突然の雨で彼のお家に避難! 後編

「っはー! いやマジでこれぞゲリラ豪雨って感じだったな!」

「ぼくら風邪は引かないけど、濡れるのは困るよねぇ。自慢のもふもふ尻尾がぺったんこだよ」

「とりあえず着替えましょうか。それで洗濯して――おや、葉月。来てたんですか」


 ……わかってた。

 こういう抜群のタイミングで邪魔が入ることくらいわかってた。でもまだわいせつ神主歓太郎さんがいないだけマシかも。この3人(3匹)なら空気を読んで席外してくれる可能性も――


「やー、参った参った。ちょっともー見てよこれ、パンツまで濡れちゃってさ――ってあっぶね! はっちゃんいるじゃん! 危うく全部出すところだったぁ」


 わかってた!

 こうなることもぶっちゃけわかってた!

 わかってたけど期待しちゃうじゃん!?

 万が一にも億が一にも何なら兆が一にもあるかもって思うじゃん!?


 いそいそと下ろしかけていた袴を直し、「いるなら言ってよー。まぁ、見たいなら後でゆっくり見せてあげるけど?」と気持ち悪い笑みを浮かべているわいせつ野郎は完全無視である。お前それはほんとに罪名があるやつだからな。


 雨に濡れてしなしなぺたりとなった耳と尻尾をぴるぴると振りつつ、葉月だ葉月だともふもふ達――いやこの場合は『しなしな達』と呼んだ方が良いのかな――がわらわらと集まってくる。


「何何、葉月どうしたの? 慶次郎とデートしてたの?」

「でっ、デート、というわけでは」

「いやもうこれあれだろ、事後だろ。慶次郎のシャツ着てんだしさ」

「事後とか言うな! 馬鹿!」

「そうですよ純コ、いくら葉月が慶次郎のシャツを着ているからって、事後と断定するのは早いですよ」

「だから! お前もよう!」

 

 おパさんだけかよ、思考が健全なの!


「あれ、何。はっちゃんてば慶次郎のシャツ着てんの? へー、そう、ふぅん」


 ずっしりと水分を含んだ神主装束を忌々しげに振りながら、じとり、と歓太郎さんがこちらを恨めしそうに睨む。


 が。


 すぐににんまりと笑った。

 何だ、この人がこういう顔をする時というのは大抵ろくでもない発言が飛び出すのである。


「でもさ、それ選んだのは俺なんだし、実質俺のシャツを着てるってことだよね」

「は?」

「いやーん、はっちゃんが俺色に染まってる~。ていうかさ、それ着てるってことははっちゃんの服は洗濯してるってことだよね? ウチ乾燥機ないからさ、明日まで乾かないから。これお泊まり確定だよね? よっしゃあ! 俺シャワー浴びてこーようっと! 待っててねハニー」

「お前のハニーじゃねぇわ!」

「照れない照れない。その、とっても似合ってるよ。あとで脱がせてあげるねっ」

「黙れ! お前もう黙れえぇぇぇ!」


 誰が泊まるかぁっ! もう帰るわ! いいか、あたしはな別にこんなクソダサTでも全然帰れるんだからな!


 腹立つ背中にそう叫び、ぜいぜいと肩で息をして、その勢いのままくるりと振り返ると――、


「えっ、葉月帰っちゃうの……? ぼく、いまからご馳走たくさん作ろうと思ったのに……」

「葉月、帰っちゃうんですか……? いま客間にお布団敷いて来たんですけど……」

「ウッソだろ葉月、帰ったりしないよな? おれ、葉月と朝までゲームする気満々だったのに……」


 しなしなぺったりの耳と尻尾を力なく垂らし、これが漫画だったら絶対後ろに『キューン』みたいな効果音があるだろうと思われる、ケモ耳イケメンのトリプルしょんぼりアタックである。これを断れる人間なんてこの地球上にいるだろうか、いやいない(反語)。


 さらに――、


「は、はっちゃん、帰っちゃうんですか? その、無理にとは、えっと、言わないんですけど。でも、僕としましては、その、出来れば、もう少し、だけでも、ええと、あの」


 ヘタレもヘタレ、国宝級のドヘタレ且つ、顔面も国宝級のイケメン総大将が、このまま破裂するんじゃないかってくらいに真っ赤になってもじもじうじうじしている。ここでビシッと「今日は帰らないで」「今夜は寝かせない」「君だけは離さない」なんて言える男なら―いや、そんな慶次郎さんはやっぱり嫌だ。


 だけど、頑張れ。

 せめてもう少し頑張れ。

 もう少し勇気を出して帰らないでって粘ってくれたら、あたしだってまぁ、家に電話の一本でも入れたろうじゃないか。


 あたしのそんな思いが伝わったのだろう、ケモ耳(しなしな)達も拳を握ってエールを送っている。


「頑張れ慶次郎! 絶対あと一押しだよ! 今日は帰らないでって言うんだ!」

「慶次郎、勇気を出して! ここ一番のキメ顔で今夜は寝かせないって言うのです!」

「もうここまで来たら勢いだ慶次郎! 君だけはもう離さないぜベイビーって言え! 早く!」


 お前らが言うんかーい! ていうか何、あたしの心読んだ?! 純コさんだけ謎アレンジしてんじゃねぇ!


 だけど、ケモ耳達の言葉は一応彼に届いたと見えて、律儀にこくこくと頷いている。真面目だなぁ、慶次郎さん。大丈夫? あたしが言うのも何だけど、こんなの言える?


「はっちゃん」


 おっ、言うか? 言うのか?!


「な、何」

「あの、ええと――」


 まだ赤みの残る顔をぐっと上げ、ぎゅっと拳を握り締め、まっすぐあたしを見つめる。


「今日は帰らないで一緒にいて。今夜は寝かせないから。君だけは離さないよ」


「ベイビー♪」

「てめぇ、歓太郎さんじゃねぇかぁぁぁぁ!」

「か、歓太郎! どうして邪魔するんだ!」

「ベイビーじゃねぇんだわ! お前のベイビーではねぇんだわ! 帰る! あたし、帰らせていただきます!」


 気配を消し、音も立てず背後に回り、後ろから抱き着いて来た背後霊――もとい歓太郎さんをべりっと剥がし、鼻息荒くずんずんと廊下を歩く。もう誰が何と言おうと帰るわ! やってられっか!


「そ、そんなぁぁぁ! はっちゃぁん、待ってくださぁいぃぃぃぃぃ」

 

 慶次郎さんが半泣きで後を追いかけて来る。泣くなよ、二十三歳児。


「だいたいね、慶次郎さんがしっかりしないからでしょ!」

「うう……ごめんなさい……」

「どうなの? 慶次郎さんはどうなの? あたしに帰ってほしいの? ほしくないの? どっち!?」

「か、帰ってほしくないです!」

「何で! 理由を述べよ!」

「り、理由!? ええと、えっと、その、い、いいい一緒にいたいからです!」

「いたいのね? あたしと一緒にいたいのね?」

「はい!」

「よろしい! では帰らない! 丁重にもてなせぇ!」

「わかりましたぁ! ま、まずは部屋までお運びいたします!」


 と言うや否や、ポケットの中から紙切れを取り出し、軽く額に当ててから、ふぅ、と息を吹きかける。


 すると、


 ただの紙きれのように見えたそれは人型に切り取られた式札で、陰陽師の力を与えられたそれは瞬く間に人の形になって――


 あたしを、ひょい、と横抱きにした。

 運搬専門式神・こしあんちゃん二度目の登場(厳密には別固体)である。


「――っ、だから! こういう時はお前がお姫様だっこするんやろがいぃぃぃぃ!」

「だって僕が運ぶより安全且つ快適かと思って!」

「お前が安全且つ快適に運べやぁぁぁぁ!」


 廊下にはあたしの絶叫が響き渡り、気付けば雨も止んでいた。

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