もしもヘタレ陰陽師の(以下略 ②

「何か朝から賑やかだね」


 と、ニューカマーの登場である。誰この人。何か普通のイケメンなんだけど。何か普通の……イケメンなんだけど……。中性的な……。


「ああ、おはようはっちゃん。祝日なのに早起きするとは感心感心」

「誰だお前――!! さては歓太郎さんだろ――!」


 もうわかった。

 もう絶対ここはパラレルワールドなんだ。

 それはもうわかった。

 わかってしまった以上、この中性的イケメンは絶対に歓太郎さんだ。よく見れば面影はある。ただちょっといつも見ているわいせつ神主よりもなんて言うんだろう、『まともな大人感』があるだけで。それがあるだけでどえらい違いである。何、こんなに見た目にも影響出るもんなの? 何かもうオーラからして違うんだけど。もうひたすらイケメンなだけ。


「確かに俺は歓太郎だけど……。珍しいね、はっちゃんが俺のこと『歓太郎さん』なんて言うなんて。いつもは『歓ちゃん』って言ってくれるのに。でもまぁ高校生にもなって『歓ちゃん』はさすがに恥ずかしいか」


 どうやらこの世界でのあたしは高校生らしい。よしよし、だいぶつかめて来たぞ。つかめて来たけど、どうすりゃ良いのよ。何をどうすりゃ戻れるんだろう。


「それで? ウチの馬鹿弟は?」

「慶次郎さんならあたしの部屋で――」

 

 待てよ。

 慶次郎さん、あいつあたしの部屋で何してんだ。まぁ、あたしの部屋っていわれても、正直全然他人の部屋なんだけど。でもさっき、物理的に尻に敷けだの、布越しならOKだのと、気持ち悪いことをつらつら並べていたパラレル慶次郎さんである、例え全く馴染みのない部屋であったとしても、一瞬でも滞在していたあの部屋の何らかをオカズにされたりでもしたらたまったものではない。


「あンの現実世界ドヘタレ野郎! あたしの部屋で何してやがる!」


 一気に怒りが頂点に達し、さっきまでいた自室へと駆け戻る。「なぁにしてくれてんだコラァ!」と、勢いよくドアを開けてみれば、せっせと掃除機をかけている慶次郎さんの姿がそこにあった。


「あ、あれ? はっちゃん?」

「え、何してんの、マジで」

「掃除だけど?」

「いや、見りゃわかるけどさ」

「だっていつもはっちゃんの部屋は俺が掃除してるじゃないか」

「そ、そうなの?」

「そうだよ。忘れちゃった? ほら、去年の誕生日にさ、プレゼント何が良い? ってはっちゃんが聞いて来た時にさ、俺、はっちゃんの部屋の掃除する権利が欲しい、って言ったじゃん」

「自分の誕生日プレゼントに他人の部屋を掃除させてもらう権利を欲するってどういうこと? それ慶次郎さんに何のメリットがあるの?」

「メリットしかないじゃん! 掃除だよ?! もちろん、この掃除機のダストパックだってテイクアウトするしね? はっちゃんが過ごした部屋をきれいに出来るなんて、控えめに言っても最高だし、その上、俺が掃除した部屋ではっちゃんがくつろぐとか、もうこれは実質俺の上でくつろいでるようなものだよね? あっ、でも安心して? タンスを開けたりとか机の引き出しを漁ったりなんかは絶対にしないよ。それはマナー違反だからね。あくまでも床に落ちてる髪の毛とか、埃とか、お菓子の食べかすとか、そういうのの掃除だから」


 いやいやいやいやいやいや!

 もういっそタンスとか机の引き出しを漁ってくれた方が目的がわかりやすくて潔いとさえ思うよ! むしろそっちの精神の方が健全なように思えてくるよ! 何?! そんな掃除機のダストパックテイクアウトしてどうすんの? 中身なんて髪の毛と埃とお菓子の食べかすとかなんでしょ?! そんなのマジでどうすんのよ!


 もう吐き気と眩暈がする。

 駄目だ。

 ここで吐いたらそれすらもきっちり回収しそう、この慶次郎さんなら。


 どうしよう。

 どうしたら良いんだ。

 何が何でも元の世界に戻りたいと思うけど、何をどうしたら良いかわかんない。だってそもそもあたし、どうやってここに迷い込んだのよ。変な鳥居でもくぐった? 変なキノコでも食べた? 全く心当たりないんだけど。


「も、もう嫌だぁ……」


 その場にへたり込んで、わんわんと泣く。


「はっちゃん?! どうしたの? 何で泣いてるの?! ちょっとその涙、採取させてもらえない?」

「もらえるわけないでしょぉっ! うわぁん! 慶次郎さんが気持ち悪いよぉぉ!」

「何を言ってるんですか葉月、慶次郎が気持ち悪いのはいまに始まったことではないでしょう?!」

「そうだよ、葉月。慶次郎は正直ぼくらもドン引きだけどさ。でもこれはどうしようもないんだよ」

「でもまぁ、探せば何か一つくらい良いところがあったような気がしないでもないような気がするというかなんというか?」

「相変わらずお前達は慶次郎に辛辣だなぁ。これでも俺の可愛い弟なんだから、もう少し優しくしてくれても良いだろ?」

「まぁ歓太郎が言うならちょっとはな」

「そうだねぇ、歓太郎に言われちゃあねぇ」

「仕方ありません、歓太郎の顔を立てますかね」

「うわぁぁぁん! 歓太郎さんが人格者ぽくて何か腹立つぅぅぅぅぅ!」

「えぇっ?! 人格者ぽくって腹立つって何?! はっちゃん?!」


 いつもの歓太郎さんなら、あっはっはって笑い飛ばして、んもーはっちゃん可愛いーとか言って、あたしに殴られているはずなのだ。間違っても、大丈夫? 何かちょっと冷たいものでも飲む? なんてあたしの顔を心配そうに覗き込みながら優しく問い掛けたりなんかしない。


「やだやだ! こんなの歓太郎さんじゃない! ケモ耳のないケモ耳ーズもやだ! 何よりも、こんな慶次郎さんは嫌――!!!」


 帰りたいよぉ、ヘタレ陰陽師とわいせつ神主とケモ耳ーズのいるみかどに帰りたいよぉ。


 ぼたぼたと涙と鼻水を垂れ流しながら、あたしは泣いた。全くの別人である慶次郎さんと歓太郎さんとケモ耳のないケモ耳ーズがおろおろしているのが涙でぼやけた視界にうつる。ごしごしと涙を拭ってみても、やっぱりそこにいるのは、あたしの涙をスポイトで採取しようとしている慶次郎さんと、それを羽交い絞めで阻止している歓太郎さん、そしてその歓太郎さんを応援しているケモ耳のないケモ耳ーズだ。


 もう駄目だ。

 きっとあたしはもうこの世界から抜け出せないのだ。

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