第一章 Ⅲ

 おれははしる。

 宇宙最速をめざしてはしる。

 さんがんたる決勝戦までほうちやくしたおれさまはめいもうたる地球火星間ラグランジュポイントに建設された西暦五〇〇〇〇二〇二〇年度銀河系近代オリンピック一〇〇メートル走決勝戦の舞台にとしてしようりつしていた。に存在するのは一〇〇メートル走用の炭化けい製のコースとウルツァイト窒化ほう製のスターティングブロックだけだ。天涯孤独の幼少期から一般教育すら享受しちゃいねえおれさまにはよくわからなかったが一騎当千のトランスヒューマニズムの進捗によってながら亜光速でばくしんする走者とおうじやくなる走路および器具とのあつれきによって一〇〇メートル走会場自体が核爆発する事例が記録されていたがゆゑに疾風迅雷の物理的衝撃にも耐久性のある超硬度素材がひんしつされたらしい。おれにはどうでもいいこった。おれはただはしるだけだ。けんれいろうかいなる自警団からとんざんしてきたのとおなじくざんなる運命からはしってにげるだけだ。けつけつたる量子もつれの作用によっておれさまの電脳前頭葉かいわいに設置した非侵襲型端末にメッセージがでんされる。オンユアマークス=位置について。おれさまたち決勝組はスターティングブロックのかいわいとしてきつりつする。セット=用意。決勝組はスターティングブロックに利き足を接続させてクラウチングスタートのふうぼうをとる。無機質なるスタートの電子音が響動めいたらプランク秒の勝負だ。秒速六億メートルの世界だ。スタートから0.0000003秒台のはたしあいだ。永遠の刹那。永遠の刹那。永遠の刹那。おれははしる おれははしるためにうまれてきたんだ おれは世界最速の人間になる おれはこの0.0000003秒の一瞬のためにこの世界にうまれて――――ピ。四四〇Hzのりゆうりようたる電子音。はじまった。人類が永遠にわすれることのないだろう一瞬がはじまった。けいかんなる両脚の反物質エンジンが一瞬で稼働する。市民番号20358ZZとは相違し反陽子ではなく陽電子による反物質エンジンであるがゆゑにガンマ線も低エネルギーだ。脳髄は電脳化されているしきゆうきようひやくがいが機械化されているのでまず悪影響はないはずである。おれの右足がスターティングブロックを破壊する。0.0000001秒経過。おれの左足がコースにめりこむ。0.0000002秒経過。気附くとゴールラインをこえている。0.00000031秒経過。光速をこえた。世界新記録だ。優勝だ。

 おれははしった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る