ヘタレ陰陽師のホワイトデー④

「で、出た! 幼馴染のお姉さん! あの人! あの人よ!」


 さっきは後ろ姿しか見えなかったけど、真正面から見てもすごくきれいな人だ。これは確実に勝てない。何で、何で幼馴染みのお姉さんって美人ばっかりなのよ! 法律で決まってんの?!


「いや、はっちゃん、あの人はそういうんじゃなくて」

「そういうんじゃないって何よ! 一緒にお風呂入ったり、ご飯もあーんしてもらう仲なんでしょ! 結婚の約束までしてるって!」

「えぇ?! それはまぁ、そうですけど……。でも昔の話と言いますか」

「昔は昔、いまはいまって言いたいわけ? あたしだってそうやって割り切りたいけど! 出来ないんだもん!」

「そんな! 乳児の頃のはさすがに僕としましても……」

「にゅ、乳児?」


 そう言って、にこにことほほ笑んでいるお姉さんを見る。待てよ、この人誰かに似ているような……。


「ねぇねぇ、歓ちゃん。こちらの可愛いお嬢さん、慶ちゃんの彼女さん?」

「ん~、どうだろ。最終的にはウチに嫁入りするとは思うんだけど、その場合の相手が慶次郎なのか俺なのかは未定ってところかな」

「まぁ! ということは、いずれにしても、来るのね! いや~ん、キュートだわぁ~!」

「え? ええええ? い、いやあの、ちょっとぉ!?」


 少なくとも歓太郎さんの線はないです! そう言おうとしたのを、無理やり手を引かれ、ぎゅうぎゅうと抱き締められる。


 ……ちょっと待って。

 いま『ウチに』って言った?


「ちょ、ちょっと! はっちゃんが困ってるから!」

「……母さん?! お姉さんじゃなくて?! いやいやいやいやいや! どう見てもお母さんって年じゃ……!」


 つい口を滑らせ、しまった年齢の話は失礼だ! と慌てて肩を竦める。すると、0距離のその女性は口を真一文字に結んでふるふると震え出した。ヤバい! やっぱり地雷だったか! と「すみません」と謝罪の言葉を口にすると――、


「慶ちゃん、歓ちゃん、いまの聞いた?! お母さんに見えないって! お姉さんみたいだって! やぁっだもぉー! うふふふふふふ!」

「はいはい、若い若いきれいきれい。それは誰もが認めてるからそろそろ離してやんなってば。慶次郎が焼きもち焼いちゃうからさ」

「あらっ?! ということは慶ちゃんの彼女なのね? 嬉しいわぁ、この子ったら、昔っから浮いた話の一つもないんですもの! 信じられる? 一つもよ? やっぱりコウ君に似たのかしら。あの人、優しいし恰好良いんだけど、ヘタレすぎるせいか全然モテないのよねぇ」


 まぁ、私としては、一途に思ってくれるから良いんだけど! と、恐らくのろけに該当するであろうことを捲し立てて、慶次郎さんのお母さんは、きゃっ、と身を捩らせた。ていうか、『コウ君』っていうのが、恐らくこの兄弟のお父さんだと思うんだけど、ヘタレなんだ。てことは慶次郎さんはお父さんに似たんだな。うん、言われてみればというか、このお母さんの顔、歓太郎さんに似てるんだ。そりゃあ女顔だし美人に育つわけだ。納得。


 お母様から解放されると、今度は慶次郎さんがあたしの腕を掴んできた。そのまま引き寄せ、あたしを後ろに隠すようにして前に出る。と、そこへケモ耳ーズが、彼女の方へわらわらと寄っていく。


「ねぇねぇ、それはそうとさ、喜衣子きいこさん、どうしてまた帰って来たの?」

「そうですよ。ハワイ分社あっちの方は良いのですか?」

康悦コウエツさん一人にしちゃって大丈夫かよ。まぁ、向こうはここと違って人いっぱいいるんだろうけど」


 どうやらお母様の名前は『喜衣子さん』というらしい。ケモ耳ーズが相手をしている隙に、と慶次郎さんがくるりとこちらを向いた。


「はっちゃん、大丈夫ですか? すみません、母は昔からちょっと人との距離感がおかしい人で」

「めちゃくちゃびっくりしたけど大丈夫。あれだね、慶次郎さんのお母さんって考えると意外だけど、歓太郎さんのお母さんって考えるとものすごく納得」

「……よく言われます。それでその……お風呂とご飯と結婚の話なんですけども……」

「いや、もう大丈夫。むしろあたしがごめんなさい。そりゃあ実の母親だもん。お風呂だって一緒に入るし、小さい頃はご飯もあーんが当たり前だよね。大きくなったらお母さんと結婚するー、ってのもあるあるだしね。完全にあたしの勘違いでした。勘違いでちょっと焼きもちを――」


 とここまで言って気が付いた。いや、焼きもちって何! めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど?! そこまで言わなくて良くない、あたし?!


「ま、待って。いまのなし。べ、別に焼きもちなんて」

 

 焼いてないわけじゃないけど! ていうか結構こんがりめに焼きましたけどね!


「はっちゃん、焼きもち焼いてくれたんですか?」

「いや、その」

「僕も、焼きました。その、焼きもち、を」

「へ」

「歓太郎に取られちゃうって思って。だけど僕は、歓太郎に勝てるところなんて一つもないから。その方が良いのかもって思ったりして」

「はぁ? それで良いの、慶次郎さんは? 勝てないからって負けで良いの?」

「良くなかったです。勝てるところがなくても、はっちゃんだけは取られたくないです」


 ぐす、と鼻を鳴らすこのイケメンが、どうしてそこまであたしのことを好いてくれるのかさっぱりわからない。あたしは正直美人でもないし、頭が良いわけでもないし。ただまぁ、乳だけはある。これだけは日本人女性の平均より断然上ではある。


「慶次郎さんは良いところいっぱいあるよ。歓太郎さんに全然負けてないって」

「そうでしょうか」

「一人でお使いも行けるようになったでしょ」

「い、一応」

「接客だって頑張ってるじゃん」

「それは、まぁ」

「それに、歓太郎さんよりも絶対にあたしのこと真剣に考えてくれてるでしょ」

「それはもちろん!」


 それだけは食い気味に、しかもかなりの声量で、彼は断言した。もうこれは告白と同義だろうと思うんだけど、それを『好きです』に変換することが出来ないのがこのヘタレである。


「僕は、はっちゃんのこと、その」


 と思ったら?!

 おおーっとこれは突然降って湧いて来た告白チャンス! 良いよもう、この際シチュエーションとかもう全然気にしないから!


「だ、大す――」

「もう酷いのよ! 聞いて、葉月ちゃん!」

「ひえぇっ?! あたし?!」


 何だかもう、やっぱりね、というところで、顔を真っ赤にした喜衣子さんがカットインしてきた。ちょっと待て。今回は『大す』までいってたのに、そりゃあないですよ!


「あぁ! 駄目だよ喜衣子さん! いま慶次郎が頑張ってたのに!」

「喜衣子さん! タイミングが悪すぎますよ!」

「せっかくこっちに引き付けてたのに! 慶次郎も慶次郎だぞ、とっとと言わねぇから」

「ええ?! ぼ、僕?!」


 もうこの場合、慶次郎さんが悪いのか、喜衣子さんが悪いのか。それともやはり『機』が悪いのか。


「コウ君たら酷いのよ! 観光客の可愛い女の子に抱きつかれてね! まんざらでもない顔してたの! 確かに神主姿のコウ君は素敵なのよ? それは完全に同意するけど! 君達、若いのに見る目があるわね! って感じなんだけど! 見る? 本当に素敵なんだから!」

「は、はぁ。えっと、ええ、とても素敵ですね」


 ごそごそとスマホを取り出して、ほら! と待ち受け画像を見せてくる喜衣子さんに愛想笑いで返す。素敵なのは間違いない。本気モードの慶次郎さんによく似てる。ていうか喜衣子さん、待ち受けが旦那さんなんだ……。お熱いことで……。


「浮気よぉ! もう信じられないわぁ! 私だけっていつも言ってるのにぃ! 歓ちゃん、慶ちゃん、どう思う?!」

「どう思うって言われても……。ねぇ、歓太郎……?」

「母さん、それはアレだな。父さんのことだから、突然のことにフリーズしたんだろうな。あの人、基本的に女性の免疫が0だから」


 そんなところまで慶次郎さんに似てるのか。いや、慶次郎さん似てるんじゃなくて、慶次郎さん似たんだな。

 

「きっとそうだよ。父さんが浮気なんてするわけないじゃないか」

「あの人、壊滅的に不器用だし、隠し事出来ないタイプだからな。浮気なんてした日にゃあ秒でバレるだろうし、何なら罪悪感で即日自首するだろ」


 実の息子からの指摘で冷静さを取り戻したらしい喜衣子さんは、急に憑き物が落ちたような顔になって、「言われてみれば……そうかも」、とぺたりとその場にへたりこんだ。


「で、でもでもでも! その後私に何も言ってこなかったもん! 電話も! メールすらも!」


 ずい、と印籠のようにスマホを息子達に見せる。きりりとした神主姿の父親が待ち受けになっている画面を、じぃ、と見て、歓太郎さんは大きなため息をついた。


「……母さん、機内モードのままじゃん」

「え? あ、ほんとだ。うわ、何かじゃんじゃん来てた」

「明日の朝イチの便で帰りな。駅前のホテル取ってあるから、今日はそこ泊って。そっちの方が朝楽だろ」

「わかったわよぅ……」


 ほらほら送ってやるから荷物まとめて、と言って、歓太郎さんは喜衣子さんの背中を押し、勝手口から出て行った。


「嵐のようだったね、相変わらず」

「喜衣子さんの行動力には毎回驚かされますよね」

「康悦さん、いまごろ仕事どころじゃないだろうな」


 それを見送ったケモ耳ーズがしみじみと零す。この感じからして、こういうことはよくあるらしい。

 

 もう告白どころじゃなくなってきたので、当初の目的を思い出してもらおうと「そういや慶次郎さん、あたしに渡したいものって何?」と振る。すると彼は、「そうでした!」と両手を打ち鳴らして立ち上がった。


「今日はホワイトデーなので、はっちゃんに先月のバレンタインのお返しを作ったんですよ!」

「……作った?」

「はい! ちょっと待っててくださいね」


 慶次郎さんがいそいそとカウンターの奥へ消えると、すそそそそ、とケモ耳ーズが集まって来た。


「慶次郎、朝からめちゃくちゃ張り切って作ってたんだよ」

「私達もほんのちょっとだけ手伝いましたが、ほぼほぼ慶次郎が一人で作ったんです」

「おれ達が手伝ったのは後片付けとか、そういうのだから安心しろ」

「まぁ、そこは別に良いんだけどさ。まぁそういや慶次郎さんって料理出来るんだもんね」


 何となく料理はおパさんのイメージになっちゃってたから、ちょっとだけ、意外だなぁなんて思ってしまったけど。よく考えたらあの人、カフェの店長なんだった。


「お待たせしました!」


 今日イチの笑顔と共に運ばれて来たのは――、


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