第1話 どうしようもなく呪われた騎士1


 初めての異世界。そこは森の中だった。

 一見すると、転移前の世界と同じように見える。空の色は転移前と同じで、どこまでも青く広がっている。木々もツタを伸ばして襲ってくるような怪物などではなく、街路樹として植えてあっても違和感のない普通の広葉樹だ。


 森を分断するように一本の道ができていて、そこに俺は立っていた。いきなり異世界の森に飛ばされても、こうして冷静でいられるのは文明的な何かを感じられるものがあるからだろう。

 道は舗装こそされていないが二本の線が道に沿って伸びていた。おそらく車輪の通った跡で、土が固まっていないところを見るとちゃんと使われている道のようだ。

 俺は道沿いに歩きながら、現在の自分の状況を確認する。


 まず服装。

 この世界の標準的な服装なのかわからないが、布の服と、革のズボン。そしてブーツだけだ。怪物や野盗から身を守れる装備ではない。それどころか、布の服は繊維が荒くて蚊の吸血すら防げるのか怪しい。神様は何も言っていなかったが、こんな初期装備にされるとは。


 そして武器。特になし。

 しいて言うならば、魔法を無効化できる魔道具だ。個数は十個。

 当然魔法が使われたことに対する防衛にしか使えないので、もし盗賊などが出てきたらそこでゲームオーバーとなる。

 恐るべき速さで状況分析は終わった。これから必要なのは衣食住の全てだろう。

 まずは平和的な人のいる場所を目指すのがよさそうだ。


 わだちに沿ってしばらく歩いていくと、木々が減り景色は草原へと変わった。透き通るような空と眩しい太陽の下には、青々とした草原が広がっていて薄茶色い道の遥か先には街が見えた。大きくとんがった城らしき建物の周辺に、群がるように集まる家屋とそれを取り囲む低い壁のような建造物が遠くからでも確認できた。街の向こうには海も見える。

 見晴らしのいい草原だが、一応周囲の観察は怠らずに街を目指す。まだ念願の怪物には遭遇していないが、今遭遇しても困るのだ。出会って五秒でエサになるのは避けなければならない。


 そんなことを考えていると街の方向から道に沿って人がこっちに向かってくるのが見えた。近づくにつれてその姿ははっきりとして、騎士だということが分かった。

 鋼鉄の鎧をキラキラと反射させながら、汗だくになって走っている。俺の姿が目に留まったのか、手を振りながらこちらを目指しているようだった。

 鎧をガチャガチャ鳴らしながら、俺の前で騎士は立ち止まった。女性のようだ。

 ブロンドの髪は汗まみれの額に張り付き、顔は長い距離を走ったせいか良い天気とは対照的な酷い状態だ。

 騎士は息を切らしながら額の汗を軽く手で拭うと、落ち着きのある声で言った。


「すまない、スライムに追いかけられている魔法使いを見なかったか?」


 ゲームで出てきそうな、いかにもクエストが始まりそうな会話だった。神様が俺に気をきかせているのだろうか。

 俺が怪訝そうな顔をしているのを察したのか、女性は息を整えて名乗り上げた。


「ああ、すまなかった。私はナシャル。見ての通り騎士だ。街道に逃げたスライムを討伐するために魔法使いのミサランと任務にあたっていたのだが、ミサランがスライムに追いかけられてどこかに行ってしまってな」


 ナシャルと名乗った女性は鎧の胸当て部分に入った牡鹿の紋章を見せた。おそらくどこかの国か組織の紋章だろう。

 街道のスライムを討伐するために騎士が動いているとは、なかなか治安の良さそうな場所である。


 それはともかく、非常に興味のそそられる事を聞いてしまった。スライムのことだ。

 ファンタジーの定番の怪物で、一部を除いて非常に強力な怪物として描かれる。液体状の体を持ち、物理的な攻撃を全て無効化し、鼻や口にへばりついて窒息させてしまう。

 いきなりそんな大物と会えるかもしれないなんて、俺は非常に運がいい。


「俺は青木ヶ原シズオといいます。申し訳ないですけどスライムは見てないですね」

「そうか見ていないか……。いや、ありがとう。えっと……アオキガハラシズオさん。……なんだか変わった名だな」


 ナシャルは感謝しつつも肩を落とした。また探し回る苦労を思っているのか憂鬱な表情が顔に出ている。


 ため息をつく女騎士を前に、俺はこれがチャンスだと思った。スライムと遭遇できるかもしれないのだ。ついでにこの辺に詳しいであろう騎士とも知り合いになって損はしないだろう。

 ナシャルは困っている様子だし、ここは助けになるとしよう。これくらいなら目立つことには含まれないはずだ。


「よければ手伝いましょうか?」


 俺の言葉を聞くや否や、ナシャルは目を輝かせた。だが、俺の体をしばらく見回した後、申し訳なさそうに口を開いた。


「嬉しいのだが、その……そんな恰好で大丈夫なのか? 武器も持っていないようだし、薄着だし、死んだ魚のような目をしているし……」


 最後以外は当然すぎる疑問だ。でも俺には怪物に関する知識がある。


「俺は怪物について研究していて、スライムについては多少詳しいんだ。確かに戦闘はできないが、邪魔にはならないと思う」

「そうか、それならば……まあいいか。よろしく頼む」


 納得したらしいナシャルはそう言って左手を差し出した。握手の文化はこの異世界にもあるのだろう。左手なのは利き腕だからだろうか。

 俺は左手を差し出して握手を交わし、女騎士ナシャルと行動を共にすることとなった。

 笑顔で握手をするナシャル。体で後ろに隠している右腕のガントレットは鋼鉄とは思えない怪しい輝きを放っていた。

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