もしもヘタレ陰陽師の(以下略 ①

 こんこん、というノックの音で目を覚ます。何よ誰よ。今日は祝日なのあたし知ってんだから、起こさないでよね。だいたい何時なのよ、いま。


 目を瞑ったまま、いつも枕元に置いてあるスマホを手に取る。重い瞼をわずかに開けて見てみれば、時刻はまだ7時だ。


 ちょっともー、さすがにこれはないでしょうよ。父さんも母さんもあたしが休みの日は10時まで起きないの知ってるでしょ。もー知らんふりだ知らんふり。今日はね、みかどに行くのだってお昼って言ってあるんだから。もうちょい寝かせてよ。


 が。


 こんこん、というノックの音は止まらない。それどころか、「はっちゃーん」という声まで聞こえてくる。


 は?

 はっちゃん、ですと?

 あたしのことを『はっちゃん』って呼ぶ人間なんて限られてるんだが!?

 しかもどう考えたってここにいるわけがないんだが!?


「はっちゃーん、起きなよー。朝ご飯冷めちゃうよー」


 ……? この声は確実に慶次郎さんだな?

 だけど慶次郎さんにしてはタメ口だな?


「おかしいな、反応がない。……も、もしかして、具合悪い!? 具合悪いの、はっちゃん!?」


 違うけど?

 

「えっ、どうしよ。これどうしよ。とりあえず、入っても良い? 入るよ?」


 入っても良い?! 入るよ?!

 良いわけないだろ! 寝起きだぞ、こっちは!


「ちょっと待っ――」


 がば、と起き上がってドアに向かおうとして気がついた。


 ここ、


 えっ、何ここ。何で? めっちゃ女の子の部屋だけど、確実にあたしの部屋じゃない。慶次郎さんがいるってことは、神社の方? こんな部屋あったっけ? だとしたら誰の部屋?! 妹さんとかいるんだっけ? だってお母さんの部屋にしては若すぎるしね!?


 などと混乱してしまい、反応が遅れてしまった。その隙に、ドアがガチャリと開かれる。


「はっちゃん、起きてて大丈夫なの?! ていうか、寝起きのはっちゃん最高に可愛い! あぁもう、髪もくちゃくちゃになってるじゃないか。後でブラッシングしてあげるねっ」

「は、はぁ? え、誰? 慶次郎さん? 何か……縮んだ……?」


 心なしかいつもより小さく見える慶次郎さんは、何となく顔つきも幼いというか、若い。慶次郎さんは慶次郎さんなんだけど、何か変だ。


「俺? 縮んでないよ! これでもまた背ぇ伸びたんだから!」

「『俺』ぇ!? け、慶次郎さんが俺って言ってる!」

「えぇ!? 前から言ってたよ!? ていうかはっちゃんこそ『慶次郎さん』って何!?」


 いつもみたいに慶次郎って呼んでよぉ、と情けない声を上げてベッドに縋り付く。しかし彼は「あっ、でも!」と言って勢いよく顔を上げた。


「結婚したらさ、さん付けで呼ばれるのも悪くないかもだよね。そっかぁ、はっちゃんてば、意外とそういう『男の人を立てる』みたいな願望があったりするんだね。亭主関白ってやつかな。わかったよ。ほんとは俺、結婚したら尻に敷かれるつもりでいたっていうか――違うよ? 物理的に敷いてくれってことじゃなくてね? あぁでも全然物理的でも良いんだけど! 大丈夫! はっちゃんの柔肌に直に触れようなんて恐れ多いこと思ってないから! 布越し! 俺は全然布越しで考えてるからね!?」


 ええ――っ!?

 キモ――っ!!


 何!? 慶次郎さんどうしちゃったの!? 歓太郎さんみたいなこと言い出したんだけど!? いや、何だろ、歓太郎さんよりちょっと気持ち悪いんだけど。


 どうする? ちょっといま試しに敷いてみる?! などと目をぎらぎらさせてとんでもないことを言い出したヘタレ陰陽師(小)から逃げるようにして部屋を飛び出す。何何何、マジで何。慶次郎さんに似てるけど、別の生き物みたい! 


 でええい! と持っていた枕を投げつけ、誰か助けて! と全く見覚えのない廊下を走って、突き当りのドアを開けると――、


「おわぁ、葉月おはよぉ。ご飯ほかほかだよ~」

「おパさぁん! 助けてぇ!」

「うわぁ! 何何?!」


 ケモ耳ーズの癒し担当ことおパさんがいた。あのゆるゆるの笑顔に気が抜け、思わず抱き着く。


「葉月ったら、寝ぼけてるの? ぼくは嬉しいけどうふふふふ」


 よしよしと頭を撫でられ、ああ良かった、おパさんはおパさんだ、と思いながら顔を上げる、と。


「えっ、ない!」

「うん? 何が?」


 ないのである。

 ケモ耳が。


「耳がない!」

「あるよ?」


 そう言って、顔の横についている耳を引っ張る。うん、それはわかってる。でもそっちはほら、飾りのやつじゃん?


「違うの! ケモ耳よ! 金色の垂れてるやつ! あるでしょ!? どこに行ったの?!」

「ええ? 耳はどこにも行かないよ? 金色の垂れてるやつって何?」


 やっぱりまだ寝ぼけてるんだね、早く顔洗っておいで~、とのほほんと笑いながら、やっぱり全く見知らぬキッチンに消えていく彼の後ろ姿を見てあたしはなおも叫んだ。


「尻尾もない!」

「ないよ? どうしたの、葉月」


 ちょっと待って。ちょっと待って。ケモ耳ーズなのにケモ耳も尻尾もないってどういうことなの?! 去勢?! 去勢って耳と尻尾を切るやつだっけ? いやそんなわけない。もしかして今日エイプリルフールだったとか?


 しゃがみ込んで混乱していると、後ろから「おお、どうした葉月」「こんなところでしゃがんでいたら危ないですよ」という声がした。この声は純コさんと麦さんだ。


「純コさん、麦さん! おパさんの耳と尻尾が――」


 と振り向くと、やはりこちらのお二方にもない。


「やっぱりないいいいいいいい! なんでよぉぉぉぉぉぉ!」

「え? 何がないんだ?!」

「落ち着いてください、葉月。何がないんですか?」

「何で? どうして? ケモ耳と尻尾がないのよ!」

「ケモ耳と尻尾? 何でって、言われてもなぁ」

「むしろこの姿の時にあったら問題では?」


 そ、そうか! 彼らはもふもふになるもんな! その姿の時はちゃんとケモ耳尻尾があるよね。ケモ耳尻尾どころかまるごと獣だわ! きっとあれだ。慶次郎さんが何かしたんだ。ケモ耳尻尾無くすバージョンみたいな感じにしたんだ。そういうことだきっと。


「もふもふの方が良いのか? ちょっと戻るか?」


 あたしの目の前にしゃがみ込み、目線を同じにした純コさんが言う。もうとにかく癒されたくて、こくこくこくと頷けば、二人の身体から、ほわん、と白い煙が上がった。おお、そういやあたしケモ耳ーズがもふもふモードになる瞬間見たことないんだよな。へー、こうやってなるんだー。何かもう叫びすぎて疲れた。あのもっふもふの獅子だか狛犬だかをもふらせてもらって落ち着こう。


 が。


「えっ、何か違くない? ただの犬じゃん!」


 犬なのである。犬種はわからないけど、とにかく大型犬なのである。少なくとも、あの、神社にいるたてがみのある狛犬ではない。


「まぁ……ただの犬……だけどさ」

「確かに私達、血統書付きとかそういうのではありませんしね」


 しょぼ、と肩を落とす二匹の大型犬。色は確かに焦げ茶色と白なんだけど、完全に見慣れぬ姿である。


もっとちゃんとした感じで作ってもらえば良かったな」

「いまからでも交渉してみます? 歓太郎なら何とか出来るのでは?」


 耳と尻尾をぺたんと寝せ、向かい合っている大型犬の純コさんと麦さんの会話に何やらおかしな部分があることに気付き、「ちょちょちょ、ちょい待ち」と割って入った。


「歓太郎さんに言ったってしょうがないじゃん。慶次郎さんでしょ? 慶次郎さんに言わなきゃでしょ?」


 そうだ。

 歓太郎さんはまぁ(あんまり認めたくはないけど)すごい人ではあるけど、ただの神主なのである。ホンワカパッパして式神を云々することは出来ないのだ。


 が。


「は? 何で慶次郎に言うんだよ」

「へ? だ、だって」

「慶次郎に言ったって何にも出来ませんよ」

「え、いや、慶次郎さんは陰陽師で……」

「なぁーに言ってんだ、葉月。あの変態ヘタレが陰陽師なわけないだろって」

「へ、変態ヘタレ……?」


 まぁ確かにさっきの慶次郎さんは変態だった。


「そうですよ。陰陽師は歓太郎でしょう」

「は? 歓太郎さんが陰陽師? 嘘でしょ」

「嘘じゃありませんよ。どうしたんですか、葉月。昔さんざん式神を出してもらったでしょうに」

「そうだよ。お前、歓太郎の式神にいっつも助けてもらってたもんな。そんで『あたし、大きくなったら歓ちゃんと結婚するー!』って言ってたしな」

「はぁぁぁぁぁぁ?! 言うわけないでしょ!」

「えぇ? 葉月、もう忘れたんですか? ほんの数年前まで言ってたじゃないですか」

「ウッソでしょ! どの次元の話よ! どんな奇跡が起こったらあたしがあのわいせつ神主と添い遂げるなんてことになんのよ! 何? パラレルワールド?!」


 待って待って待って。

 もうここまで来たら、ガチでパラレルワールドの可能性を疑うしかない。だってまず慶次郎さんが何かちっちゃいし、『俺』とか言ってるし、あたしにタメ口だし、気持ち悪いくらい変態だし。こんなの絶対おかしい。

 ケモ耳ーズのケモ耳尻尾がないくらいはまだイメチェンかな? で済ませられるけど、もふもふモードがただの大型犬ってのも絶対おかしい。だって確か慶次郎さんが神社の狛犬と獅子が好きであの形にしたって言ってたもん。大型犬も好きかもしれないけどさ。

 そんで、何。歓太郎さんが陰陽師? しかもこのあたしが結婚したいって数年前まで豪語してたとかもう絶対にダウト! まずそもそもあたし達出会って何年も経ってませんから!

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