もしもヘタレ陰陽師の(以下略 ③

「はっちゃん、はっちゃん」


 ゆさゆさと肩を揺すられて目を開ける。

 

「――はっ!」


 どうやら泣きつかれて眠ってしまったらしい。慌てて身体を起こすと、枕代わりにしていたらしい、折り畳まれた座布団が、ぱたん、と元の形に戻った。すごく見覚えのある座布団である。これは――みかどの奥座敷においてあるやつだ。


「何だかすごくうなされていましたが、大丈夫ですか?」

「うう……大丈夫じゃないよぉ……。ていうか、ここ……みかど? あたし何でここにいんの?!」

「覚えてないんですか? はっちゃん、大学の課題が終わらなくて徹夜したって言ってましたので、ここで少し休んでいかれては、と――」

「そうだったっけ。――って、あれ? け、敬語? 慶次郎さんが敬語!? 何で!?」

「えっ、いまさら!? 僕、出会った時からこうでしたよね?」

「『僕』! 僕って言った! いま!」

「言いました……けど? いや、僕はずーっと『僕』ですけど?!」

「うわぁぁぁぁん! 慶次郎さんだぁぁぁぁぁ!」


 これは間違いなく本物! 元居た世界の慶次郎さんだ! ヘタレ陰陽師の慶次郎さんだ!


 戻ってこれたのが嬉しくて思わずぎゅううと抱きつくと、「ひええええ!」と情けない悲鳴を上げて身を強張らせた。おお、これぞ慶次郎さん。


「ぼ、ぼぼぼ僕ですよ?! は、はっちゃん、どうしたんですか?!」


 何か怖い夢でも見ましたか? お祓いしますか? などと言いながら、恐らく相当動揺しているのだろう、発火しそうなくらいの速度で背中を擦ってくる。えーと、普通に熱いからやめて。だけど、これで確信を持った。お祓いってワードが出た。間違いない。この人はヘタレ陰陽師で間違いない。


 そして――、


「うわぉ! 今日の葉月ってば大胆だね! ちょっと皆、大変だよ! 葉月が慶次郎とイチャイチャしてるー!」

「うお! ほんとじゃねえか! やったな慶次郎! 何だよいつのまにカップル成立してんだよ!」

「これは……お赤飯でしょうか。それともお寿司でも取りますか?」


 呼んでもいないのに現れたケモ耳ーズの頭をちらりと見て、あたしは、慌てて慶次郎さんから離れ、しゃかしゃかと四つん這いで畳の上を移動した。何だ何だ、と仲良く三人並んでいる彼らの真ん前に立ち、大きく万歳する。


「ある!」

「は?」

「何が?」

「あるんです?」

「耳! 耳がある! ケモ耳がある!」

「あるよー」

「あるな」

「ありますねぇ」


 あたしの反応に驚いたのか、ふさ、と三人の尻尾が揺れた。


「尻尾! 尻尾もあるー!!」

「えっ、あるよ?」

「そりゃあるだろ」

「前からありますよ?」


 あるー! ひゃっほー! と飛び上がれば、さすがのケモ耳ーズもうわぁ、と眉をしかめた。いまのあたしは余程ヤバいやつに見えるんだろう。


「おぉ~、何何、はっちゃん。今日も元気いっぱいだねぇ。感心感心」


 当然のように勝手口から現れたのは神主装束の歓太郎さんである。またサボりかこいつ、と思ったが、ドアの外はどっぷりと更けている。おい、いつのまにこんな時間になってんだ。


「キャッキャしてるはっちゃんも可愛いねぇ。えーもーこれ絶対お泊りの流れだよね? おい式神共、宴の準備だ。俺は俺のベッドをメイキングしてくる」

「えー、歓太郎も手伝ってよぉ」

「そうですよ。たまには歓太郎も」

「第一、何で歓太郎のベッドだけなんだよ」

「え? そりゃあもちろんはっちゃんを寝かせるために決まってんじゃん? はっちゃん、大丈夫。心配しないで。俺のベッド広いからさ、全然二人で寝ても狭くないし! あーでもこの場合狭い方がぴったり密着出来て良いのかなぁ。しまった、ダブルベッドが逆に仇となったか」


 いまからニャトリ行ってシングルベッド買ってこようかな? などと言いながら、腕を組んで、ううんううんと唸る歓太郎さんである。うん、安定のキモさ! 間違いない、この人はわいせつ神主の歓太郎さんだ!


「やったぁぁぁぁ! わいせつな歓太郎さんだぁ!」


 いやっほー! と万歳すると、さすがの歓太郎さんも呆気に取られている。え、ちょ、はっちゃん……? とドン引きの御様子だ。


「確かに俺はいつも多少わいせつな発言はしているけども……? え、それって喜ぶところなの? ヤバい、俺、はっちゃんの何か新しい扉開いちゃった、とか……?」

「開いてない! 開いてないけど! むしろ開けていただかなくて結構ですけども! あーでも良かったぁ。戻ってこれたぁ」


 へなへなぺたんとその場に尻もちをつく。あんまりホッとしすぎて涙腺が緩む。


「え? は、はっちゃん? どうしたんですか?」


 すると慶次郎さんが、おろおろしながら慌ててエプロンの端でちょいちょいとその涙を拭いてくる。


「すみません、エプロンこんなので。でも本当にどうしたんですか? お腹痛いですか? 寒かったですか?」

「ううん、全然大丈夫。ちょっと安心しただけ」

「安心、ですか? そういえばさっきうなされてましたもんね。怖い夢でも見ちゃいましたか?」

「あぁ――……まぁ、そんなところ、かな。うん、ほんとに夢だったのかも」


 そうだよね。

 普通に考えたらパラレルワールドとかそんなのあるわけないしね。


「はっちゃんを怖がらせるなんて……。一体どんな夢だったんですか? 内容によってはやはりお祓いを――」

「い、いや、いい! むしろもう思い出したくない!」

「そうですか? こういうのはむしろ吐き出した方が良くないですか?」

「良いの! マジで! もう二度と思い出したくないっ! あんな慶次郎さんなんて――」

「は?! ぼ、僕?! 僕が何をしたんですか?!」

「やべっ、口が滑った!」

「はっちゃん、僕が何をしたんですかぁ!」

「いや、その、違うのよ。慶次郎さんだけど慶次郎さんじゃないというか?」


 ていうかあたしだってなんて説明したらいいかわかんないっつーの!


「うわぁ、慶次郎ってば夢の中で葉月に何かしたんだ……」

「慶次郎、いくら現実世界で何も出来ないからって……」

「お前、さすがにそりゃねぇだろ」

「ちょ、ちょっと待ってよ皆! 僕は何もしてないよ! し、してませんよね? あれ、でもしたんでしたっけ……? あわわわわ……」

「だーからはっちゃんね、俺は言ったのよ、こいつはむっつりだよ、って。ね、いまからでも俺にしようよ〜」

「ええい離せわいせつ野郎! 慶次郎さん、大丈夫だから! 慶次郎さんのようで慶次郎さんではなかったから!」

「うう、ぐすっ。ほんとですかぁ……?」

「ほんとよほんと! もう、泣かないでよ、大人でしょ!」

「大人、でしゅけどぉ〜」

「大人がそんな汚い泣き方してんじゃねぇ!」


 ぱぁん、と背中を引っ叩けば、彼は、「びゃぁぁ!」と聞いたこともないような声を上げた。余程痛かったらしい。


 とにかくまぁ、これが慶次郎さんだ。

 おかしなところはタフだけど、それ以外は本当にどヘタレの陰陽師である。


 そしてこの後、多少落ち着きを取り戻した慶次郎さんは、念には念を! とか言ってマジでお祓いしてくれた。これであの世界との縁も完全に切れたことを願う。

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