家のドアノブや窓は粉々になるし、騎士なのに剣を持つと柄が折れてしまってロクに剣も振れないんだ」


 もし俺と右手を使って握手していたら、俺の手の骨はこの岩のように砕けていたのだろう。これは確かに深刻な問題だ。一体どうしてこんな目にあったのだろう。


「それにしてもどうして呪いの装備を付ける羽目に? 誰かに騙されたとか?」

「いや? これは自分で装備したんだ。眺めながら晩酌をしていたら、つい着けてみたくなってな」


 ケロッととんでもないことを言っている。俺が理解をする前にナシャルはまくし立てる。


「恥ずかしい話だが、あの夜は酒が進んでしまってな。他にも呪いの足甲や蠢く盾なんかも一緒に酒の肴にしていたんだが、ふと装備してみたい欲が出てしまって――」


 あの夜というのを思い出しているのだろうか、ナシャルはほんのりと高揚していた。声も明るく跳ねるように、言葉を続ける。


「今思えば、装備したのがこのガントレットで本当に良かった。呪いの足甲は装備すると時間が経つごとに重量が倍になっていくし、盾に至っては描かれた獅子が出てきてしまうからな!」

「ナシャルさん、趣味を聞いてもいいですか?」

「呪いの装備収集だ」


 ドヤ顔ナシャルのその告白だけが、草原に響いていた。

 俺の同情を返してほしい。呪いの装備の収集を趣味にする女騎士? ナシャルが一番呪われているのではないだろうか。


「つまり、酔った勢いで着けた呪いの装備を、俺の貴重な魔道具を使って外したいということか?」

「だめだろうか?」

「だめだろ」

「いや待て、冷静になれ。私が怪物研究というのを手伝うという見返りもちゃんとある。確かに貴重な物のようだが、それを譲るだけでこれからの研究が捗るんだぞ」

「俺は冷静だ。そんな願いを叶えるために譲るわけないだろ!」

「待ってくれ! 手伝い以外にも力になろう。この近辺について案内もするし、必要なものだって私が揃えるから!」


 必死すぎる。どうにかして自分の有用性を伝えようとしているのだが、右手の鈍い光を放つガントレットがどうにも目についてしまう。呪いの装備を自分でうっかり装備しちゃう女騎士は絶対厄介事の種だ。きっと呪われたみたいに面倒事を吸い寄せるだろう。神様から目立つなと言われている以上、これ以上深く関わるのはまずい。


 なんとかして興奮気味ににじり寄ってくるこの女騎士を説得しなければ。

 そう思っているところに、風に乗って声が聞こえた気がした。ナシャルもなにか聞こえたのか俺に対しての自己アピールをやめて、辺りを見回している。


「――助けてぇぇ!!」


 今度ははっきりと、悲鳴に近い声が聞こえた。

 声のした方を見ると、黒いローブを纏った女性が裾を持ち上げながら必死そうに草原を突っ切ってこちらに走ってくる。ナシャルの仲間のミサランに間違いないだろう。


 その後方に、黒い塊のようなものが見えた。ミサランと同じような速さでこちらに向かっている。スライムだ。なんか思ってたのと違うけど。

 一言で表すなら、汚泥だ。

 這いずった後の草原の緑が、茶色く汚れてしまっている。表面からは石や木の枝のようなものも見える。

 しかもサイズがかなりでかい。遠目からでも姿をはっきりと確認できる。前を走るミサランと比べてみてもその大きさがよくわかる。目や鼻を塞ぐどころではなく、人間一人ならすっぽりと覆えるだろう。

 まるで意思のあるミニ土砂崩れ。これを二人だけで討伐しようとしていたのか。


「来たか。まずはミサランを休ませるために、私が囮になろう」


 ナシャルは立ち上がると、凛とした目でスライムを捕らえていた。


「大丈夫なのか?」

「私なら大丈夫だ。それに魔法が無ければスライムを倒すのは難しい。そのためにはミサランを安全なところに運んで少し休ませる必要がある」


 ナシャルはそう言って近くにある樹木を指さした。草原であの巨大スライムから離れられるのは木に上るしかなさそうだ。


「私が行ったら、お前はミサランを助けてやってくれ。少し休めば魔法が使えるようになるはずだから、そうしたら合図を頼む」


 それだけ言うとナシャルはこちらに向かって爆進してくるスライムの前に立ちはだかった。

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