【ヘタレ陰陽師】より
突然の雨で彼のお家に避難! 前編
何やかんやで一緒に歩いていたら突然のゲリラ豪雨! 運良く土御門神社の近くだったから、とりあえず避難することになったよ! さぁ、慶次郎と葉月はどうなる!?
「いやぁ、助かったわ慶次郎さん。たまたま神社の近くで良かったよ」
「お役に立てて良かったです。さぁはっちゃん、そのままでは風邪を引いてしまいますよ。着替えを用意しますから、シャワー浴びて来てください」
「えぇ〜? 大丈夫でしょ」
とは返したものの、べたり、と身体に張りついたシャツは正直気持ちが悪い。夏とはいえ、冷房の効いている社務所では確かに風邪をひいてしまうかもしれない。
だけど!
だけれども!
男性と二人きりという空間でシャワー借りてお着替えって、それ大丈夫なの?! いや、ヘタレもヘタレ、この人をヘタレと呼ばずして誰をヘタレと言うのか、でお馴染みのキングオブヘタレ・慶次郎さんである。万に一つも億に一つも何も起こらないのはわかっている。
だけど、兆に一つくらいはあるかもしれないではないか。
が。
「――ひぇっくしょい!」
「ああ、ほら。駄目ですよはっちゃん! 早く早く!」
目の前でここまで立派なくしゃみを聞かせてしまったら、そりゃあ何が何でもシャワーの流れにはなるもので。
さらには。
ヘタレもヘタレ、ヘタレど真ん中の慶次郎さんではあるけれども、彼は目先の大事に対し、少々突っ走る傾向にあるというか、これはうぬぼれになるかもしれないけど、その『大事』があたしに関わることだったりすると、もう持てる力のありったけを使って対処しようとするのである。そして彼の『持てる力』というのがこれまた厄介だったりする。
何せこのヘタレの彼こそ、千年ぶりに現れた安倍晴明レベルの陰陽師様なのである。
「――ひょわぁぁぁぁ!」
というわけで、突然現れた真っ白いお相撲さんの様な物体――彼の使役した式神・こしあんちゃん(運搬専門)に軽々と持ち上げられてしまったあたしである。
「いや、こういう時はお前がお姫様抱っこするんじゃねぇのかい!」
「ええぇ?! ぼ、僕がしても良かったんですかぁ?!」
普通そうでしょ!?
このシチュエーションならそうでしょ!?
それとも何かい?
その細腕じゃああたしを持ち上げられねぇってかい?!
……まぁ、水も含んでるし、多少重さは増し増しでございますけど? そこは否定しないけどね?!
などと、ぎゃあぎゃあ騒いでいるうちにも優秀なる運搬専門式神であるこしあんちゃんに運ばれ、気付けば風呂場である。畜生、もうここまで来たら入るっきゃないじゃん。
ざっと熱いシャワーを浴びて一息つく。やっぱり身体は冷えていたらしい。
脱衣籠の上にはいつの間にやら着替えが用意されている。当然のようにいつものクソダサTシャツである。見たことがあるやつだから、これは慶次郎さんのだ。
てことは……彼シャツ、というやつなのでは?
いや!
まだ!
まだ彼氏じゃないけど!
一応秒読みというか? それくらいの間柄なんじゃないかなーっては思っているけど、まだ確定ではないというか?
ていうかこのハーフパンツは前に借りたことがあるやつだ。
待てよ。
だったらシャツだって前回借りたやつがあるはずだ。なのにこれは慶次郎さんのシャツである。何、もしかして慶次郎さんもこのどさくさで『彼シャツ』したかったとか?
なぁによもー、あいつ意外とそういうところあんのかよぉ!
などとニヤニヤしつつ、とりあえず、無事だった下着類を装着し(無事ではあるけど、一度脱いだ下着をもう一回着るのって正直気持ち悪い)、ハーフパンツを借り、シャツを着る。
……が。
きっつ! きついんだよ! あの細マッチョ野郎! いや、マッチョかどうかは知らんわ、見たことないし! 細いけどせめて筋肉はあってくれっていうあたしの願望だわ! ていうかきついと思ったらこれSサイズじゃねぇか!
「――慶次郎さん、あのさぁ!」
ばん、と社務所のドアを開けると、着替えだけはしたらしい慶次郎さんが、やはりクソダサいTシャツを着て、濡れた髪をタオルでぐしぐしと拭いている。
勢いよく開いたドアに驚いたのだろう、彼はびくりと身体を震わせて「ひえっ」と小さく叫んだ。いや、すまんかった。あたしのこのすぐ沸点を超える癖どうにかしないとなぁ。
「どうしましたはっちゃ――ああぁ!」
あああ、と尚も叫んで、頭にタオルを乗せたままの慶次郎さんがこちらに向かってくる。ちょ、何何何!? あたし何かした?! 多少キレ気味にドア開けちゃったけど、それ?!
あっという間に目の前に立った慶次郎さんは、あたしが着ているシャツの裾をぐい、と掴んだ。ちょっと待って! 展開が早すぎるでしょ! こんなところで脱がせる気?! ていうか、告白もまだなのに!!
「ま、待って慶次郎さんそういうのはちゃんと段階を――」
「すみません間違えました!」
「踏ん――え?」
どうやら掴んだのは無意識だったらしく、それをパッと離して、今度は頭の上のタオルでそのまま顔を隠し、その場にしゃがみ込む。
「ちょ、何? どうしたの? え? 大丈夫、慶次郎さん?」
「ごめんなさい。ほんとはちゃんと違うやつ用意してて、その」
「へ? あ? そうだったの?!」
だ、だよねぇ。慶次郎さんが『彼シャツ』とかするわけないもんねぇ。
「それ、その、僕、の」
「うん、知ってる」
「あの、ちゃ、ちゃんと洗濯はしてるので、その、衛生面は特に問題はなくて」
「でしょうね」
衛生面は問題ないけど、サイズ感に問題があるんだよね。そうか、そう考えるとあたしって慶次郎さんより胸囲あんのかクソ。もっと肥えろや、慶次郎さん。食え、肉を食え。この際ピーマンより肉を食え。
「もし、その、嫌でなければ」
「うん?」
「それ、着ててもらっても良いですか」
「ま、まぁ……良いけど」
きっついけどね! 正直胸がきっついですけども!
すると慶次郎さんは、暖簾のようになっているタオルをそっとかき分けて、ちらりとあたしを見、照れたように、ふにゃり、と笑った。
「ありがとうございます。……その、何か、変なんですけど、嬉しく思えちゃって。僕の服をはっちゃんが着てるなんて。何か、恥ずかしいですね」
それが彼シャツというやつ――!!
慶次郎さん、それが彼シャツっていうんだよ! 覚えた? もう覚えたね?!
「け、慶次郎さん、それはさ、その、いわゆる『彼シャツ』ってやつなんだよね」
「『カレシャツ』? 何ですか、それ」
……絶対いまこいつ全部平仮名かカタカナで考えてるな? めちゃくちゃきょとんとしておりますけども。
「その……、彼、って別に彼氏とかに限らないのかもなんだけど、なんていうか、男性の服を女性が着る、みたいな」
「成る程、そういうのが流行っているんですか? ああ、確かはっちゃんもよく男物のTシャツ着てますしね」
「違う! そういうファッションの話じゃなくて!」
「えっ、違うんですか?!」
「その、なんていうの、男物ってやっぱちょっと大きいから、袖が余る感じとか、丈が長い感じになったり……ってあたしの場合はしてないんだけど、畜生、このSサイズ野郎!」
「ど、どうしましたはっちゃん!? 落ち着いてください! 鎮まりたまえ!」
「うっさい! 鎮まるわ! だから! その、じ、自分の彼女とかに、自分の服を着せて、『あー、彼女が俺の服着てる~』みたいな! そういうやつよ!」
何だよもう、全部言わせんなよ! ていうかあたしは彼女じゃねぇしな!
「っか、彼女、に」
「べ、別に? あたしは慶次郎さんの彼女でも何でもないけどね!」
畜生、もうとっとと告白して来いよぉ! そしたらその瞬間にこのクソダサTが完全に『彼シャツ』になんのよぉ!
さすがにそこまでは言えず、頭の中でシャウトして膝に顔を埋める。
彼シャツについて説明したことも恥ずかしいし、何だか告白を催促してるみたいになってしまったことも恥ずかしい。
と。
ふわ、と肩に手が乗せられた。
その温かさに顔を上げると、耳まで真っ赤になっている慶次郎さんがいる。
「あ、あの、はっちゃん。ぼ、僕としましては、その、ええと」
こ、これは!?
これは来たんじゃない!?
これは告白タイムなんじゃない?
「僕はその、はっちゃんのこと――」
来た!
ついに来た!
頼む、頼むぞもふもふ共! 並びにわいせつ神主! 絶対にいまは来るなよ!
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